その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「参ったなあ」

「参ったわねぇ」

「参りましたね」

 

 ユーリとアイリーン、ヴァレンティナが続けざまにそう言って、広げられた本を覗き込む。階段を降りた先の本の山を横目に、段の一つを椅子代わりに座っていたユーリが、ポツリと呟いた。

 

「──まさか()()()()()()()()()とはな」

 

 どのページを捲っても、どこにも何も書かれていない。埃を被っていた、白紙の本。

 

「お嬢様、ヴァレンティナさん。これを最後に見たのはいつ頃でした?」

「……えー、あー。見て分かると思うけど、私は読書は得意じゃないのよね」

「まあ……でしょうね」

「なんで納得したの?」

「わたくしは物置部屋に置いておけと言われて以降、ですね。もうずっと前の話です」

 

 それは誰に──と聞こうとして、アイリーンの父親だろうと察して口をつぐむ。

 改めて雑に端から端へとページを捲るユーリは、ふと、疑問を抱いて本をちょうど真ん中で割れるように開くと表面を撫でた。

 

「…………あれっ?」

「うん、どうした? ユーリ」

「ああいや……なんか、真ん中のページだけ触り心地が妙な気がしてさ」

「どれ──ああ、本当だ。紙というには……なんだ、ツルツルしているな」

 

 ──えー、ほんとに? と言ってアイリーンがページを指で撫で、そのツルツルとした感触に眉を潜める。積まれたそれをテーブル代わりにするという些か雑な扱いをされた本の上に置かれた紅茶を一口すすり、シルヴィアが小さく息を吐いた。

 

「古代エルフ語に、真ん中だけ質感が変なページ……あともう一つヒントでもあれば、取っ掛かりを掴めるのだが……」

 

 本を開いて床に座るユーリの隣で知識を総動員するシルヴィアだが──その様子を見ていたセラがおもむろに立ち上がり、その場の全員が飲んでいた紅茶のカップを触り始める。

 

「……なにをやってるんだ?」

「ん、ん、んー。これでいいか」

「…………セラ?」

「間違ってたら土下座してやる」

「は────」

 

 ──ばしゃっ、と、そのカップをひっくり返して中身をぶちまける。開かれたページにびちゃびちゃとかかり、ユーリが声を荒げた。

 

「だぁああああっ!? ちょっ、馬鹿っ……なにをしてるんだお前は!!」

「これ私は怒った方が良いのかしら」

 

 突然の行動に見ていることしか出来ないアイリーンは、無事な手元のカップの紅茶を飲み干す。キッチンの方で様子見している使用人の一人にカップを見せて、それとなくお代わりを要求しながらそんなことを呟いた。

 

「…………いや、待て、見ろユーリ」

「え、なに……っ、これは……!?」

 

 水を被り濡れた本のページを見るや、変化が訪れた光景を目の当たりにする。

 真ん中のページの()()()()()()()、中から文字の書かれたページが現れたのだ。

 

「コーティングされていたのか……」

「セラ、お前、知ってたのか?」

「いや別に。『火山に眠る嵐の魔導書。その秘密は水面に浮かび上がる』って書いてあったからな。『火山に眠る』なのに『秘密は水面に浮かび上がる』なんて書かれてたら違和感あるだろ」

 

 ──だからって紅茶かけるなよ……というユーリのぼやきを、セラは敢えて無視する。

 ユーリは現れた文字を早速とシルヴィアに見せ、解読を任せた。

 

「…………あー、えーっ……ちょっと難しいな。なあユーリ、メモ帳はあるか?」

「あるが、解読が難しいのか?」

「ああ、私の知っている古代エルフ語と文字が少し違うのでな。客観的に知識と擦り合わせて、言葉を共通語に書き直したいのだよ」

 

 コートに手を沈めて取り出したメモ帳をシルヴィアに渡し、一瞬アイリーンたちを見てから、頭を振ってボールペンも渡した。

 

「暫く待て」

「……変なペンねぇ。インクは要らないの?」

「中に入ってる」

「へぇ~~~」

 

 案の定好奇心の赴くままに疑問符を浮かべたアイリーンが後ろから覗き込む。

 下手に誤魔化すよりはと、シルヴィアは本の文字列を睨み片手間にメモ帳へと書き込みながらあっけらかんとした顔で淡々と答える。

 

 

 

 

 

 ──カチリ、とボールペンの先端を戻して、シルヴィアが息を深く吐き出す。

 解読が終わったのかとユーリに問われ、頷いてからメモの文字の朗読を始めた。

 

「……読むぞ。

『■年■日、数ヵ月続く快晴により、我が里の作物は収穫する数が極端に減ってしまった。しかし、魔力の扱いに長けるエルフとしてある発想に至った。──もしも、天候を操れたらと』」

 

「マッドサイエンティストの研究レポートのそれじゃねえか」

 

 呆れたような、げんなりしたような顔でセラが指摘する。解読の疲れからか反論する余裕もないらしく、シルヴィアは一言だけ黙れと断じてメモ帳の朗読を再開した。

 

「『次に一度も雨の降らない時期が訪れた時のために、早速と私は研究を始めた。月日にして14年、奇跡的に今までは快晴続きでも飢餓にはならなかったが、ある時、研究の成果を確かめろと言わんばかりに雨が全く降らない日が続いた。

 

 私はいざ完成した研究──【天候制圧魔法】で雨を降らせて見せた。結果は成功。大気中の魔力で渦を作り雨雲を形成させられたのだ。……だが、この成功は私の胸に好奇心を膨らませた。

 

 ──すなわち、これを攻撃魔法に転用できるのではないか、という好奇心である』」

 

 その場の全員、ユーリとセラ、アイリーンとヴァレンティナ、そして読んでいるシルヴィアが、何かを察したような渋い顔を作る。

 

「『私は【天候制圧魔法】の応用で腕を軸に猛烈な風の渦──便宜上【嵐の魔法】と呼称したそれを纏わせ、矢のよう射出させることに成功した。成功は、した。

 

 ──私の右腕が弾け飛んだことを別問題とすれば、魔法の発動自体は成功である。

 

 とはいえ、この問題は、術式を構築する際にただ嵐を纏うだけでなく、体に魔力の膜を同時に纏わせるように式を書き換えた事で防ぐことが出来た。検証に使った左手でこの本に文字を記せているのが、何よりもの証拠だと言えよう』

 

 ……この辺りから解読前の文字がガタガタだったのはこれが原因だろうな」

 

 次でラストだ、と言い、いつの間にか()がれていた紅茶で喉を潤して口を開く。

 

「『──私は私の失われた右腕を見て、欲深い自身の愚かさに気が付いた。私は、記憶に刻まれている雨を降らせ、散らす術式だけを我らがエルフの里に残すことにしたのだ。

 

 そして【嵐の魔法】を主題にした【天候制圧魔法】の全てを記した魔導書は、大陸の中央から北東の火山の地下深くに作った遺跡に眠らせることとする。私には、エルフには過ぎた力だが、何時か必ず誰かがこの力を必要とするだろうから。

 

 この本の秘密を解き、嵐の魔導書を見つけた者が、私のような好奇心で己が身を傷付ける愚か者ではないことを祈るばかりである』

 

 だそうだ」

 

 メモ帳を閉じてユーリに投げ渡しながら、シルヴィアはそう締めくくって紅茶の残りを飲み干す。コートに戻しながら思案するように顎に指を置くユーリが、考えを纏めてから声を出した。

 

「そうか……大陸中央から北東の火山というと……なんだったか。『火竜の寝床』って呼ばれているあの火山だよな?」

 

「そうですね。大陸の中央とは王都を指しているのでしょうし、王都から北東と言えばそこで間違いないと思われます」

 

「名前の時点で嫌な予感がするが、ユーリは知っているのだな。その……火竜の寝床?」

 

 ああ──と言って、シルヴィアより先にこの世界に来て暫く経つユーリは続けて言った。

 

「俺も聞き齧っただけだが、名前の通りに火竜……なる魔物が寝床に使っている火山らしい。今のところ噴火の心配はないが、火竜を下手に刺激すると厄介だからと、人は近付かないそうだ」

 

「竜、龍。ドラゴンか……あいつらは何時の時代と世界でも面倒な魔物だよ全く」

 

「……一度も見たことが無いからイメージが湧かないのだが、竜……ドラゴン? とは、どんな姿をしている魔物なんだ?」

 

 その言葉に、シルヴィアは一瞬返答に困ったようにアイリーンたちを見渡す。

 

「──見たことがないのか。例えば子供向け小説の挿し絵でもか?」

「そういうのは読んだことが無い」

「冗談だろう……?」

 

 一切の知識が無い相手にどう説明したものか、と悩むシルヴィアを余所に、セラが代わってユーリに向き直り口を開いた。

 

「ドラゴン、ドラゴンはな……」

 

 ……あぁー、と一拍間を置いて、

 

「翼の生えた飛ぶトカゲだな」

 

 と、そう答えた。

 

「……なる、ほど……?」

「あ、これ伝わってねえな」

 

 ユーリの頭に疑問符が浮かび、余計にイメージが無理難題になったことは言うまでもない。

 その後、シルヴィアたちによる絵を用いた解説で事なきを得た。

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