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「──なるほど、家を1日目でキャンセルが相次ぐ事件……ですか」
リンがギルドから出ていったのち、受付嬢の説明を受けて言葉を反芻するユーリの言葉に、彼女は頷いてから更に返した。
「はい。この数年で10人以上があの家を使おうとしたのですが、何故かそうなってしまうんですよ。
「誰からも何も聞けていない、か。記憶操作の類い……或いは脅されている?」
シルヴィアにそう問われるが、受付嬢はかぶりを振って否定する。
「いえ、全員普通の一般市民の方でしたし、あの家は元々、40年ほど前に新婚の夫婦が建てたモノらしいです。それを中古の一軒家として安く売ったのが事の発端でして……」
「どちらにせよ確かめてみないことには何も始まらねぇだろ。とっとと買え」
「勝手放題言うな」
セラに急かされて呆れた顔をしながらも、ユーリはひと頃から財布代わりの麻袋を取り出す。すると、受付嬢がふと口を開いた。
「──あ、そうでした。一人だけ、何があったのかを話した方が居ましたよ」
「どうして今思い出したんですか」
「去年の話だったものですから」
「なるほど」
袋の中身を数えて金を10枚1組に纏めながら、ユーリは受付嬢との会話を続ける。
「曰く──地下で恐ろしいものを見た、と」
「地下室があるんですか?」
「
それでもその方は確かに地下室を発見し、そこで何かを見たのだそうで」
「急に怪談になりましたね」
ひょこりと顔を出したシルヴィアが、おもむろにユーリに向けて言った。
「
「…………ちょっと面白かったよ」
「優しさは時に刃物になるんだぞ」
「馬鹿かお前ら」
──何を言ってるんですか……という受付嬢の呟きを耳にして、シルヴィアは咳払いをした。意識を切り替えたユーリが金を渡して鍵を受けとり、踵を返して家に向かうべく扉を開ける。
「では、とりあえず一泊して、問題が起きなければそのまま使わせてもらいますね」
「はい。よろしくお願いします」
受付嬢の一礼に返し、ユーリはシルヴィアとセラを連れてギルドを出る。すれ違う馬車に気を付けながら反対に渡ると、件の一軒家──二階建ての立派な建造物の元へ向かった。
「こうして見ると、普通の家だな。というか本当に5ヶ月もギルドの宿を使うよりこの家を買う方が安かったんだけど……」
「文字通りの勉強代として受け入れるしかあるまい。──さ、中に入ろう」
「ギルドの連中が最低限の掃除はしてたらしいが……換気した方が良いだろうよ」
ズボンのポケットに手を入れながら扉横の窓越しに中を覗き込むセラの言葉を最後に、ユーリは渡された鍵で扉を開ける。ガチャリとドアノブを捻り開けると、鼻に突く埃の臭いが目立つ。
「……確かに、先ずは換気だな」
──換気と掃除も終えた夜、ローテーブルを挟んでソファに座る三人は、特に問題が起きるでもない家の中で暇をもて余していた。
「問題が起きるならさっさと起きて欲しいのだが……さっき確認しても、特に収納スペースには何もなかったな」
「例の怪談とやらに意思がある、或いは敵が隠れているのだとしたら、俺たちの警戒が解けるのを待ってるんだろ」
シルヴィアの言葉にセラがそう返す。彼女の横に座って手斧を研いでいたユーリが、そういえばと漏らして声を発した。
「シルヴィアがそっちの神様に言われてやってた魔力の回収って、何を目的とした行動だったんだ? 500年も回収し続けたってことはかなりの量が貯まってると思うんだけど」
「ん、あぁ……これだ」
ソファの上であぐらを掻いていたシルヴィアが、足の間に作り出した銀色の波紋に手を突っ込むと、そこから白く輝く球体を取り出した。
「それは?」
「これが500年集め続けた魔力の圧縮体だ。ほら……落とすなよ」
手軽に投げ渡されたそれを受けとったユーリが、球体をしげしげと眺める。
片手に持って下から覗いたりもしていると、おもむろにシルヴィアが言った。
「うっかり割れでもして魔力が解放されたら、ここら一帯どころかこの世界が爆発に巻き込まれて消えるから気を付けたまえよ」
「先に言ってくれるか……っ」
ユーリはぎょっとしながらも、大慌てで両手に包むようにそれを持つ。それからシルヴィアに返すと、イタズラが成功した子供のように口の端を歪めながら波紋に球体を戻す。
「私も気になっていたのだが……セラ、お前は何故うちのド阿呆の協力の要請に耳を傾けた? まさか神様同士の交流は大事だなどという団地の主婦みたいな事を言うつもりではあるまい」
「んー、あー。俺自身、別に乗り気ではなかったんだけどな。俺んとこの神が管理してる本を盗まれたんだよ。そっちの奴に」
ブロンドの髪をがりがりと掻いて、セラはため息混じりにそう言って吐き捨てる。
「──で、協力の約束をする体で近づいて取り返してこいって言われたんだよ。
俺んとこのクソボケジジイの態度からして盗むのを見逃してたんだろうがな。何年も支えてきたが、なに考えてんだか未だに分からねえ」
「ふん。どの世界でも神──上位存在は碌な存在では無いな。いや、すまないな、私のところの奴が迷惑をかけたようだ」
「……神様って、意外と人間臭いんだな」
ずぞぞ、と紅茶を苛立たしげに啜る二人を見ながら、ユーリはぽつりと呟いた。
──ふと、一拍置いて、シルヴィアが首を傾けてユーリを見ると話し掛ける。
「──ここまで来たら、ついでにユーリも何か語ってくれないか。自分語りは周りに隙があるときにすれば許されるぞ」
「なんで自分から隙を晒すのかは聞いちゃダメなのか……?」
さあさあと急かすシルヴィアと、聞き耳を立てるセラを一瞥して、それからユーリは咳払いをしてから仕方ないとばかりに喋り始める。
「俺の話なんてつまらないと思うが……そうだな、俺は、捨て子だったそうだ。
育ての親──俺が先生と呼んでる女性の家の前に落ちていたらしい」
「色々とツッコミ処が出てきたな……」
頭痛を押さえるように眉間を指で揉むシルヴィア。まあ、そうだよな……と言い、ユーリは言葉を続けるべく息を吸った。
「先生に保護されて25になるまで育てられたが、俺は幼少期からずっと鍛えられていたよ。そのお陰でこっちで戦えているが……もし先生に鍛えられなかったらと思うとゾッとする」
「……その先生とやらは、強いのか?」
「強いなんてもんじゃないよ、俺は20年近く鍛えられてて一度も刃を当てたことがない。
──「ん?」「は?」という、シルヴィアとセラの声が同時に聞こえてきた。
頭上に疑問符を浮かべたような顔をして、ユーリが二人に向けて口を開く。
「どうした?」
「──勇者、だと?」
「ん……ああ、先生の冗談だよ。俺が7歳くらいの時に食事をしながら言ったんだ。『私はですねぇ、昔勇者やってたんですよー』って」
ユーリの脳裏に、当時の光景が想起される。短髪の赤毛を揺らして、まぶたを閉じながらあっけらかんとそう言い笑う女性の姿が。
眉をひそめてセラと顔を見合わせたシルヴィアは、顔を手で覆ってから重苦しく深いため息を吐き出して、改めてユーリに顔を向ける。
「──頭が痛くなってきた」
「シルヴィア、先生の冗談を真に受けなくていい。ゲームや漫画に興味がなく知識が疎い俺への、あの人なりの遊び心だったんだろう」
「それで出てきたワードが
──サブカルチャーに疎い弊害は既に出ていたのか……! そうシルヴィアが脳裏で思考し結論にたどり着いた、直後。
「──むっ」
「──おっ」
「……えっ?」
セラが真っ先に、次いでシルヴィアが部屋の隅にある階段に意識を向け、最後に二人の反応を見てユーリがそちらに視線を向ける。
「空間が一瞬歪んだ。行くぞユーリ、セラ」
「命令すんじゃねえよ」
「空間の歪みって察せるんだな……」
席を立って階段に駆け寄るシルヴィアたち三人は収納スペースとを隔てる扉をゆっくりと開け放つ。そこには、掃除をしていたときには確かに無かった筈の──地下への穴が空いていた。