その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 包帯の上に新しくワイシャツを着直したユーリがアイリーンに頭を下げている様子を見ながら、セラとシルヴィアは口を開いた。

 

「今どきの転移者って常識あるんだな」

「ユーリは26だぞ……」

「前世と来世で合わせて30超えてようが馬鹿なやつは馬鹿なままだろ」

「言わんとしている事は分かるが」

 

 シルヴィアは破壊者としての活動時期に出くわし、時に敵対もしたユーリ以外の元日本人を思い出してげんなりとした顔をする。

 

「人の話を聞かないアホと問答無用で襲い掛かってくる馬鹿の相手を500年続けるとな、鬱にすらなれんのだ。あれは中々キツかった」

「ウケるな」

「ウケないが?」

 

 ビキッと額に青筋を浮かべ、あっけらかんとした顔のセラを睨み付ける。

 舌を打ち、それからシルヴィアはアイリーンと話しているユーリに目線を向け直す。

 

 

「──なるほどねぇ~、力が欲しい、と。なんというか……直球過ぎない?」

「形振り構っていられない事情が出来たものですから。それで、どうでしょう」

「この家に曰く付きの書物がないか、でしょう? 別に良いわよ、出してあげても」

 

「ありがとうござい──「ただし」

 

 再度頭を下げたユーリの後頭部にポンと手のひらを置いて、顔を上げたユーリに朗らかに笑い掛けてアイリーンは言った。

 

「何も見つからなくても文句言わないでよ?」

「……ええ、それで構いません」

 

 返すように、ユーリも小さく笑った。アイリーンもまた口角を緩めて、パンと手を叩く。それを合図に使用人を呼び、手早く指示を出した。

 

 

 

 

 

 ──ドサドサと音を立てて、玄関ホールの階段近くに何冊もの本が積み重なる。

 何人かの使用人に手伝ってもらい申し訳なさそうにユーリが会釈する横で、パラパラとシルヴィアたちが本のページを捲っていた。

 

「魔剣の伝説、聖剣の噂、伝説の魔獣……どれもこれも眉唾物だな。信憑性に欠ける」

「深海に眠る武器とかどう考えてもとっくに錆びてるだろ。聖剣っつっても金属だぞ」

 

 二人の検閲であれは要らん、これは使えん、と読み終えた本が積み上げられて行く。

 それを見ながら、アイリーンの侍女・ヴァレンティナが顎に指を当てて思案する。

 

「……お嬢様のお父上の書斎にある本はこれで全てですが、物置部屋に保管している本があったと思うのでそれを取って来ましょうか」

「ああ、すみませんヴァレンティナさん。お手数ですがお願いできますか?」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 ヴァレンティナはそう言うと、階段を上がって行く。それを見送ったユーリたちだが、おもむろに本を置いて立ったセラが辺りを見渡す。

 

「おいジャリんこ、トイレどこだ」

「……あら、私のこと? えぇ、そうね、その奥を左に行って3番目の扉よ」

「そりゃどーも」

 

 セラもまた階段の近くから離れて歩き去る。その後ろ姿を見送るアイリーンが、頭に疑問符を浮かべて都なりのシルヴィアに問う。

 

「ジャリんこってなに?」

「…………古い言葉で子供を意味する」

「へ~、なるほど」

 

 それから、シルヴィアの言葉にユーリが繋げてアイリーンを話す。

 

「ただ、あまり良い言葉ではないので気にしなくてよろしいかと。元の意味から転じて小馬鹿にする意味合いも含まれているので」

「でしょうね。まあ今の私に人の首を撥ねる権限は無いから良いのよ、気にしないから」

「……しれっと恐ろしいことを」

 

 やれやれ、と頭を振るシルヴィアを横目に、アイリーンはうふふと笑った。

 

 

 

 

 

「──さぁて、と」

 

 玄関ホール奥の廊下を曲がり死角に消えたセラは、壁に手をかざして空間に穴を空ける。

 室内の別の場所──二階廊下に繋げたそこに入ると、セラは()()()()()()()()()()に現れた。

 音もなく現れ、開けた穴を閉じるセラが背後に周ると──ヴァレンティナは足を止める。

 

()()()()()()()()()()?」

「……へぇ~?」

「──なにか」

 

 振り返らずにそう答えるヴァレンティナに、セラは愉快そうに笑いかける。

 ──瞬間、不意打ち気味にヴァレンティナの真横の壁の空間に穴を明けて、自身の顔の横に出口を繋げる。()()()()()反応していた彼女へとセラは顔を穴に向け、その先のヴァレンティナの横顔を見ながら更に言葉を続けた。

 

「お前、俺の空間操作を感知できるんだろ? 空間操作は空間操作、或いは時間操作能力者しか感知することは不可能な訳だが……」

 

「それが、なにか」

 

「お前さんは『どっち』なのかなぁ、とね。ほら、俺もお前も今のところは、あいつらの協力者だろ? 知っておくべきだと思ってな」

 

「……なにを、でしょう」

 

 空間を閉じて、新たに3つ開く。右手の近くとヴァレンティナの近くにある花瓶を繋げ、腰の左側に空けた穴から刀の柄を飛び出させる。

 

「お前が人間なのか、だ」

「────」

 

 とん、と花瓶を押して台から落とそうと傾け、即座に2つの穴を閉じてから、腰左側に空けた空間から出した刀を握り抜刀────

 

「…………う、おぉっ?」

「先日、タチバナ様方がこの家を出たあとに空間が揺らぎましたが……貴方でしたか」

 

 ──注視していた筈で、目も逸らしていない。にもかかわらず、ヴァレンティナが突如、セラの眼前に現れて抜こうとした刀の柄頭を手のひらで押さえ込んでいた。

 どれだけ力を込めても手のひらを押し退けられず、さしものセラですら驚愕する。

 

「はっ……だったら?」

「わたくしも質問させていただきますが──貴方は、人間なのですか?」

 

 黒い髪と同じ、それでいて無機質な黒い瞳がセラを見る。人の姿をした人ならざる存在のセラですら、無意識に脳裏に言葉を浮かべる。──こいつ人間かよ、と。

 

 ──一瞬、静寂。

 

「そぉら、よっ!」

「────」

 

 刀を戻して空間を閉じ、足踏みしながらその足を床に広げた小さな空間に入れてヴァレンティナの背中に繋げて蹴り飛ばす。

 しかし空間操作を感知できるヴァレンティナは、背中から伸びた足に対して踏ん張ることで耐え、逆にセラの胸ぐらを掴んで目的の物置部屋に繋がる扉へと押し付けた。

 

「ぐおっ」

「空間操作。空間を、操作する。なるほど。『魔法』とは違うから『能力』と名付けて区別しているのですか。勉強になります」

「──へっ。俺も、お前の力の正体にはある程度目星が付いたぜ」

 

 左腕に首を押さえられながらも、セラは飄々と語る。ヴァレンティナの右手が握りこぶしを作り、その腹におもむろに押し付けられた。

 

「そうですか」

「──ぉごおッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()から一歩も動かず、それでいて唐突に大砲が直撃したかのような衝撃が発生し、セラは背後の扉を粉砕して室内に叩き込まれる。

 

「ご、ほっ、おえーっ埃くせぇ」

「暫く誰も立ち寄っておりませんので」

 

 咳き込みながら呼吸を整えるセラが、くつくつと喉を鳴らして愉快そうに笑う。

 

「くくく……ったく。空間操作で距離を縮めたなら俺も感知できるのに、何故かお前の動きだけが辿れない。と言うことは、だ」

 

 砕けた扉のベッドから頭を起こして、自身を見下ろすヴァレンティナを見上げて続けた。

 

「お前の力は外に向けるでもなく、内側で完結している。──結論を言おうか。お前、()()()()()()()を操作できるんだろ」

 

 室内に入ろうとしたヴァレンティナの足が止まる。セラの推察通り──つまり、図星だ。

 

「さっきの動きは『花瓶を戻してから俺に近づいて柄を押さえる』までの()()()()を省略していて、俺を殴ったときも『拳を引いてから殴るまで』の数秒を省略した。違うか?」

 

 ──それを除いてもとんでもない腕力だけどな……と独りごつセラを見下ろす瞳が細まり、右手の拳が更にぎちりと引き締まる。

 

「……念のため喉を潰して──」

「ヴァレンティナさん!」

「──タチバナ様」

 

 階段の方から、ユーリとシルヴィア、アイリーンが駆け付ける。ハッとしてセラを見ると、彼は背後に空けた空間に身を滑り込ませて物置部屋から消え──まるで慌てて駆け付けたかのように3人の後ろから改めて階段を上がってきた。

 

「凄い音が聞こえましたが、どうされたんですか? お怪我はありませんか」

「──ええ、はい。大丈夫です。ただ……扉の立て付けが悪くなっておりまして」

「それでこうなるって凄いですね……」

「そこそんなに古かったかしら」

 

 ヴァレンティナの横から室内を覗き込むユーリが言い、疑問に思い首をかしげるアイリーンが続け、その隣に立つシルヴィアの背後に居るセラがヴァレンティナを見ながら指を唇に当ててジェスチャーを行う。ピクリと、ヴァレンティナは珍しく頬を一瞬だけ歪ませた。

 

「──タチバナ様、この部屋にある書物は一冊だけですが、おそらくこれこそが、貴方様のお望みを叶える物かと思われます」

 

 セラから視線を逸らして室内に入るヴァレンティナが、部屋の奥の荷物をどかして、一冊の本を持ち出して戻ってくる。

 

「どうぞ」

 

 渡された本を受け取り、表紙の埃を払ってタイトルに目線を向ける。だが、見たこともない文字を目にしてユーリは眉をひそめた。

 

「ありがとうございます。……えーっと、これなんて読むんだ?」

「ん……ああ、古代のエルフ語だな。どの世界でも言語はだいたい一緒で助かる」

「読めるのか?」

「まあ待て……うぅむ」

 

 ユーリの腕を引いて本を下げるよう暗に伝えたシルヴィアが、下ろされた手に握られた本の表紙に目を通して小さく唸る。

 

「……あー……『魔導の真髄』……『天候』……『なんとかかんとか』」

「これ読めてる?」

「一部掠れているのだよ。ただ……この一文だけはハッキリと読める」

「ねっ、ねっ。なんて書いてあるの?」

 

 好奇心に体を疼かせ、足を動かし小刻みにつま先立ちになるアイリーンが急かす。子供らしい動きに頬を緩めたシルヴィアは、咳払いして、それから本の表紙の文字を指で撫でながら言った。

 

「『火山に眠る嵐の魔導書。その秘密は水面に浮かび上がる』……だそうだ」

「はい?」

「私に聞かれても困る。タイトルをそのまま読み上げただけなのでな」

「……そうか……魔導書、か」

 

 その場の全員が、言葉の意味を理解できずに首をかしげる。

 だが──ユーリの顔が歓喜に歪んでいる様子を、セラとヴァレンティナだけが見ていた。

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