1
「中々良い部屋じゃないか」
「一人で使う分には、だけどな」
廊下で騒ぐわけにはいかず、ユーリは渋々だがシルヴィアを部屋に入れることにした。
何が楽しいのか、シルヴィアは愉快そうに口角を歪めて部屋を見渡している。
「本当は一人部屋に二人居るのは駄目なんだけどな。下に行って二人分の追加料金支払わないと──」
「下の連中なら酒盛りしていたぞ」
「──仕方ない。明日の朝早くに謝って、改めて追加料金を支払おう」
酒盛りを始めた連中の厄介さを知っているユーリは下に戻る気が起こらない。
「ところでユーリ、奴隷オークションの時の事で質問があるのだが」
「なんだ」
「吸血鬼に噛み付かれる寸前で消えて、そのあと背後に現れただろう。あれは転移魔法か?」
ベッドの枕元に座るユーリに、足元で離れて座るシルヴィアが問う。流石にバレるか──と口許を手で覆いながら呟くと、ユーリは体内を駆け巡る魔力を行使して術式を起動する。
一瞬にしてその場から消え、シルヴィアの背後を取ると言った。
「その通り」
「──突然背後に立たれるのはだな……」
振り返るシルヴィアより早く再度転移魔法を起動して、ベッドの枕元に戻ると続ける。
「この方が転移の恐ろしさが際立つだろう? なにせ座標の指定さえ出来れば、他人の家の施錠された地下室にも飛べるからな」
「逆に言うと、それゆえの難しさがある筈だ。人体を魔力状に分解・再構成を行う以上、集中しないと人体の一部が吹っ飛ぶ」
ああ、とユーリが肯定する。しかし、自信満々でシルヴィアに返した。
「俺はこれしか出来ない。だけど、これだけなら戦いながらでも発動できる」
「へぇ、やるじゃないか」
「というより、魔法を使う以前に属性に変換する適性が皆無だったらしい。この歳で魔法が使えない事にショックを受けるとは思わなかったものだ」
「君、何歳なんだい」
「王都に来てから二十六を迎えたな」
「ほぉん」
なんだその声は……という呆れた声を無視して、シルヴィアはくぁっとあくびを漏らす。
「……寝ないか?」
「お子さまの寝る時間だろうからな」
「少なくとも君よりは歳上なのだがね」
「はいはい、わかったわかった」
適当にあしらい、とにかく寝てしまおうと提案する。しかし問題はどう寝るかであった。
「俺は寝袋で寝るから、君はベッドを使うと良い。子供が床で寝るわけにもいくまい」
「いやいや、急に押し掛けた方が悪いのだから──その寝袋を貸してくれればそれでいい。客人だからと気を遣う必要もない」
「寧ろ部屋の主の言い分を聞いてくれ──」
部屋に押し掛けておきながらも妙な部分で頑固なシルヴィアとの押し問答が続いていたが、ならば仕方ないと言った様子で、二人はベッドを半々に分けて使うこととした。
「これが折衷案という奴か」
「違うと思うぞ」
間に隙間を作って、窓ガラスのある壁際にユーリが。そして反対にシルヴィアが横たわる。
一つの布団を掛けて横になる姿は、他人の目にはどう映るのか。
「変なところに触らないでくれよ」
「子供に興味はない」
「どうだか。──お休み、ユーリ」
「…………お休み」
壁の方に顔を向け、シルヴィアに背中を向けるのはせめてもの誠意か。シルヴィアもまた、天井を見上げてから数分置いてまぶたを閉じる。
「────すまない」
そう、小さく呟きながら。
◆
「────」
朝、自然に目が覚めてユーリはまぶたを開いた。ふと背中を足蹴にされている感覚があり、どうにか顔を背後に向ける。
「……ぐごごごぉ……!」
そこにあったのは足だけだった。ベッドに対して横向きに扉側から伸びた足が、ユーリを壁に押し退けるように背中に刺さっていた。
イビキがベッドの下から響くことから、ユーリはシルヴィアが落ちたのだろうと察する。
やたらと力強い足から逃れベッドを降りるユーリが見たのは、汚れ一つ無い銀髪を床に散らばらせ、口の端からよだれを垂らして寝ているだらしないシルヴィアの寝顔。
「──放っておこう」
即決だった。
早朝、時間にしてまだ五時頃のギルド内はがらんとしていた。酒場兼調理場のキッチンにマスターが居るのは何時もの事として、受付では数人が資料を纏めている。
一人がユーリの視線に気が付いて、会釈してから近付いてくる。その女性は昨夜ユーリが会話した受付嬢で、ユーリと同じく早朝に目が覚めて仕事に就いているらしかった。
「お早うございます、ユーリさん。相変わらず早起きで健康的ですね」
「……お陰さまで。そちらも早いですね」
アンダーリムのメガネの奥にある理知的な瞳が、ユーリの言葉に疑問を捉える。
「何かあったのですか?」
「──良く分かりましたね」
「ユーリさんが厄介事を引き込む人なのは分かっていますので。それで、どうしたのですか」
ユーリは階段の方を一瞥し、深くため息をついてから答えた。
「実は先日……子供が部屋に来まして、お金がないから一晩泊めてほしいと」
「……はい?」
「はい」
「いえ、『はい』ではなくて」
信じられないものを見るような顔で、受付嬢はユーリを見上げる。
「どうして昨日のうちに相談しなかったんですか」
「その子が下で酒盛りしてると言っていたので、明日追加の料金の支払いをするついでに言ってしまおうかと思いまして」
受付嬢の頭上に浮かぶ疑問符が増えた。ユーリはユーリで、気まずさから目線が左右に揺れている。
「私はお酒が呑めませんし、そもそも誰かが冷静でいないといけないのですから、全員が全員酔って騒ぐわけないでしょう……」
「前回の酒盛りの時も早めに寝ちゃったので、分かりませんでした……」
「前回と言うと──二ヶ月前の吸血鬼討伐の一件でしたよね。あの時は大変でしたよ、主
「はい」
『はい』じゃないんですよ……。という受付嬢の切実な声が小さく木霊した。
──ふと、ユーリが思い出したように言う。
「そういえばあの子、昨日のコンサート会場で出会った時に俺の同業者だ……とか言ってたんですよ。だからてっきりギルドに登録してる会員なのかと」
「アースガーデン王国領王都に設立されている我がギルドに子供はおりません。最年少が二十一歳であるリンさんですから」
「リン? ……その人には会ってないなぁ」
「ええ。半年前から北の帝国領との間にある街に、吸血鬼が紛れ込んでいるという目撃情報と依頼を受けて送られていますから」
そろそろ帰ってくる頃合いだと思うのですが。と言い、咳払いを一つ挟んで話を戻す。
「ともあれ、一度その方とは話をするべきでしょう。まだ貴方の使っている部屋で寝ているのなら、部屋に向かいます」
「間抜けな寝相ですので、起きるのを待った方が良いかと……」
ユーリが脳裏に間抜けな寝相を思い出して苦笑を浮かべていると、二人の背後で階段の木材が軋む音を聞く。
「────あぁ~あ。おはようさん、ユーリ。なんで起こしてくれなかったんだ」
「……この子です」
「……なるほど」
あくびをしながら、件の少女ことシルヴィアが階段を降りてくる。ボサボサの銀髪を指で直すが、まだ少し眠いのだろうか、緩んだ目尻には涙が貯まっていた。
「で、そちらの眼鏡さんは誰だい」
「こちらのギルドで受付を担当している者です。突然の提案で申し訳ありませんが、貴女を一旦拘束させていただきたく存じます」
受付嬢は、懐から硬質な札を取り出しながらそう言った。ぎょっとするユーリの傍らで、シルヴィアは挑発的に呟いた。
「──おっとぉ?」
評価・感想・登録等、モチベーション維持の為、ご協力お願い申し上げます。