その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 馬車を停め、馬の手綱を木の枝に掛けて巻くと、四人は火山を見て思考する。代表して口を開いたシルヴィアに、ユーリが案を出した。

 

「さて、どこを探すべきか……だが」

「却下されることを前提で提案するんだが、セラの空間に穴を空けるアレでマグマを取り出してみるとかは可能なのか?」

「出来るとしても、適当でない場所に出したら昔見た映画みたいになりそうだな」

「映画か……俺は見ないからわからんな」

「逆に聞くが君は何なら知ってるんだ?」

 

 じろりと睨むように見上げられ、誤魔化すように目を逸らす。その様子を見て、リンが疑問符を浮かべてセラに問い掛ける。

 

「あいつら何言ってんだ?」

「知らねー」

「……ふーん」

 

 すっとぼけるように返すセラに眉をひそめるが、ふぅとため息を吐いてかぶりを振る。互いのプライベートを根掘り葉掘り聞くことをご法度とするのは、ギルド会員の暗黙の了解だからだ。

 向こうに答える気がないなら、深くは聞かない。それだけである。

 

「しっかし、火竜の寝床なぁ。流石のあたしでもここには来たことねぇなあ」

 

 遥か向こうの上方を見たリンは、火山の所々からうっすらと沸き立つ湯気を一瞥して呟く。その傍らで、ユーリがシルヴィアに問う。

 

「……ドラゴンとやらは何処に居るんだ?」

「上の方に巣を作っているのだろう。ドラゴンは低温に適応するでもない場合、大抵は寒さに弱いからな。奴等は分類上は変温動物だ」

「ああ、だから翼の生えたトカゲって例えたのか。見た目もそんな感じなのか?」

「そういうデザインの場合(パターン)もある」

「ぱ、パターン……」

 

 おうむ返しをするユーリにそろそろ適当なライトノベルでも読ませるかと思案するシルヴィアだったが、ふと、大気が揺れた。

 

『────ッ!!』

 

 

 バッと素早くユーリ・リン・シルヴィアの三人が武器を構える。その後ろで片手をポケットに入れていたセラが、片手をバイザーのように額に当てて陽射しを遮りながら空を見て──言った。

 

「噂をすればなんとやら、だな」

 

 直後、四人と馬車を引いていた馬の影を塗りつぶすように巨大な影が光を遮った。

 見上げた先に居たのは、燃えるような赤色の鱗を生やし、巨体を浮かばせる翼を携え、遥か上空からこちらを見下ろしている怪物。

 

 その姿を確認したユーリが、ポツリと一言。

 

「……トカゲ?」

「あれはあくまで比喩だ」

 

 シルヴィアの突っ込みを遮るようにドラゴンが取った行動は、真下に吐き出すように放射した火炎だった。リンが咄嗟に氷を足元から伸ばして壁を作るより早く、セラが自身の能力を行使。

 

 黄色い円形の枠が炎の先に生成され、空けられた穴へとそれが吸い込まれる。

 

 そして、出口として作られたもう一つの枠が宙のドラゴンの真横に作られると、そこから穴に吸い込まれた炎が現れてドラゴンを覆った。

 

「相変わらず酷いインチキ能力だな」

「これでもセーブしてるんだけどな」

 

 ──そもそも穴に首から先を呑み込ませて閉じれば切断できるし、とセラはユーリに返すことなく小声で続ける。

 

 炎に呑み込まれたドラゴンは反射的に放射……ブレスを中断し、自身を包む炎から逃れるように大きく翼をはためかせる。それだけで呆気なく炎が散り、当然のようにその身は無傷だった。

 

 セラが炎を防いですぐにドラゴンの襲来で不安気に嘶く馬を嗜めていたシルヴィアが、ドラゴンに注視するリンとユーリに聞かれないようにとセラの背後で小さく会話をする。

 

「……ま、効かねえよな。で、どう見る」

「魔導書の情報に竜の住み処となっている火山……フラグ的に有るのは確定なのだが……目的の場所がどこかが分からない」

「異世界旅行歴500年のお前ならどこを探すんだよ、破壊者」

「──私なら、地下だな」

「はっ、決まりだ」

 

 二人は誰が残り誰が探しに行くべきかを即座に纏め、意見が同じであるかのように頷いて声を僅かに荒らげて眼前の二人に声をかける。

 

「リン、ユーリ。魔導書は恐らくだが火山の地下に隠されている」

「俺がここから火山まで穴を繋げるから。向こうに行って、入口を探してこい」

 

 セラが続けてそう言いながら二人の後方に手をかざして捻るように回転させると、穴の向こうに火山の中腹の光景を映す。上空で警戒しているドラゴンが行動を始める前にと、セラとシルヴィアはユーリたちに行動を急かす。

 

「さっさと行きたまえ。それとユーリ、ドラゴンが上空の一匹だけとは考えづらいから、そこだけは気を付けるんだぞ」

「二人はどうするんだ」

「囮になる。なぁに、いざとなったらセラを口に放り込んでやればいいのだ」

「……おい」

 

 シルヴィアはからからと笑い、しっしっと手を振る。確実にこの場で一番弱いユーリは、歯痒さを覚えながら穴の向こうに移る。そのあとを追うリンが同じように移り、振り返って二人を見ると柄だけの剣に氷の刀身を生やして聞く。

 

「んで、あたしはどーすりゃ良いんだ」

「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処」

「……いや、それ作戦じゃねーだろ」

 

 リンの返事を聞く前に再度セラが手を捻り、空間を閉じる。中腹にワープしたことで物理的に距離が開き、つい先ほどまで真上に居たドラゴンは、目線のずっと先にある森の上を飛んでいた。

 

「……あたしは何をさせられてんだろうな」

 

 気まずそうに余所見しているユーリがどう声を掛けるべきかと悩んでいると、シルヴィアの予期通りに、もう一匹のドラゴンの咆哮が響いた。四足で山を踏み締めながら、火口付近から滑るように接近してきている。

 

「──とにかく地下への入口を探そう」

「ドラゴンは……逃げるのを優先して後退しながら対処するぞ、あたしの作る氷の壁から出たらあいつらの晩飯になると思えよ」

「ゾッとしないな」

 

 

 身の丈を大きく上回るドラゴンが、山を滑走するように降りながら炎を撒き散らす。ユーリはこの世界に来てもう暫くで半年になるが、こうも巨大で凶悪な魔物と相対したのは初めてである。

 

 ──故にこそ、()()()()()()

 

 たかがデカいだけの魔物だろうと高を括る慢心。ドラゴンという生き物があらゆる生物の中でも格と位が上位であることを知らない無知。

 

 そんな巨体の魔物が頭を使って戦うような生き物であるという想定が出来ない、なにも知らないユーリという名の異世界人。

 彼は、ただただ、この場におけるあらゆる選択肢を間違えたのだ。

 

「っ──なんだ?」

 

 岩を踏み砕く音を耳にして、眼前で相対するドラゴンをリンに任せて振り返る。

 ──刹那、ユーリの視界に飛び込んできたのは、山の裏側を回り込んで接近していた、三匹目のドラゴンだった。

 その巨体からは想像できない早さでの接近と、長い尾を鞭のようにしならせる動き。

 

 一瞬の硬直と、眼前に迫るドラゴンの尻尾。挟み撃ちでリンの眼前のドラゴンもまた炎を吐き出し、彼女に氷の壁を作らせる。

 

 水色の氷の壁を作り終えたリンをわざと足元に転ばせるのと、影で作ったコートで全身を包む行動、そして尻尾がユーリの体を打ち、宙に弾き飛ばすのは──ほぼ同時だった。

 

 

「ぉご────」

「なっ──ユーリ!!」

 

 直後にリンの氷の壁に炎が衝突し、左右に枝分かれして後方へと流れる。

 炎を吐くドラゴンの背後に落ちたユーリは、ピクリとも動かない。

 

 ──死んだか。とリンの頭が即座に冷静な判断を下すが、見捨てられるほど冷徹ではない。背後に来ていたドラゴンの尾が倒れた体の真上を通過するという現象に冷や汗を垂らしつつ──炎を吐き出し終えたドラゴン目掛けて走り出す。

 

「……っぉおぉおおッ!!」

 

 走りながら足元に魔力を流し、地面の中で術式を構築。炎を吐くより速いと判断したのか大口を開けるドラゴンの真下から、更に噛みつくより速く柱のような太い氷が発生した。

 それに打ち上げられたドラゴンは、そのままゴロゴロと山の斜面を転がり落ちる。

 

「ユーリ、生きてるか?」

 

 ユーリが倒れている場所までたどり着き、リンは安否を確認する。胸が僅かに上下していることから死んでいないと判断し、彼女はホッと胸を撫で下ろす。だが、これで終わりではない。

 

 回り込んできていたドラゴンの接近により、山の一部がズンズンと揺れる。迎え撃とうと魔力を放出するリンだったが──不意に、ピシッ、と足元を亀裂が駆け抜けた。

 

「は?」

 

 片腕にユーリを抱えていたリンという二人分の体重に加えてドラゴンの歩みによる地響き。それらが重なって、局地的な圧力が長い年月の果てに埋め立てられた地下への入口に穴を空ける。

 

 ──ガクンと、体が下に引っ張られる感覚。万有引力という絶対の法則により、リンと気絶しているユーリは、穴の中に落ちて行く。

 

 

「──嘘だろぉおぉおぉおぉぉぉ…………」

 

 

 その切実な声が、外に届くことは無かった。

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