セラが開けた枠から飛び出させた木の枝を足場に、空中に留まるシルヴィア。
彼女は炎を吸収する魔剣を翼のように背中に携えながら、辟易とした顔で呟いた。
「増えてないか」
「ボスっぽいのが一匹、恐らく子供なのが五匹だな。流石に主人公の出番の為に残しておくのがキツくなってきたんだが」
「その
シルヴィアとセラを囲むように飛び交う無数のドラゴンと、それを火山の火口付近に留まって観察しているボスドラゴン。
それらを見据え、一斉に吐き出した炎へと魔剣を飛ばし、炎を吸収させつつ、戻ってきた剣をシルヴィアは虚空に生み出した銀色の波紋に仕舞い込む。そしてセラに襟首を掴まれ、空いた手でくるりと空間に穴を空けてそこに飛び込んだ。
炎の範囲から逃れた場所に別の木の枝を飛び出させ、そこに着地すると、セラたちは自分達が立っていた空中に残された木の枝が燃えカスとなって行く様子を目にする。
「ドラゴンってのはどの世界でも頭が良い。
俺たちでやるのかユーリたちを待つのか、さっさと決めろ破壊者」
「……仕方ない、我々でやるしか──」
対ドラゴン用の装備を取り出そうとしたシルヴィアは、不意に地下からせり上がってくる強烈な反応に、咄嗟に火山の方を見た。
「待て、下から魔力反応が上がってきた」
「……やっと来やがったか」
その魔力にボスドラゴンをも反応し、火口から離れて空を飛ぶ。そして──火山の一角から土煙が噴き出し、それらを吹き飛ばす暴風。ゴウゴウと唸る風を纏い、リンを背負ったユーリが、火山よりも遥か上空へと飛び上がっていた。
「……なんか増えてないか?」
「あの一際でけぇのがボスだな、多分メスだ」
「そうか……それじゃあ、どうする」
「あたしが小さい方をやる。向こうに投げろ」
「──良いのか?」
「ま、上手いことやってやるさ」
強く唸り、それでいて優しく持ち上げる風で滞空するユーリにそう言ったリン。
新たな驚異と見なしたのか、翼をはためかせるボスドラゴンの接近を前に、ユーリはこくりと頷くと、魔導書を貫いていた剣を片手に左手でリンの胸ぐらを器用に掴み力を込める。
「後で──恨むなよォ!!」
ぶんっと振りかぶり、足で力を入れづらい空中で体を捻ることで勢いを生み、風で後押しするようにリンをドラゴンの群れに投げ込む。
──その直後、ボスドラゴンが大口を開けてユーリを食らおうと迫っていた。
「こっちは飛ぶの初めてなんだけどな……!」
下に向けて風を吹かし、即座に上へと飛んでボスの噛み付きを避ける。
鼻と目、頭を通過して背中に着地すると、ユーリは剣を翼の付け根の間にある鱗に突き立てた。しかしガキッと切っ先が弾かれ、ならばと掘削機の先端のように嵐を刀身に纏わせる。
「魔法の実験台にさせて貰うぞッ!!」
地下で剣を抜くときとは逆の動作で、切っ先を下に向けて思い切り振り下ろす。
鱗を貫き肉を穿ち、深々と半ばまで剣が突き刺さり、ボスドラゴンは体の内側で乱回転して肉を削り抉り切り裂く嵐の痛みに大きく吠えた。
「──うっ、おっ、おぉおおっ!?」
背中のユーリを振り落とさんとして羽ばたくボスドラゴン。ユーリは柄を右手で握り、落ちないようにしながら左手を天に掲げて術式の構築を始める。上下左右に体をよじって飛び回るボスドラゴンにしがみつきながら、彼はちらりとリンを投げた方向を見た。
五匹の内三匹を相手取るリンが、いつの間にか一匹を氷像に変えて地に落としていた。残り二匹の片方に自分と同じように剣を突き刺してしがみつく様子を見て、ユーリは意識を切り替える。
──二匹居ない、という思考。だが、シルヴィアとセラがどうにかしているのだろうという信頼があり、ユーリは黙々と嵐の魔法──天候制圧魔法の一端をお披露目する準備を続けていた。
事実、ユーリの考えた通りに、五匹いたドラゴンの内の二匹はシルヴィアとセラが対応していた。というのも、シルヴィアがおもむろに武器を入れている波紋からフレアガンのようなピストルを取り出したからである。
「なんだそら」
「ボスをユーリが、子ドラゴンをリンが対応するなら、せめて二匹くらいは引き付けたいからな。なのでこうして……」
真ん中からポキリと割るようにして開き、中に弾薬を詰めて、パンと発砲。
──刹那、耳鳴りのようなキィィィィィンという音が小さく空中に広がった。
すると、リンがしがみつく一匹を取り囲む四匹の内、二匹が狙いを二人へと切り替える。
「……なんだ今の」
「どの異世界でも使える汎用的な……大抵の龍が嫌う音を出した。威力を狭めたから、手前の二匹だけが釣れた訳だ。来るぞ」
トンッと木の枝から飛び降りたシルヴィアは、左手をスナップさせ、袖の中からジャララララ! と凄まじい勢いで鎖を射出する。それが二匹の内片方の足に絡み、一拍置いてガクンと体がドラゴンに引っ張られて宙を舞う。
「あれは確か神性を捕縛する鎖……オリジナルなワケがねえし、レプリカか?」
片手間で腰辺りに開けた穴から刀を引き出しつつ、そう独りごちたセラを、もう片方のドラゴンが迫ると大口を開けて食らい付いた。
あわや噛み砕かれた──と思いきや、セラは刀を縦にしてつっかえさせ、閉じられないようにしながら舌の上で片膝を突いて座っていた。
そしてもう一振りの刀を抜くと、その刀身に電気を纏わせ切っ先を口の奥に向ける。
「あばよ」
その一言ののちに、ボンッと音を立ててドラゴンの体が弾ける。帯電した肉塊が落下する光景を見ながら、セラは別の木の枝を虚空から伸ばしてそこに降り立ち空中に留まった。
「……さて、主人公とヒロインはどんな活躍を見せてくれんのかね」
「──誰がヒロインだ、馬鹿野郎」
ぎしりと枝を揺らして、セラの隣にシルヴィアが着地する。遅れて地面に落ちて行くドラゴンの死骸らしき塊を見送ったセラは、口角を歪めて声をかけた。
「アレ、どうやって殺したんだ?」
「教えてやらん」
「ケチくせぇな」
「いずれ敵になるかもしれん奴に見せたくないからサクッとやったんだ、言うわけないだろう。まあ、なんらかの種族に対して特効となる武器は幾らでもあるからな。つまりそういうことだ」
そうかい、と呟いたセラはそれ以上の追求をしなかった。少しして、シルヴィアに問う。
「お前ってヒロインじゃないのか?」
「500歳越えのおばあちゃんに何を期待してるんだ。ユーリが主人公なら、恐らくヒロインは受付嬢かアイリーン嬢……いやヴァレンティナ氏か? 少なくとも、私はありえん」
風に銀髪をなびかせてシルヴィアはそう言い切り、視界の端で二匹目の氷像が完成する様子を無視しつつ、ユーリがまだしがみついているのだろうボスドラゴンを見やる。
「──なんだ?」
「……この魔力密度……上空か?」
火山の遥か上空で暴れるボスドラゴン。だが──その更に上空では、ドス黒く分厚い雲が集まってきている。ゴロゴロ、ゴロゴロと、聞き覚えのある音が耳に響く。
ボスドラゴンの上で轟くそれは、空中から地面への放電現象。或いは、神の怒り。
果たしてその場でその光景を見上げていた銀髪の少女は、ポツリとその名を口にした。
「──火山雷」
雷雲とボスドラゴンの背中に突き刺さる剣までの雷放電路を、魔力という導線が繋げ、『そこ』へと不規則に枝分かれしながら秒速200キロメートルの膨大なエネルギーが落下する。
──閃光、そして轟音。
如何にドラゴンというあらゆる生命の上位に位置する生物であろうとも、天から降り注ぐ電気──電圧1億ボルト、電流20万アンペア、温度3万℃の直撃に耐えられるわけもなく。
──鼓膜が破裂するのではないかと思ってしまうくらいの音が止まり、通り雨のような唐突さと共に叩きつける土砂降りが発生。
黒焦げになり力なく落ちるドラゴンを見て、セラはふとした疑問を口から吐き出した。
「おい、ユーリはどうした」
「…………そういえばそうだな」