その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ──地下へと繋がる穴。

 

 ただシンプルに空けられた穴の中に、ユーリは影に収納されていた道具の1つである、軍用のケミカルライトを折って投げ入れる。

 

 蛍光色に光る棒が落ちて行き──視認できる高さで止まった。更に縄の梯子を取り出してから固定して垂らすと、呆れたような、それでいて感心するような声色でシルヴィアが口を開く。

 

「君は自分の影が四次元ポ……ボックスになっていることについては気にしないのだな」

「死んだ人間が異世界に居るんだ、今さらこれくらい気にすることでもないだろう」

「どうしてそう変な所で寛容なんだ……」

 

 はぁ、やれやれ。とかぶりを振って、それから穴を覗き込むシルヴィア。穴の深さの確認をし、次は誰が最初に降りるのかを確認しようとして──セラが名乗りをあげた。

 

「俺だろ、普通に考えて」

「セラ……いや、まあ、行かせるつもりではあったけど……いいのか?」

「十中八九罠だしな。それに、仮に一人が降りた瞬間この空間が閉じられたとしても、俺なら別の穴を空けて脱出できる」

 

 セラはユーリの言葉に返し、手を広げて五指を軸に手のひらに黄色の円形の枠を作り、その中に別の光景と繋がった穴を空ける。

 外の光景を映して力のアピールをしてから、彼はトンっと穴の中へ落ちるように入った。

 

「……いや、梯子使えよ」

「アレはそういう男だ」

 

「──おーい、特に問題は無さそうだ。さっさと降りてこーい」

 

 遅れて聞こえてきたセラの声を合図に、ユーリとシルヴィアも下に降りて行く。

 降りた先の空間は一本道の通路が伸び、壁に青白い炎が等間隔で灯っていた。

 

「……実はこの先は下水道に繋がってます、とか言わないよな」

「だとしたらもっと(くせ)ぇよ」

「反応から察するに空間を拡張してこの通路を作っているんだ、その線は薄いだろう」

 

 そうかぁ、と言って、ユーリは足元の影を体に纏わせコートを形作る。

 続けてコートの裏地部分に手を伸ばし、内側に沈ませて普段使いのナイフを取り出した。

 

「──なあ、ユーリ、そのナイフ……」

「ん、これか? これは前に先生がくれたんだよ。先生が持っていた二振りの内の一本を譲ってくれたから使ってるだけだけど──」

 

 全体が黒塗りで、刃の部分だけが鈍い鉛色のナイフ。逆手に握られたそれを見て、疑問に思ったシルヴィアが問い掛ける。

 

 ──それが? と続けようとした、瞬間。

 

 

「……うおっ」

 

 ぶわりと、突如として不可視の波動が穴の奥から放たれた。不意打ち気味に、押されたようによろめいた三人が体勢を整える。

 

「なんだ?」

「わからん。が、妙だな……」

「ああ、気配が()()()な」

「……生えた? 突然現れたってことか?」

 

「──警戒しろ!」

 

 セラの言葉に聞き返したユーリだが、更に被せるようにシルヴィアの声が響く。次に聞こえてきたのは、奥の空間からの足音。

 カツカツと硬い地面を踏み鳴らす音の正体が、薄暗い明かりの下に現れ──

 

 

「…………は?」

 

 

 短く揃えられた赤毛に、まぶたを閉じた端正な顔付き。ユーリより低く、シルヴィアよりはある身長と、身に纏う現代的な服装。

 それは、ユーリの記憶に深く刻まれている人物。先生──立花(かなで)の姿だった。

 

「ユーリ、この人は?」

「……先生だ。間違いない」

「は? ……馬鹿言うな、そうポンポン異世界人が転移してくるわけねぇだろ」

 

 空間に開けた穴から刀を取り出して腰に差すセラがばっさりと否定し、追従してシルヴィアが足元に生み出した波紋から槍を取り出す。

 

 続けて奏もまた、ゆったりとした動作に反して()()()()()()ナイフを構える。

 そして、重圧がのし掛かるようなプレッシャーが三人を襲い掛かった。

 

「づ、っ──!!」

「……ぐ、ぉおっ!?」

「シルヴィア、セラ! 気をしっかり持て! 先生の本気の圧力はこんなもんじゃ──」

 

 ユーリがそう言いながらかつての先生(かなで)の姿を思い出した刹那、まるでその通りに動いたかのように、彼女の放つプレッシャーが重さを増した。ギシギシと空間が軋み、更に冷や汗が流れる。

 

「……なん、いや、まさか……!」

 

 シルヴィアの脳裏に、不意に数時間前に聞いた受付嬢の言葉が過った。

 

 

『曰く──地下で恐ろしいものを見た、と』

 

 

「っ──そういうことか……!!」

「おい破壊者、どうした?」

「シルヴィアだ、っ──ユーリ! そいつは君の先生だが、()()()()()()!」

 

 プレッシャーをはね除けるように槍を振るい、先生を後退させる。ふっと消えた圧力から解放された三人は彼女を見据え、警戒し、傍らに立つシルヴィアが改めて呼吸を整え口を開いた。

 

「受付嬢は唯一事情を話した者が恐ろしいものを見たと語っていた。あれは()()()()()()()()()恐ろしいものだったんだよ」

 

「……それは、つまり……あの先生は俺が『俺を鍛えている時の先生を恐ろしいと思ったから』出てきたってことなのか……?」

 

 こくりと頷いてシルヴィアはユーリの答えに肯定する。空間の奥でゆらりと鎌首をもたげる先生を視界に捉えた彼は、つい当時のことを思い出そうとして、シルヴィアに脛を蹴られた。

 

「何も考えるな!」

「いてぇーっ!?」

「いいか、この攻撃を君の中の恐ろしいものや嫌いなものを形にして襲い掛からせるモノと仮定する。つまりヤツの相手は君以外が適任というわけだ、ここは私かセラが──っ!!」

 

 先生から視線をほんの一瞬外したシルヴィア目掛けて、彼女はナイフを投擲する。

 シルヴィアの襟を掴んで後ろに下がらせたユーリがそのナイフを自身のナイフで弾くと、空中でそれをキャッチした先生が肉薄した。

 

「──ぐっ、く、ぅ……!」

 

 ギャリリッとナイフ同士の刃がかち合い火花が散り、数回の斬り合いから逃れて咄嗟に先生の首を腕で押さえ壁に押し付けようとしたユーリが、後ろ蹴りで反対の壁まで蹴り飛ばされた。

 

 背中から壁にぶつかったユーリの顔面にナイフが飛び、それを避けた彼に飛び膝蹴りを放ちながら先生が接近してくる。それから壁に刺さったナイフを掴むと、先生は壁ごとユーリを切り裂こうとしてそれを振り抜く。

 

 ガリガリと壁を削りながら迫ってきたナイフを前にして、腕の下を潜るように避けたユーリは先生の背後に回ると後ろから腹に腕を回してバックドロップをしようとする。

 

「ぅおぉおお────なっ、にぃ!?」

 

 後ろの地面に頭から叩きつけられそうになった先生は、あろうことか投げられながら逆上がりのように体を振って、叩きつけられる前に自ら着地する。そしてユーリの上下逆さまの体を掴むと、今度は逆に彼を容易く持ち上げた。

 

「ちょっ、と、待っ──!!」

 

 地面にぶつかる寸前、ユーリの上半身が黄色い枠で繋げられた別空間に飲み込まれる。

 地下空間の天井、すなわち真上に繋がった穴から手を離されたユーリが落ちてきて、セラとシルヴィアの真横に落下してきた。

 

「ぐえっ!」

「お前、楽しそうだな」

「そう、見える、か……っ!」

 

 偽物と分かった上で、やはり先生には勝てないのかと、脳裏でそんな言葉を紡ぎ──ユーリはシルヴィアの顔をちらりと見やる。

 

「……ユーリ?」

「──二人で先に行け。俺が先生の足止めをする。……出来るかは分からんが」

「ユーリ? 私の話を聞いていたか?」

「センセーと遊びたいんだろ。お望み通り俺らで先に行くぞ」

 

 ──は? おい!? と焦った声を出すシルヴィアの襟首を持ち上げて、セラはユーリを一瞥してから地下の奥へと駆けて行く。

 

 

 残されたユーリは、ナイフを構えて先生と対峙する。彼女は壁のナイフを抜いて、ユーリと同じ構えでにじり寄るが──ユーリの脳裏では、日本における先生との訓練風景を思い返していた。

 そして、その思い出の先生を恐ろしい相手だと無意識に考えることで、眼前の偽物(せんせい)の威圧感が増して行く。

 

「偽物に負けるようじゃあ、この先魔導書を手に入れたってどうにもならない……」

 

 本来の先生との訓練である程度は戦えるとはいえ、ユーリの現状の実力は下から数えた方が早い。もっと強く、もっと、貪欲に。

 

「お手合わせ願いますよ、先生──ッ!!」

 

 強くなる為の糧として、せめて一太刀。そう考えながら、ユーリは、()()すらハンデにならない先生を相手に、刃を振るう。

 

 

 

 

 

 ──先に進む二人は、得物を手に長い一本道を走りながら会話を交えていた。

 

「しっかし、あいつの親の話をしたら親の偽物が現れるんだからな。ああいうのを何て言うんだったか……伏線回収?」

 

「『噂をすれば影』じゃないか?」

 

 すっとぼけた様子のセラに渋い顔をして訂正するシルヴィア。そんな二人に、先程と同じように不可視の波動が放たれる。

 

「おっ、と。またか……どっちだ?」

「私にせよお前にせよ、碌なヤツは出てこないだろうがな」

「言うじゃねえか」

「フン。……人のトラウマを形にして襲わせるトラップを使う以上、犯人が居るとしてもそいつ自身に力が無いと見るが……」

 

 

 そんな事を言っている二人だが、そんなシルヴィアたちの下に現れたのは──人ではなく、壁に発生した何の変哲もない扉だった。

 

「…………なんで?」

「────」

 

 ユーリの相手が偽の先生なら、自分達の下にも人か何かが現れるのだろうと警戒していたが故に、シルヴィアは本気で困惑する。

 そんな彼女をよそに、セラはその扉に向き合うと、片手で『しっしっ』と追い払うようなジェスチャーをして口を開いた。

 

「俺の相手だ、お前は先に行け」

「……セラの、か?」

「──中に入るなよ」

「あっ、おい! はぁ……まったく……?」

 

 制止も聞かずに、セラは扉の奥へと入ってしまう。渋々と駆け出そうとしたシルヴィアだったが、閉まる扉の端から捉えた人影が一つ。

 

 セラとは別の人影が扉の奥の()()()にあって、それは、間違いなく──

 

「…………女の子?」

 

 

 

 ──紺色の髪をした、小さな女の子だった。

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