短期決戦を目標に、長く続く通路を駆ける二人は、壁の青白い炎が生み出す影を視界に収めてその足を止める。
視線の先には、甲冑に全身を包み、剣と盾を構える騎士のような何かが存在感を放っていた。
「リン!」
「ユーリ、構えろ。こんなところで突っ立ってて味方なワケがねぇ」
リンの言葉の通りに、騎士はおもむろに盾を前に突き出し剣を後ろに引く構えを取る。
「動きを止めろ、あたしが関節を凍らせる」
「……まかせろ」
別空間に繋がるコートに手を沈め、内側からマチェットと手斧を取り出すと、ユーリは両手にそれぞれ掴んで構える。やや前傾姿勢になって──ダッと駆け出した。
「──ッシィ」
右手の手斧を盾に叩き付け、刃と付け根のL字部分を引っ掛け引き寄せる。
とにかく盾を剥がそうとするユーリだが、騎士は甲冑の重さを利用して踏ん張ると、引いていた剣で鋭い突きを放った。
「っ……ふっ!」
左手のマチェットで受け流し、ユーリは剣を持つ手を蹴ることで弾くことに成功する。手元を離れて地面をカラララと滑る剣を、背後でリンが足の裏で止めた。
残された盾を構える騎士は、盾という面積のある金属の塊で殴り掛かる選択を選ぶ。
背後には壁、眼前にはゴウゴウと空気を押し退けて迫る盾。対してユーリは体内の魔力を活性化させ、術式を起動して転移魔法を発動。
背後に回り込み、伸びた腕を掴んで剣と同じように盾を弾き飛ばし、関節を捻り動きを止める。そこでふと、騎士に違和感を覚えた。
「……? いや──リン!」
「おう──凍れ!」
怪我をしている左腕を庇いつつ、右手に集めた魔力を冷気に変換。リンは先ず、ユーリが押さえていた騎士の左腕の肘と肩の辺りを凍らせる。ギシギシと軋ませるが強固に凍り付いた腕が動かせないとわかると、騎士は右手でリンを殴ろうと振りかぶる。
そこに再度組み付いたユーリが、右腕を伸ばして拘束し、膝裏を蹴り膝を突かせた。
「よし、ラストぉ!」
パキパキパキと音を立てて、騎士の右腕もまた凍結する。膝を曲げさせ地面に突かせたまま動けないようにするユーリに代わって、リンが片手で兜をひっぺがそうとする。無抵抗なまま剥がされた兜の奥にあったのは────白骨死体だった。
「やっぱり……腕を押さえたときに、中で固いものがぶつかる音がしてたんだ。死体──それも骨が入っていたからなんだな」
「……じゃあ、なんだ。白骨死体ってことは、こいつはあたしらよりも前にここに来て、死んでからもずっと動いてたってことか?」
「問題は『これ』が、偶発的なモノではなくこの空間におけるトラップだった場合だ」
「……まあ、あたしも死体を再利用するのは良い考えだとは思うが」
「…………」「────」
一拍。
顔を見合わせて、動けない騎士を放置すると、同時に通路の先を目指して走り出した。
──均された地面を砕く勢いで走り数分。通路の最奥に光が見え、出口と判断して二人が手前で足を止める。壁際に背を預けて覗き込み、不意打ちはされないと考え、中へと躍り出た。
「敵──は居ないみたいだな」
「うおっ、水……つめてぇ」
開けた空間に出た二人は、足首まで張られた冷水に目線を落とし、それから中央の辺りにある台座に顔を向ける。警戒しながら近づくと、その台座は水の少し上にあり、縦と横に2メートルずつと人が乗れるだけの幅があった。
そして中央には、一冊の本を貫き台座に縫い止めている一振りの剣が刺さっていた。
「これが……魔導書、か」
「ようやく目的達成か。おいユーリ、さっさと引き抜いてここから出るぞ」
「ああ。──ふっ!」
早速とユーリが逆手に握って剣を引き抜こうとするが、その動きが一切変わらない。
どれだけ力を込めて引き抜こうとしても、刀身が動く様子が無いのだ。
剣から伝わってくる奇妙な感覚に、当の本人が眉を潜めながら口を開く。
「……変なことを言ってる自覚はあるが、この剣、台座じゃなくて本に張り付いてる」
「はァ?」
「ついでに言うと……柄を握ると魔力が吸い取られる。悪いがこれを引き抜くには時間が掛かるし、周りに注意を向けてられない」
「あー、はいはい」
氷の刀身を生やした自身の得物を手に、リンは気だるげに返すと台座から降りる。
「護衛の任務ってわけだ」
「頼む、じゃあ……やるぞ!」
再度ぐっと柄を握り、足と腕に力を込める。額の青筋が破裂しそうな程に力むユーリの手に、僅かに刀身が動く感覚があり──それと同時に、周囲の水の下からわらわらと無数の骸骨が現れた。
「……めんどくせぇな」
「リン!」
「わぁーってる! そっちには行かせないから剣を抜くことだけ考えてろ!」
大きく振りかぶって、リンは刀身を柄から外しつつ投擲する。回転しながら飛んだそれが剥き出しの頭蓋にめり込み、1体が倒れた。
「……多すぎねえかァ!?」
再度氷の刀身を生やしつつ、どこから取り出したのかわからない欠けた剣を受け止める。
片手で鍔迫り合いしながらも、足元の水を媒介に少量の魔力で氷のトゲを生成して粉砕。
ついでにユーリの周囲に氷で出来た鮮やかな水色の壁を作り出し、リンはひんやりとした空気の中で深く呼吸を繰り返す。視界の端で必死に剣を引き抜こうとするユーリに、骸骨の群れと対峙しながら怒声を投げ掛けた。
「チッ……おいユーリ! お前はっ、なんでその魔導書が欲しいと思った!?」
「────!?」
「なんの理由もなくただぼんやりと力を求めてるって訳じゃねぇだろ!!」
「──俺は……俺、は」
リンが足元の水を蹴り上げ、飛沫を凍らせて散弾のようにばら蒔いて骸骨を蹴散らす。
背後から飛び掛かった別の骸骨の斧を剣で受け止めて、更に続ける。
「理由なんざなんだって良いけどな……あたしはまだ、お前の言葉を聞いてねぇよ! なんでっ、力がっ、欲しいと思ったんだよ!!」
「……俺が、力を、欲するのは────」
ユーリの手から力が抜け、魔力が抜けて行く脱力感にぼんやりとする頭から記憶を抽出して、ぽつりぽつりと語り出す。
「……守れた筈だったんだ。幼い子供を、守れた筈だった。後悔したよ、『俺にもっと力があれば』って──ほんの少し前の出来事が、今でも俺の頭に、こびりついて離れない」
「──それでっ!?」
「守れない相手が増えるところだった……今度はシルヴィアまで失うところだった。口だけならどうとでも言えるんだ、それでも──」
──俺は!
そう続けたユーリの目に、炎が点る。緩んだ手に力を込めて、魔力が無くなる感覚を無視して、剣を掴んで引き抜くべく立ち上がる。
「……力が欲しい。
「だったら──どうする!!」
「簡単だ、手に入れるッ!」
右腕を振るい、眼前に氷のトゲを波のように撃ち出して、骸骨を呑み込み視界の奥の壁まで叩きつけ粉砕すると、リンはユーリを煽るように問いかける。彼は台座が砕けるのではないかと邪推する程に力んで、少しずつ剣を魔導書から剥がすように引き抜いてゆく。
「
ズッ、ズズッ、と。剣の切っ先が露となり、とどめとばかりに渾身の力で上へと腕を伸ばす。そして──勢いそのままに、シンプルな長剣の切っ先が天井を向き、その手に柄が収まった。
──直後、ぶわりと暴風が吹き荒れ、独りでに浮かび上がった魔導書がユーリの体に入り込む。体の中に消えた魔導書に困惑したユーリは、刹那の内に頭の中に流れ込んだ数多の術式を文字通り読み取り、理解して行く。
「……おい、ユーリ?」
「──大丈夫だ」
剣を右手に、おもむろに左手を軽く振る。それだけで、突如として発生した風の壁が残りの骸骨を粉々に粉砕して消し飛ばす。
「それが……魔導書の力か」
「ああ。これが俺の──新しい力だ」
吸い取られて失った魔力を補って余りあるエネルギーが、ユーリの体から溢れ出る。
「さあ、早くここから出よう」
汗を流し、疲労もある。二人揃ってダメージがあり、完璧ではない。とどのつまり、故にこそ──今この瞬間が絶好調だった。