その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ──シルヴィアとセラが落雷を見る数分前。

 

 二匹目のドラゴンの子供を氷付けにしたリンが、三匹目に向かおうと氷像(ドラゴン)に魔力を流し、凄まじい勢いで足元から氷を伸ばして飛ぶ。

 

 更に上空で暴れているボスに気を取られていた三匹目の背後に乗り移り、氷の刀身を突き立て──体内に自身の魔力を流し込み、それを直接氷に変換。そうして内側から凍結させていった。

 

「よし、あとは──」

「──リン!」

 

 だんっ、と。唐突にユーリが傍らに着地してきて、リンは反射的に柄から離した手を彼に向ける。だが、焦った様子で腹に腕を回して飛び降りようとしたユーリの行動を前にして、慌てて柄を握り直してその場にポキリと刀身を残した。

 

 空中でパキパキと音を立てて氷付けになるドラゴンを見送りながら、足元に嵐を纏い落下速度を遅らせているユーリにリンは口を開く。

 

「おいユーリ、急になんなんだ」

「──魔導書の術式で積乱雲を生成して雷を落とす。ここじゃあ巻き込まれるんだよ」

「は?」

 

 ──何言ってんだお前、と続けようとしたリンが、小脇に抱えられながら天を見上げる。そして──その目に閃光が襲い掛かる。咄嗟にまぶたを閉じたリンの耳に、続けて轟音が響いた。

 

「うおっ!?」

「ギリギリだったな……」

 

 背中にビリビリと衝撃を受けつつも、落下速度が緩やかになりながら、二人分の体重で木の枝を軋ませて着地した。横にリンを下ろしたユーリは、遅れて額に脂汗を滲ませ呼吸を荒らげる。

 

「っ、ふぅ──っ」

「……大丈夫かよ」

「ああ……地下で魔力を吸われて、魔導書で補充してそれをまた使いきったからな。貧血みたいで気分が悪いが、まあ……問題ない」

「いや、結構あるだろ」

 

 強がるように誤魔化したユーリに、リンは呆れた表情を浮かべながらも笑みを作った。

 

 

 

 ──二人を見つけ合流したシルヴィアは、セラの空間移動能力を利用して辺りに拡散したドラゴンの死体を開けた場所に纏めさせていた。

 

「魔導書は無事に確保したようだな」

「お陰さまで」

「リンは……怪我をしたのか?」

「ちぃっとばかり擦っただけだ」

 

 ふぅん。とため息混じりの返事をしたシルヴィアだが、その背後から渋い顔をするセラが恨めしそうに近づいてくる。

 

「纏めたぞ」

「そりゃご苦労」

「労いの気持ちが籠ってねぇぞ」

 

 籠めてる籠めてる。と流したシルヴィアの隣で、死体の山を見上げてユーリが問う。

 

「このドラゴンの死体、どうするんだ?」

「君の影には収納できないか」

「無理。俺の元々の影以上の面積には広げられないし、仮に入れられても(コート)が獣臭くなりそうだから正直に言うと嫌だ」

「なら仕方ないか……ドラゴンを狩った証拠だけ最低限確保して、地面にでも沈めよう」

 

 氷付けのドラゴン三匹に、内側から弾けたような複数の肉塊、断面が腐食している肉塊。そして一際巨大な丸焦げの死骸。

 それ等からかろうじてドラゴンの素材に見える牙や鱗を剥がして、最後にシルヴィアが、先端に黄色の宝石が付いた杖を地面に押し当てながら死体の外周をぐるりと一周してくる。

 

 地面の線を繋いだシルヴィアに、左腕の傷の痛みがぶり返してきたらしいリンが眉をひそめながらおもむろに問いかけた。

 

「何やってんだ?」

「言っただろう? 地面にでも沈めようと。この杖は【泥沼】と言って、効果は──」

 

 コン、と地面に宝石をぶつけるシルヴィアは、眼前の死体の山が沈んで行く光景を見せつけてから一拍置いて続ける。

 

「見ての通り、線で囲んだ内側の地面を軟化……要するに底無し沼に出来るわけだ」

 

 ドラゴンの死体が完全に地面に埋まりきったあと、もう一度コンと地面を叩いて、文字通りの泥沼化を解除するとシルヴィアは呟く。

 

「放置して腐らせるよりは、自然の養分にでもなった方が良いだろう」

「……魔導書の為だけに住みかを荒らして皆殺し、相手が魔物とはいえ気分の良いものではないな。どっちが悪者なんだか」

 

 憐憫の表情を死体があった場所に向けるユーリに、返答に困ったシルヴィアに代わって、不意にリンとセラが声をかけた。

 

「魔物ってのはただの熊かなんかとは違う、魔力を持った凶悪な害獣だ。ドラゴンなんかはその筆頭、言葉が通じても話は通じねえよ」

 

「馬鹿真面目に話し合いで無血開城しようとして食われる様は見てみたくはあるが、終わったことにいつまでウジウジしてんだ。魔導書欲しさでここに来るのはお前が決めたことだろーが」

 

 リンに続けてセラがそう言い、馬車がある方へと歩き去るついでとばかりにその肩を手の甲で叩いて、彼はユーリに背中越しに言った。

 

「俺や破壊者(シルヴィア)、お前ら人間が行う『正義』ってのは、所詮は自己満足の押し付け合いだ。力欲しさに魔導書を求めてドラゴンを殺しました、それで終わりだ。黙って受け入れろ」

 

 振り返り、そう言い終えたセラの背中を見送るユーリは、口角を歪めて苦々しく呟いた。

 

「……キツいな」

「そうかな? 私には『一々気に病むな』とフォローしているように聞こえたが」

「シルヴィア、君はいったい鼓膜にどういうフィルターを挟んでいるんだ」

「こればかりは年の功だよ」

 

 はーはーはー、と渇いた笑い声をわざとらしく披露して、シルヴィアもまた馬車に向かう。その後ろを、ユーリが付いていった。

 

 

 

 

 

 ──ガタゴト、ガタゴト。そんな擬音が聞こえてくる馬車の中で、()()()()()()()()()()()()()()私は、ユーリの疑問の返答に困っていた。

 

「……あー、もう一回言ってくれ」

「つまりだな。俺がシルヴィアと出会って、南の商業都市に行って、お嬢様たちと騒動に巻き込まれて、セラたちに襲われて、お嬢様たちが魔導書の情報を持っていて、本当にその魔導書を見つけることが出来たわけだが──」

 

 それとなく隣を見て、帽子をアイマスク代わりにして寝息を立てるリン某の確認をしつつ、私は目線を眼前の優男へと戻す。

 

「こうもトントン拍子に事が進むのは、どうにも違和感があるんだが」

「……まあ、そうだな。ユーリが言わんとしていることは理解できる」

 

 ……とどのつまり、ユーリからすればこの()()がおかしいのだろう。

 

「──とはいえ、残念なことに私と君では知識に差がある。サブカルチャーに疎いユーリに説明するには、些か言葉選びが難しい」

 

 仮にユーリがラノベの一冊や二冊読んでいる学生だったら『だってテンプレだし』で説明できるのだが……この辺の感覚は私のように理の外側に身を置いた者でないとわかりづらいからな。

 

 崩壊寸前の世界から魔力を回収するという名目で異世界を破壊して回った私は、この世界が()()()()()()()()()()を持つことを理解している。そしてユーリが異物でありながらその中心に居ることを、本人が理解できていないことも。

 

 ──まあ異物といえば私もそうなのだが、これもおかしな点がある。

 世界の管理者である上位存在、便宜上『神』と呼ばれているモノが自分の世界に送り込んだユーリは兎も角、許可が降りていなければ認知もされていない私こそ、本当の意味で異物なのだ。

 

 様々な異世界でその世界に居る転移者あるいは転生者と殺りあったから分かるが──その世界に入り込んだ異物は、世界が排除しようとしてパワーダウンさせられる。

 何度も味わってきたからこそ、何故かこの世界では何の違和感も無いことに違和感がある。私は、()()()()()()()()()のだ。

 

 

「……さて、どうしたものか」

「シルヴィア?」

「ああいや、なんでもない」

 

 黙り込んだ私のぼやきに反応したユーリにそう返して、馬車の中で天井を見上げる。

 

 ──咄嗟に空間に穴を開けて逃げ込んだこの世界で、私は顔を変え声を変え名前を変えたが、魔力の回収と称して神が管理をやめたり世界の崩壊が確定した異世界を壊させたあの上位存在(クソッタレ)も、確実に私を追って来ているだろう。

 

 私を殺しに来た筈の天使(セラ)の裏切りに苛立ってることだろうと予想して僅かばかりの溜飲を下げるが、そもそも私とユーリの出会いは恐らく偶然ではないだろう。ああ、酷い話だ。我々のいざこざに、彼を巻き込んでしまっている。

 

「……ユーリ、君の疑問に答えることは難しい。君に知識が無いから、という事実以上に──知ったところで何が変わるでもないからだ」

「本当に、何も変わらないのか?」

「変わらないさ。少なくとも……知らない方が良かったと後悔している小娘が目の前にいる。先人の言うことは聞いておきたまえ」

 

 それだけ言って、私は目線を天井に戻す。

 

 ──なあ、ユーリ。自分は物語の主人公です、だなんて……知りたくもないだろう? ただでさえ君は色々な問題を抱えていて、これから苦労もして行くんだ。余計な事は、知らなくていい。

 

 ──きっと、それでも知ってしまったとき、一人で抱え込まないで済むように私が居るのだろう。セラがそうかは知らんが。

 

 くぁ、と欠伸を漏らして、私はそのまままぶたを閉じる。王都に着くまでは眠らせてもらうとする…………が、ふと思い至った。

 

 ユーリは魔導書を何処に仕舞っているんだ? 

 

 

 

 

 

 ──夕方になる頃にようやく王都に到着した四人は、馬車と馬を借りた場所に戻してからギルドに入る。入口すぐ前にある受付の席に座っている女性──受付嬢が、おもむろに顔を上げ、眼鏡の奥でユーリたちを見て表情を緩めた。

 

「お帰りなさい。成果はどうでしたか」

「はい。無事──ではないけど魔導書なら発見、俺とリンで確保しました」

「被害ならあたしが怪我したくらいだ」

「リンさんが……? ドラゴンくらいなら余裕で相手取れると思っていましたが」

「……穴に落ちたんだよ」

「なるほど」

 

 報告書を取り出してさらさらと書き連ねる受付嬢は、そんな二人に言葉を続ける。

 

「それで、くだんの魔導書はどちらに」

「俺の中にあります」

「そうですか。……はい?」

「すぐに出しますね」

 

 そう言って、ユーリはさも当然のように、()()()()()()()()()()()()魔導書を出現させる。

 

「────はぁ!?」

 

 ずるりと胸元から抜き出して、ユーリは深い緑色の本を手に掴む。さしものセラをも含めたそんな驚愕の声が、受付の机の前で響いていた。

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