ユーリとリンが落ちる数分前、森に引火されないようにと戦いの場を空中に移していたシルヴィアとセラは、適当な太い枝を黄色の枠から飛び出させて足場に利用していた。
「ブレス、2時方向!」
「チッ……めんどくせーな」
徐々に数を増やし、現在三匹。その内の一匹──赤い鱗のドラゴンが、二人の右斜め前方から炎を吐き出す。セラがそれ目掛けて手をかざして空間に穴を空けると、無害な方向の空中に繋げ、空へと噴水のように炎が放出された。
「っ──おい、そっちからも来るぞ」
「全く……たかが人間相手に必死だな」
そう言ってシルヴィアは銀色の波紋から剣の柄を伸ばし、引き抜いて刀身を露にする。それは、波打つ刃を持った、純白の大剣。
シルヴィアは大剣を別のドラゴンが吐き出した炎に向けて投げると、その大剣は、なんと炎を吸収して純白の刀身を赤く染め上げた。
投げた姿勢から手首を返すことで、大剣は軌道を変えてシルヴィアの元に戻る。
深紅の大剣となったそれを波紋に戻すと、彼女は別の純白の大剣を更に取り出した。
「なんだそりゃ」
「とある世界を破壊するついでに奪い取った、炎を放出する魔剣……のレプリカだ」
負けじと炎を吐くドラゴンに、再度剣を投げる。純白から深紅へと色を変えたそれを同じ動きで手元に戻しキャッチすると、3本目の大剣と取り替えながら淡々とセラに言葉を放つ。
「自力でそういう武器を作れないか試行錯誤していた時期があってな。
同じ構造の『炎を放出する術式』を構築したは良いのだが、間違えて逆向きに組み込んでしまった結果、何故か炎を放出するのではなく炎を吸収する魔剣が出来たのだ。
ついでに言うと酔った勢いでそのまま複製したから合わせて50本近くある」
「お前、わりとシンプルに馬鹿だよな」
「────」
──こいつ今背中から斬ったら死なないかな、という思考が脳裏を過るが、ドラゴンのブレスに遮られる。魔剣のレプリカを投げて吸い取り無力化する傍らで、親指と人差し指で作った輪の中に空けた穴を覗き込んでいたセラが、あっと声を発した。
「どうした?」
「あの二人、穴に落ちたぞ」
「む、やはり地下への入口があったか」
「まあ片方はぶっ飛ばされて気絶してるけどな。どっちだと思う?」
「ユーリだろう、どうせ」
セラを見ずにさらりと答えるシルヴィア。セラはドライだな、と呟く。
「ここいらで一発覚醒イベントを引いてくれると助かるのだ。そろそろユーリもマトモな戦力に数えたいからな」
「なるかぁ?」
「なるさ。仮にも主人公だぞ」
「はっ、どうだか」
指の輪を解いてドラゴンの炎の対処に移ろうかと思い火山の方に向ける意識を切り替えたセラと、魔剣を取り出そうとしたシルヴィアは、ふと──自分たち以外の誰かの空間干渉を察知する。
「──誰だ?」
「わからん、が……害はなさそうだな。ええいキリキリ働けっ、6時の方向!」
「残業代請求してやろうか……ったく」
「っづぅおぉおぉおおォォオオッ!!」
──重力に押されるような加速を緩めるべく、右腕にユーリを抱えるリンは左腕と手のひらの表面に溢れさせた魔力を氷に変換して即席の籠手を作り、岩壁に押し当ててブレーキを掛ける。
ガリガリガリガリと勢い良く氷が削れ、素肌が削れ、赤い飛沫が暗闇の空中に散る。
「ぐ、ぅ、ぉおぉおああっ!?」
突出した岩の一部に手を掠め、ペキッと小気味良い音を立てて小指があらぬ方向に曲がる。
それでも尚、リンは氷を生成してブレーキを掛け続けていた。
──せめて、底に着くタイミングさえ分かれば。そんな無理難題を自分に課す。
しかし、このまま落ち続ければ、いつしか二人まとめて地面に激突する。
痛みと振動と暗闇の中にいる不安。
それらによる極限状態で、リンの頭はかつてないほどに集中力を発揮する。
刹那、耳鳴りのようなキ────ンという音が脳裏に響き渡り、リンの頭の中に、凄まじい量のその場におけるあらゆる情報が流れ込む。
「づ、ぅ──!?」
まるで全能に至ったかのような感覚。立体的に感じ取れる周囲の光景。穴の底まであとどれくらいか。その全てが流れ込み、ほぼ無意識に、頭が壊れないようにと情報の取捨選択をする。
「……ここ、だァッ!!」
そして両足の裏で壁を蹴り、空中に自ら投げ出され、右腕に抱えるユーリを反対に投げた。
「起きろユーリ! 死ぬぞ!!」
「────ぅ、っ……ッ!?」
ガバッと首を上げたユーリ。意識が覚醒した直後に見えた光景は暗闇で、頭が一瞬混乱するが、即座に自分が落下していると悟り今までの経験から動きを捻り出し、咄嗟に受け身を取る。
「ぐが、かっ……ぁっ……!」
ドンッと体が地面に叩き付けられ、肺から空気が抜けるような感覚に陥る。ゴロゴロと大袈裟に転がって勢いを散らし、
「……いっ、てぇ……リ、ン。大丈夫か……」
「…………おーう、こっちだ、わかるかぁ?」
ユーリは軍用ケミカルライトを数本取り出し、折って発光させてから地面に投げるように転がす。辺りがぼんやりと明るくなり、自分とは反対歩行に落下したリンが大の字で倒れているのを発見した。駆け寄ると、ユーリはリンの左腕の凄惨な怪我を目の当たりにする。
「リン、起きられるか?」
「ああ……腰のポーチから、消毒液と包帯出してくれ、手当て頼めるか」
壁に押し当てた左腕と左手の内側の皮のあちこちが剥がれ、所々が赤々と血を滴らせる。薄暗さで見えづらくとも、肉の露出を察した。
「すまない、みっともなく気絶していなければ俺が登山用具を取り出して降りられたのに」
「たらればなんかどうでも良いんだよ、兎に角手当てが済んだら行動再開だ」
リンに言われた通りに腰のポーチを漁ると、布を厚く巻いて割れないようにされている瓶と無傷の包帯を見つけた。
消毒液らしいそれを開けると、鼻に刺すような刺激臭。それは明らかに酒だった。
「……おい」
「キツい酒なら消毒液にもなるだろ」
「まあ……かもしれんが」
「…………やっぱ傷にかけるの勿体無いからちょっと呑ませてくれ」
「ふんっ!」
「あ゛──っ!!」
ばちゃばちゃばちゃっと勢い良く傷口に酒を浴びせられ、勿体無さと痛みが重なった声を上げる。そのままユーリがコートから出したガーゼを当てて、その上からリンの包帯を腕と手に巻き、ついでに折れていた小指を戻しておく。
「てめぇ後で覚えとけよ……!」
「その『後』があればな」
「……チッ、それもそうか」
あっけらかんとした態度で立ち上がり、リンは左手にぐっと力を入れて、痛みにしかめる。
「左手は使わない方がいい、下手に悪化したら生きて帰れても後遺症が残るぞ」
「右手で剣だけ振ってろってか」
柄だけの剣に魔力を流して氷の刀身を生やして、肩にトンと乗せる。
それからユーリがLEDランタンを取り出そうとした直後、ボッと壁に青白い炎が点火した。
一定の間隔で灯されたそれは、壁に出来た穴──やけに整えられた道が見える方と繋がる。
「……魔導書がこの先にあると確信したのは、もしや俺だけだろうか」
「まさか。罠だろうと関係ねぇ、行くぞ」
寧ろ、行くしかないと言うべきか。
先に行こうとしたリンに慌てて追い付き、先頭を歩くことにしたユーリは、LEDの懐中電灯を取り出して、肩に乗せて一部を紐状に伸ばしたコートの影で固定する。
「なんだそりゃ」
「……いや、その」
「あーあー、言わなくていい。あたしは何も見てねえからお前も何も言うな」
「……助かる」
そんな、間抜けなミスをやらかしつつ、二人は穴の中へと入って行くのだった。