──鈍い水色をした氷の刀身が振るわれ、ユーリの腹部を掠める。リンがダンッと踏み込み床を軋ませ、右手に握る柄を左脇辺りまで引き、それから鋭く突き出す。
「っ、ぐっ」
ガリガリと刀身をナイフの峰で受け止め、ターンするように体を捻りながら受け流し、リンの背後に回ると、ユーリは首に腕を回して締め上げながら膝裏を蹴りガクンと床につかせた。
「っ……ふぅん、やるじゃねーか」
「どうしてこうなるんだ……」
ギリギリと締め上げながら、切実な言葉を漏らす。そんなユーリに背中を向けている状態のリンは、体内の魔力を循環させて背中に力を溜める。そして、ポツリと。
「──防がないと死ぬぜ?」
「────っ!!」
ぞわりと、物理的に温度が下がったのとは別の意味合いで背筋に怖気が走る。
即座に手を離してコートの形状を変え、離れながら体の前に盾のように展開する。直後──リンの背中から伸びた無数の氷のトゲがユーリの
「おいちょっと待てこっち来んな!」
「皿取れ皿!」
「あっぶねぇえ!?」
やんややんやと騒ぎながら、すっ飛んできたユーリの墜落地点に居た他のギルド会員たちが机の上の料理を手に避難する。
そして、遅れて落ちてきたユーリが机を粉砕して背中から床に倒れた。
「おっ……ぐ……!」
「いよぉし、テンション上がってきたし第2ラウンドと行くかァ──」
立ち上がり、刃毀れした刀身を柄から外して床に落として新たな氷の刃を鍔から伸ばす。
──しかし、ぺたりと、立ち上がったリンの肩に不意に何かが貼り付く。
「あん? ──やべっ……づぅうぉっ!?」
その貼り付いた何かを起点にして、リンの体に突如として凄まじい重圧が発生する。
上から下へと押し付ける圧力に抵抗し辛うじて膝立ちになるリンだが、貼り付いた何かの正体は、受付嬢が投げつけた一枚の札であった。
「そこまで」
「あ、が、クソ、重い……っ!」
「受付さん、それを使うのなら、もう少し早く助けてくれても……」
「すみません。ユーリさんを被害者として扱う為に抵抗してもらう必要があったので」
受付の席から離れて前に出た受付嬢は、リンの傍らに立ち指を伸ばす。
「私は確か、仕事の話です、と言った筈なのですが……弁明は?」
「実力も無い奴に……使われるなんて、御免なんでな……確かめたかっただけだ」
「なるほど」
ズンッ……! と、更にリンに降り掛かる圧力が増す。──うごぉぉぉ……という呻き声が、喉から絞り出されていた。
「床及び机と椅子の修繕費は後で請求させていただきます。それでは、キチンとユーリさんたちと話をしてください。良いですね?」
「……わぁーったから、これ外せ……っ」
このまま床に突き抜けるのではないかとばかりにミシミシと軋む音が辺りに響く。
眼鏡の奥の瞳がリンの言葉の真偽を探り、それからペリッと札を肩から剥がした。
呆気なく、ふっと圧力が消え、リンは埃を払って改めて立ち上がる。その横でレイクとエイミーに両腕をそれぞれ掴まれて机の残骸の中から起きたユーリが、リンに近付くと口を開いた。
「おい、大丈夫かよ」
「うわぁ~ボロボロじゃん」
「好き放題言うよね」
自分の足で立つと、ユーリはコートの木片を払ってリンに向き直る。
「っ、それで、どうだった。俺の実力は」
「えっ、くっそヘボ──いや……及第点?」
「いま何かめちゃくちゃ酷い評価を……」
「あー気のせい気のせい、ほらあっち行くぞツレ引っ張ってこい」
受付嬢に睨まれ咄嗟に言い方を変えたリンが足早にギルド隅の席に向かう。
呆れた顔でそれを見ていたシルヴィアは、セラを連れてユーリの下に向かうと、半目でレイクとエイミーを見上げた。
「私の言えた義理ではないのだろうが……お前たちに仲間意識は無いのか?」
「そう言われても、所詮俺達は毎日即席チームを組んでるようなもんだからな」
「仕事中は誰であれ息が合うんだけどねぇ。合わせないといけないとも言うけど」
ねぇ~? といい顔を見合わせるレイクとエイミーは、シルヴィアからのじとっとした目付きに耐えかねてか、わざとらしく咳払いをして、「仕事仕事」と言いながらギルドから出ていった。
──パン、と手を叩いて、ユーリは仕切り直すようにギルド奥の机を中心にしてリンとセラ、シルヴィアを見回す。
「──はい」
「ユーリよ、少し間を置いてからそれらしい顔で『はい』と言いつつ手を叩いても場面転換出来たことにはならないぞ」
「……はい」
「よろしい」
「親かよ」
グラスの酒を呷りながらリンはぼそりと呟く。──で、と切り出して更に続けた。
「お前ら、魔導書探しに火竜の寝床に行きたいんだったな。出るのは明日か?」
「早い方がいいし、そちらが良いなら明日にするが……大丈夫なのか? 半年も吸血鬼退治に出ていたんだろう?」
ああ、といい、リンがグラスに手のひらを媒介に生成した氷を追加して酒を注ぐと、疲れたように首を鳴らす。
「半年っつっても、実際にあの魔物……吸血鬼? だったか。アレと戦ったのは数週間だけだぞ。最初の数週間に2~3匹殺したあと、帰ったことにして隠れてたら暫くしてまた活動を始めやがったから、全滅させるのに半年掛かっただけだ」
「そうか……大変だったみたいだな」
「そうでもねぇよ。町のど真ん中で氷付けにして朝を待てば良いだけだからな」
全部で15匹は居たなぁとあっけらかんとした顔で返すリンに若干あきれたような顔をしつつ、ユーリに向き直ってから再度口を開く。
「つーかお前ら、ギルドの二階に泊まる気か? あそこ一人部屋しかないし、三人で一部屋ずつ泊まるとなるとかなり金取られるぞ」
「──あ」
「問題ない。最悪このブロンドは路地裏に転がしておけばいい」
「お前コイツらになんかしたのか?」
「あー……殺そうとした」
「そりゃ怨まれるわな」
冗談めかした事実を述べて、セラはリンに返す。からからと笑ってから、飲み干したグラスを机に置いてリンは席を立ちながら受付の席に顔を向けて、受付嬢に声を掛ける。
「おい受付! なんでコイツに安い家買った方が何ヵ月もギルドの二階使うより安く済むって教えてやらねぇんだ?」
「……今なんて?」
「詳しくはあの眼鏡に聞け」
「えっ、ちょっとリン?」
「じゃあ明日ギルドの前で待ち合わせな。あたしは帰って寝る」
「会話して?」
言うだけ言ったリンは、床を踏み鳴らしてギルドから出て行く。残されたユーリたちが受付の席で書類を纏めている受付嬢のもとに歩み寄ると、先の会話の続きを切り出した。
「安く買える家、知ってたんですか?」
「……知ってたと言いますか、管理を任されている家があると言いますか」
「どうして言ってくれなかったんですか……?」
「そこまで甘えられましても」
「そりゃ正論だな。んで、その家ってのはどこにあるんだ?」
淡々と返す受付嬢を相手にして口をつぐんだユーリに代わり、セラが問い掛ける。
書類から目を話さないまま束に穴を空けて紐を通し即席の冊子を作ると、受付嬢はそれを机の引き出しに仕舞い、別の紙を取り出す。
「
「そんな近くに……灯台もと暗し、か」
「逆になんで気付かないんだよ」
「……この話題は反論できないからやめないか」
異世界生活5ヶ月目の、シルヴィアと出会うまで毎日なんとかギルドの宿を使うのが精一杯の男に、そこまで視界を広げる余裕は無かったのだから仕方ないだろう。
──ともあれ、ユーリの中で、魔導書を探す為の拠点を確保する為にマイホーム購入という、新たな戦いが静かに幕を開けたのだった。