その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ユーリが先日の違法奴隷売買を潰した件での報告書を書き纏めると言い、その場から逃げるように離脱して数分。

 

 酒場と料理店を兼業しているマスターに『朝から暴れるな』と一蹴され、シルヴィアと受付嬢は椅子に座って出された料理を食べ進めていた。

 

「私はチーズやベーコンの方が好きなのだが、このソーセージと野菜スープは中々……良いじゃないか。かなり好みだ」

 

「彼の作る料理は絶品ですので、独自に店を出せばさぞ人気店になることでしょう」

 

 向かい合って食事を取る二人は淡々と進め、数分して食器を下げてから続ける。

 

「それで、貴女はどうやって昨夜この施設に侵入したのですか?」

 

「人聞きの悪い。普通に扉を開けて入ったに決まってるだろう」

 

 シルヴィアはあっけらかんとした態度で言い放つ。受付嬢の眼鏡の奥で瞳が煌めくが、飄々とした顔のシルヴィアに対して静かに眉を潜めた。

 

「──では、どうやって二階に上がりましたか?」

 

「それも、普通に」

「……なるほど」

 

 受付嬢が警戒を解き、シルヴィアも一息ついてユーリが戻ってくるのを待つ。

 

「えらくあっさり警戒するのをやめたな。自分で言うのもなんだが、私なんか誰がどう見ても怪しいだろうに」

 

「ええ。ですので、ユーリさんに責任を取らせようかと。貴女には暫くの間ユーリさんと行動を共にしてもらいます」

 

「──えっ」

 

 束の書類を片手に戻ってきたユーリは、その言葉に反応する。ひらひらと手を揺らして挨拶するシルヴィアの対面に座ると、書類を受付嬢に渡しながら言った。

 

「……なぜ?」

 

「ユーリさんは今日から暫くはフリーでしょうし、こちらとしても突然過ぎて彼女の処遇を決めあぐねておりますので」

 

「時間稼ぎしろと」

 

 受付嬢は答えなかった。

 しかし沈黙が答えを物語っていて、ユーリは静かにため息をつく。

 

「──だ、そうだが」

「本人の前で言うかね」

 

 シルヴィアは淡々と言いながらコップの水を飲み干した。さて、と続けて、若干足が届いていない椅子から跳ぶように降りる。

 

「ユーリ、君はこれから何をするんだ? 折角だし荷物くらいなら持つが」

 

「──あー、そうだな。なら使った道具の補充がしたいから色々な所に寄ることになるが」

 

「構わんよ」

 

 銀髪に合わせた白い上着を羽織って準備を整える。ユーリはそれを見て、ブーツの先で自分の影を小突き──瞬間、ぶわっと膨れて広がった影が体にまとわり付いて一着のコートと化した。

 

「じゃあ行ってきます。昼には戻れると思いますので」

 

「お気をつけて」

 

 そしてコート状の影からハットを取り出して、受付嬢に会釈してから頭に乗せた。

 

 ギルドの出入口を開けて外へ向かった二人を見送り、閉まると同時にチリンと鈴が鳴る。

 出ていった数分後にユーリの報告書を受付の机に置いてパラパラ捲り読み進めると、会場にいた客の人数の部分で眉を潜めた。

 

「──やはり」

 

 数が──と続けた受付嬢の耳に、扉を荒々しく押し退ける音が入ってきた。

 

「受付ちゃん! 大事件だよ!」

「……エイミーさん、お静かに」

 

 腰に二振りの短剣を差した軽装の女性が、入ってすぐ目の前にある受付の机を叩く。エイミーと呼ばれた女性は、遅れて入ってきた茶髪の男──レイクに後頭部を小突かれる。

 

「いったぁ!?」

「落ち着け、馬鹿野郎」

 

「レイクさん。二人して、いったいどうされたのですか?」

 

 頭部の三角形をした獣の耳を尖らせ、細い尻尾を激しく揺らして飛び掛かるエイミーの顔面を押さえて動けなくしているレイクは咳払いをして続けた。

 

「──死体だ。西区域の路地裏で、一人の人間が()()()()になっていやがったんだよ」

 

「……どういうことですか」

 

 レイクの拘束から逃れたエイミーが、ユーリの報告書と似た書類を手渡して言う。

 

「ほら、昨日の一件で一人取り逃したかもって話をしてたじゃん? 朝から探してたら件の死体を見つけたんだけど、服の切れ端に縫われてた紋章が逃げた客の落としたハンカチと同じだったの」

 

「とてつもない怪力で投げられでもしないとああはならない。もしかしたら、アイツがこの都市にいる可能性が浮上してきた」

 

「アイツ──まさか……不死身の男が?」

 

 受付嬢の言葉に、二人が頷く。不死身の男──曰く、殺しても死なない。曰く、凄まじい怪力を持つ。曰く、歳はかなり老けている。

 

 そう噂されている神出鬼没の暗殺者が、この都市に居るかもしれない。三人が戦慄するのも仕方のないことだった。

 

「不死身の男は依頼者が気に入らないやつだと、依頼を受けて達成はするが、依頼者を殺すことがあると風の噂で聞いている。

 もし仮に、あの客が死ぬ前に俺たちの内の誰かを殺すように依頼していたとしたら?」

 

 レイクの言葉に、二人は神妙な顔をする。

 

「最悪死人が増えますね。会員を集めた方がいいでしょう」

 

「……ところでそろそろユーリくんが起きる頃だと思うけど、あの子は?」

 

「減った道具を揃えると、人を連れて出ていきましたが……」

 

 エイミーが聞いてきて、受付嬢は答える。だが、互いに顔を合わせて冷や汗をかいた。

 

「──まずくない?」

「……そうですね」

 

 

 

 ◆

 

 ユーリがシルヴィアと共にギルドを出て数分、王都の喧騒賑わう風景を見ながら歩いていると、シルヴィアにコートを引かれた。

 

「私は王都の土地に詳しくないのだが、今何処にいて何処に向かっているんだ?」

 

「ん? ああ、ここは王都の南区域だ。向かっているのは西区域で武器を売ってるお店だよ」

 

「君は剣を振るタイプには見えないな」

 

「そうだな。自分でも剣よりナイフとか手斧の方が向いてると思ってるし」

 

 そう言いながら、コートから折り畳まれた紙を取り出して広げて渡した。

 

「……地図か?」

「今俺たちが居るのは南の辺りで、目的地はここだ。中央の円があれだよ」

 

 受け取った地図を歩きながら広げると、大きな円が視界に広がる。その大きな円の中に家や店が書き込まれていて、中心には別の円があった。

 

 ユーリが指した方向に顔を向けると──遠くからでもわかる立派な城が建てられている。

 あそこに国王が暮らしているのかとぼんやりとした思考が流れた。

 

「…………それにしても、綺麗な円を描いている都市なのだな」

 

 外壁が円を描き、王城も円を描く。更には東西南北の四方に等間隔で四つの噴水広場が円形に作られている。

 そう、あまりにも()()()()()のだ。

 

「受付さん曰く、この都市は都市そのものを術式に組み込んだ巨大な結界を作れるらしい。だから外壁からお城まで、色々な部分が違和感を覚えるぐらい完璧な形をしているんだと」

 

「ほう──なるほど確かに、道理で多数に交わる龍脈の真上に建設されているわけだ。魔力を地中から分けてもらって発動するのか」

 

 そう言いながら、シルヴィアはコツコツと爪先で石畳で舗装された道を突く。ユーリが疑問符を浮かべて首をかしげると、苦々しい顔で返した。

 

「……悪いが専門用語はさっぱりだ」

 

「──要するに、この世界中を巡る魔力の為の道だ。人間で言う血管に当たる」

 

「なるほど……」

「……先を急ごう」

 

 わかったのか? と小さく呟いた。

 

 南区域から西区域へと移動し、武器を主とする雑貨店に入る。瞬間的に湧いた熱気が肌を撫で、二人の頬に汗を垂らした。

 

「……おやっさん、居るか?」

「おう、どうした」

 

 部屋の奥の鍛冶を行う部屋から現れたのは、低身長で色黒、それでいて革のエプロンを身に付けた男だった。毛深くて髭がある姿は、とある種族──ドワーフそのものである。

 

「使い捨ての投げナイフをセットで、あと木の杭を一本売ってほしい」

 

「杭っつったら……吸血鬼を殺したのか?」

 

「そうだ。獣同然の、自我を感じられない下級の者だったけどな」

 

 それなりに付き合いが長いのだろう。ユーリは懐から金を入れた巾着袋を取り出し、男はユーリが奴隷の一件の時に投げていたものと同じナイフと木の杭を机の下から引っ張り出した。

 

「……で、お前さん、とうとう女連れて来やがったな」

 

「どうも」

 

「こいつは……まあ、昨日からの長い付き合いさ」

 

 扉の近くに立っていたシルヴィアが軽く会釈して手を上げた。嫌味ったらしい口調でからかう男の言葉を、ユーリは適当に流す。

 

「ったく。剣だの鎧だのを削った時の屑鉄かき集めて溶かしたモンで投げナイフ作ってくれなんて厚かましい注文しやがって」

 

「買い物は安く済ませるに限るだろう。注文したときに文句を言わなかったのが運の尽きだ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして男は渡された金を机の引き出しに放り込む。ユーリも出された杭をコートに仕舞い、指に挟める小振りのナイフをベルトに備え付けた専用の小物入れに入れた。

 

「また近い内に来る」

「ああ、ちょっと待て」

 

 扉に手をかけたユーリを呼び止めて、男は振り返ったのを確認して続ける。

 

「西区域の路地裏で死体が見つかったらしい。朝から物騒な話題だったもんでな、忠告だけはしておく。めんどくせえ注文してきた以上、勝手にくたばるんじゃねえぞ」

 

「──わかった。気を付けるよ」

 

 一度帽子を取って、笑いながら被り直す。ユーリたちが出て行く際の扉の開閉音を聞きながら、男は部屋の奥に消えた。

 

 西区域から南区域に戻る道を歩くユーリに、シルヴィアがふと聞いてきた。

 

「しかし、こんな栄えている都市にドワーフが住み着いているとはな。彼らは気難しく、あまり人を信用しない(たち)なのだが」

 

「……ドワーフ? おやっさんの名前なら全然違うぞ」

 

「いやドワーフは人名ではなく種族名──待て、ユーリ」

 

 一言二言の会話で、シルヴィアは何かを察して話を変える。

 

「君がここに来て、どれくらい経つ?」

「王都に来たのは五ヶ月前」

「東大陸に住む四つの種族を全て言えるか?」

「……東に大陸なんてあるのか」

 

「ここが中央大陸と呼ばれていることも知らないのか。となると……ユーリ、なんだ急に」

 

 呟くように喋りながら歩くシルヴィアの頭を不意にユーリが掻き回す。

 抗議しようと顔を上げたシルヴィアにしか聞こえない大きさで、ユーリは言った。

 

「振り返るな、尾行されてる」

「──なに?」




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