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先日の地下空間での騒動から翌日、リンと待ち合わせる前にギルドで報告を済ませてから数十分。馬車と馬のレンタルをしに向かったシルヴィアが戻ってくる頃に現れたリンは、三人の顔を見てぎょっとした表情を向けて言った。
「昨日の今日でなんでそんな疲れてんだよ」
「……色々あってな」
──いや、本当に。と小声で続けたユーリに対して首をかしげるも、リンはそこまで気にした様子もなく、シルヴィアが用意した馬車の荷台に乗り込んだ。
それからユーリに続いて荷台に回ろうとしたセラが、シルヴィアに呼び止められる。
「……ああそうだ、おいセラ、行きはお前が運転しろ。帰りは私がやる」
「なんでだよ」
「ユーリは運転できん。リンは……」
「あたしが運転できる奴に見えるか?」
「──というわけだ」
「……チッ、仕方ねぇな」
ストッと地面に降りたシルヴィアに代わりセラが座ると、馬の縄を掴んで構える。
シルヴィアが荷台に上がったのを確認すると、パンと縄で馬を叩き合図を出した。
「んで、何処に行くんだったか?」
「目指すは北東の山……だけど、そこに魔導書があるとして、どう探せばいいんだ」
「お前らまさか火山の火口に突っ込もうってんじゃねぇだろうな」
疑いに満ちた顔をユーリとシルヴィアに向けるリン。はは、まさかと返すが、最悪の場合そうなる可能性があるだろうとは口が裂けても言えないシルヴィアであった。
ガタゴトと馬車が揺れること数時間。
荷台から顔を出したシルヴィアがセラと目的地までの時間を計算しているのを余所に、ユーリは席の固さに顔をしかめて
「尻がいてえ」
「……なんだそりゃ」
「あ、リンも使う?」
「そっちじゃねえよ」
コートの表面に手を沈め──まるで濁り湯に手を入れたかのように手首から先が消失している。あきらかにおかしな光景に、荷台の向かいに座るリンは頭に疑問符を浮かべている。
「──ああ、私も聞くのを忘れていたな。それは…………
「まあ……たぶん……?」
最後の部分だけを小声にして問い掛けるシルヴィアに、ユーリは小声で返す。
「これは単純に、影を操作して形を変えてるだけだよ。自分でもなんで出来るのかいまいちよく分かってないんだけどね」
「なんでだよ」
「……さあ?」
心底不思議そうに首をかしげるユーリに、リンは毒気を抜かれたように口角をひくつかせる。自身をこの世界に送った『神様』が付与しておいた力を無意識に使いこなせているのは、
「影という『光の進行を遮った際に出来る領域』に形を与えるという儀式的な術式なのか。形はあるが触れないモノに物体としての質量を与えているという矛盾が、防御性能の高さを作り出しているわけだ。コレ、打撃や斬撃どころか威力の低い魔法なら殆ど防げるだろう」
「シルヴィア、急に早口になるね」
「ついでに影に収納機能が備わってるようだが……まあ、空間に干渉できる人間は、大抵が個人アクセス用の個別空間を持っているものだから、そっちはそう珍しくはない。私のようにな」
「ほぉ~」
手元に銀の波紋を生み出し、にゅっと剣の柄を飛び出させてアピールする。
気の抜けた返事をするユーリから視線を移して虚空のそれを元に戻し、シルヴィアはちらりと外を見た。顔の向きを戻すと、それから改めて、リンの顔をじっと見て質問を飛ばす。
「……意図せずして手の内を晒したんだ、そちらにも質問をしても?」
「好きにしろ」
「君は何が出来る? まさか、ただ氷を生成するだけではあるまい。あんなものは術式さえ書けたら誰だってやれるぞ」
「──ま、そうだな」
「そうなのか?」
うむ。と言って、シルヴィアは両の手のひらを荷台の天井に向けて魔力で形作った円を浮かばせ、それぞれを赤と青に発光させる。
「氷とは、要するに固形の水分だ。そもそもの水分を生み出す水属性の術式と、温度調節のための火属性の術式を掛け合わせた魔法陣を作れば、たとえ魔法の知識が無く素の魔力の属性変換適性を持たないユーリですら────」
「……おお」
2つの魔法陣を掛け合わせ、赤と青が混ざって水色の魔法陣となる。そして──パキパキと、その魔法陣の中央で氷が生み出された。
「──こうすることが出来る。リン、改めて聞くが、お前は何が出来る?」
「……そうだな」
シルヴィアは、リンの振る舞いや表面から感じ取った魔力から実力は認めている。
だが、氷を作ることしか出来ないなら『ぶっちゃけ要らない』のだ。
少し考えるそぶりをして、それからリンはユーリに手を向けてひらひらと振る。
「水筒持ってるなら貸せ」
「えっ……ああ、はい」
コートの中からずるりと水筒を取り出して、ユーリは手のそれをリンに渡す。軽く揺すってちゃぽちゃぽと中身が有ることを確認すると、リンは即座に体内の魔力を活性化させた。
「────ふんっ」
水筒を掴む手にぐっと力を入れた直後、リンを中心に、荷台のが冷え込む。
体外に魔力が放出された勢いで空気が揺れ、外と中を遮るカーテンが動いた。
「……ま、こんなもんだ」
「リン、君は何を──おお?」
返された水筒を受け取るユーリが疑問符を浮かべるが、直後に何をしたのか気付く。
中で揺れている筈の中身が動いていない。水筒の中身だけを冷やし凍結させたのだ。
「別に氷を出すだけの一発芸じゃねえよ」
「ほう、氷の生成だけでなく冷気の放出と凍結も出来るのか。まあ当然か、範囲は?」
「魔力が届くならどこまでも。流石に国1つは難しいが、村まるごと冷凍なら出来るぞ」
「えらく具体的だな────あっ」
「前にやった。繁殖期の魔物が、とある村に群れで襲撃してきたことがあったんでな」
──流石に村人は避難させたけどな、と続けるリンは、それでも自慢気な笑みを浮かべる。恐らくは独学なのだろうと推理するシルヴィアが、内心でリンの氷属性の強さと危険性を察した。
極端な話だが、極度の高温および低温に耐えられる生物は、人間・魔物を含めてよっぽど格が違うでもない限りそう居ない。魔力を広げて、氷属性に変換し、周囲を冷やす。それだけで、リンは大抵の戦いで苦もなく勝てるだろう。
加えて本人の技量もあって総合的に『強い』のだ。なるほど確かに、王都最強とは嘘ではないのだろう。シルヴィアはそう思考を纏める。
──ああ、なるほど、こいつが
「……なあ、さっきからそいつ無言だぞ」
「ん? まあ……そうだな、ユーリは魔法の知識がさっぱりなんだ」
「さっぱりです」
「潔いな……」
呆れたような顔をして、リンは言う。
「なのに魔導書を探してんのか? 魔導書って二種類あんだぞ?」
「えっ、そうなの」
「────」
──マジかよこいつとでも言いたげな顔で、リンはシルヴィアとユーリを交互に見る。それから、深くため息をついて続けた。
「……魔導書ってのはな、『調べるのに使う辞書みたいなやつ』と、『魔力を流すだけで文字列という術式が魔法を発動してくれるやつ』の二種類があるんだよ」
「はぁ。じゃあ、俺が探してるのは後者だな。調べた限りでは天候を操作できるらしい」
「──それが事実なら、コレクターにでも売れば小さい村くらいは簡単に買えるぞ」
「……マジ?」
「マジ」
おうむ返しで返答され、ユーリは「ほぉ~」と言うしかなかった。やはり、と言うべきか、ユーリには異世界の知識が足りていない。
このままではそのうち騙された際、詐欺だと気づけない危険性がある。
ゆえにこそ、こうして知識がある者と話し合うことは建設的であった。
「コレクター、コレクターねぇ……例えばどんな奴なら高く買ってくれるんだ?」
「売る気か?」
「まさか。参考までに、な」
「──そりゃ、魔法に長けた奴だろ。それの真価を発揮することこそが魔導書の価値だ。あたしの言うコレクターってのはつまり……」
一瞬、言葉を詰まらせる。目線を左上にそらしてから、一拍置いてリンは答えた。
「──魔女、とかな」
「……聞かれたくないなら答えなくていいが、もしかして魔女に嫌な思い出が?」
「…………あー、あー。チッ」
バチリと目線が交わり、リンのまぶたが細まる。悟られたか、と誰に言うでもなく独りごちて、それから諦めたように口を開いた。
「あたしがギルドに居る理由はな、戦う力をつけるためだ。昔色々あってな」
ゴリっと荷台の背中部分に頭をぶつけながら天井を見上げるリンの口角が苦々しく歪み、ふつふつと沸き上がる怒りに反して、周囲に冷気を撒き散らしながら吐き捨てるように言った。
「とある魔女を殺してぇ。16年前にあたしの村を滅ぼしやがったくそったれの魔女をな」
その言葉を耳にして、ユーリとシルヴィアが返答する前に、馬車を引く馬が停止する。
荷台から外を見れば、視界には森が広がり、その奥に山──否、火山が見えた。
魔導書探しが、今、始まる。