「はいはいはいはいちょっとこっちに」
「えっ、いや、ちょっ……なんなんだ」
シルヴィアに腕を掴まれ引っ張られ、ユーリは受付の机の横を通り過ぎて、裏手の休憩室に繋がる扉まで連れていかれる。視界の端では、腕の怪我を診るべく椅子に座るリンの背中を見ていた。
「第2休憩室が空き部屋です」
「助かる。ほら来い、取り調べの時間だ」
「えぇ……」
受付嬢に案内され通された休憩室。
その中にあるソファに座らされたユーリは、出入口の扉に背中を預けるセラと対面のソファに座るシルヴィア、ボードに留めた紙にペンを走らせる受付嬢に囲まれて居心地悪そうにしていた。
「べ、弁護士を──」
「そんなものはいない」
「えぇ……」
──暴虐……! と呟いたユーリだが、一転して真面目な表情を作ったシルヴィアを前にして釣られて表情を固くさせる。
「……それで、事実確認と行くが、君は確かに魔導書を自分の体に埋め込んでいるんだな? コート状に変形させた影に物質を収納しているのではなく、直接、体に」
「──ああ、そうだ。間違いない」
再度体から魔導書を取り出して、ユーリはそれを机に置く。目線を送ったシルヴィアに頷くと、彼女はそれを手に取ってページを捲った。
「……
ほんの数日前に、王都から南の商業都市でアイリーンたちと探した昔のエルフの日記を脳裏に浮かべ、ユーリはかぶりを振って否定する。
「いいや、術式は書かれていた。今はなんというか……そう、俺の頭の中に入ってる」
「入っている……?」
「そうだ。これはちょっと説明しづらいんだけど……頭と体に術式と使い方が染み込んでるんだよ、
「──待て待て待て! 急に撃とうとするな!」
実践したユーリがおもむろに右手の人差し指と親指を立て、その指をL字に曲げて魔力を流すと、人差し指の先端を軸にその周りを小さな暴風が回転している。大慌てで席を立ち上がったシルヴィアを見てから、ユーリは構えを解いて嵐を消す。
「俺が『撃つ』と思わない限り発射されないけど……悪い、見せた方が早いから」
シルヴィアから魔導書を返してもらい、ユーリは胸元に押し当てる。ずずずっと体内に沈んで行くそれを見て、受付嬢がボードを片手に小さくため息をつくとポツリと呟いた。
「──上になんて報告をすれば……」
「上、と言いますと……誰に?」
「『上』は『上』ですよ」
「……ああ、この国か」
つい、と指を天井に向けながら言った受付嬢の言葉に疑問符を浮かべていたユーリが、シルヴィアの端的な答えに一拍置いて返す。
「…………なんで?」
「いや、だって、ユーリさん一度やらかしてるでしょう。あの一件で貴方は国にマークされてますよ、今回の報告も
カリカリと筆を走らせ紙にユーリの言葉と魔導書の情報を書き込みながら、受付嬢が言う。それからユーリは、渋い顔を作り苦々しく話す。
「ああ……ああ、そうか。そうだったな」
「あの一件?」
「──今度話すよ。あまり面白くないから」
「そうかい」
遠回しの拒絶に、シルヴィアはそれ以上の追求をしなかった。それはそれとして──と、彼女は眼球に魔力を集め、力を切り換える。
「……ふぅむ。いやしかし、この魔導書は術式系魔法と儀式系魔法を両方扱えるのか。短いアクションで最大の効率、これを書いた例の人物は、頭が良いように見えて脳筋の類いなのだろう」
「へぇー」
「今のは何もわかっていない奴の声だな」
「ああ、わかる?」
ユーリの返答にシルヴィアは呆れた顔を見せ、魔力を込めた目──魔眼による調査をそれとなく終わらせてから更に返した。
「いいか、術式系というのは……言ってしまえば『魔力をこういう形にしたい』という構想のことで、恐らく君も転移魔法の際はほぼ無意識にやっているのだろう。
──で、儀式系は術式の構築とは違って、動き一つで魔法を発動できるんだ。分かりやすく言うなら、いわゆる雨乞いの儀式だな」
「……そうか、確かに出来るな。今の俺なら雨くらいは降らせられそうだ」
──やるなよ? というシルヴィアたちの無言の圧力に、彼は口をつぐんだ。
「……それでは、そろそろ表に戻りましょうか。あと、報告の方は正直に全て語ることになるので、先ほどの会話内容は記録しましたが」
「ええ。まあ、それでよいかと。国に俺の体を解剖しようとか言われないなら」
「流石にそこまでは………………」
「嘘でも断言してくれませんか?」
「では行きましょう」
「受付さん、受付さん?」
眼鏡の奥で瞳を逸らす受付嬢が部屋から出て行き、それを追いかけてユーリも出る。
扉に寄り掛かっていたが横に退いているセラは、瞳に浮かぶ魔法陣を消して魔眼を解除しているシルヴィアに視線を向けて問いかけた。
「何が分かった?」
「──ユーリは魂が欠けている。これに関しては転移・転生者によくある、死因によってそうなる部分だから重大な問題ではないが……」
「ないが?」
言い淀む彼女にセラはおうむ返しで口を開く。それから一拍置いて、シルヴィアは言った。
「──魔導書が魂と同化して、欠けた部分を埋める形で魔力を出力しているんだ。これはもはや奇跡的という言葉すら生ぬるいぞ」
「それの何がおかしいんだ」
「……セラ、お前は中古車のガソリンタンクにニトロを注いで無事で済むと思ってるのか?」
──あー、なるほど。というセラの声が休憩室に染み込んだ。二人はユーリの現状を、何故か暴発していない爆弾なのだと理解する。
「……これは言うべきか」
「そこまでしてやる義理はねぇだろ。自分で気づけなきゃ成長にならない、主人公の邪魔をするのは俺たちの仕事じゃないからな」
「本音は?」
「ユーリが理解出ると思ってるのか?」
「………………」
その一言にシルヴィアは何も返せなかった。
「──くそっ、これだからラノベの1つも読んでない世代は扱いに困るんだ……!」
「逆に聞くが、お前は意外とそういうのに詳しいんだな」
「500年近く異世界を旅しては転生者共と殺り合っていれば、嫌でも分かるさ…………そういえば、今の今まで聞きそびれていたが」
あん? と簡素に返したセラに、シルヴィアはなんだかんだと流していた問題を聞く。
「お前、なんで私を追っている神とミカエルの味方なんかしてまでここに来たクセに、土壇場でヤツを裏切ったんだ?」
シルヴィアの言葉にセラは視線を逸らし、そして戻してから口を開く。
「あー……お前んとこの神が、俺のところの神が管理してた本を盗みやがってな。取り返すか破壊してくれって頼まれて、建前で協力してたんだよ。──で、お前らに死なれるとアレが帰っちまって困るから延命させたワケだ」
「……そもそも盗まれるなよ」
「そりゃごもっとも」
「どうしてこう、神というのはどいつもこいつもどこかしら杜撰なんだ……」
額を指で押さえ、呆れた声色で呟くシルヴィア。セラは鼻を鳴らして返した。
「帰ったら聞いとくか。『なんでそんなに馬鹿なんだ?』ってな」
「……この世界の神──上位存在も、我々の知りうる類いの者なのだろうか」
「ユーリの影に操作能力と収納機能を搭載しただけで放り出す奴が賢いわけねえだろ」
……そりゃごもっとも。シルヴィアは、小さくため息をつきながら呟いた。
──二人がギルドのエントランスに戻ると、壁際の椅子に座ってリンの怪我を診ているユーリと受付嬢を見つけて近付く。
「腕の状態はどうだ?」
「──問題ねえ……と言いたいところだが、岩壁に擦り付けてちょっと皮膚と肉がえぐれた程度で済んでるのが幸いなくらいだ」
左腕の包帯を巻き直すリンを見ながら、ふと気になったことをユーリがシルヴィアへとおもむろに小声で問い掛ける。
「シルヴィア、こういう怪我を治す魔法とかってこの世界にはないのか?」
「少なくともこの世界には無いな。私が別の世界で手に入れた呪具で治せるだろうが、対価として寿命が減るぞ。どうする?」
「その返しに『是非とも』って返せる人は居ないと思うけど……?」
顔をしかめるユーリに、シルヴィアは続ける。
「怪我の治療として細胞分裂を速めるから、結果として寿命が減るというだけだ」
「とりあえずその案は保留で……」
「なにコソコソ話してんだ」
「君の怪我を早く治すにはどうすれば良いか相談してただけだよ」
「まあ、そうだな。片腕が使えないまま依頼を受けたって死ぬだけだし」
まだ鈍く痛みが続く左腕に目を向け、リンは自虐的に笑う。その様子を見て、机の横に立っていた受付嬢が不意に提案した。
「──でしたら、東国に向かわれてみては」
「『とうごく』…………ってどこ?」
眉を潜めて受付嬢からリンたちに視線を向けたユーリに、シルヴィアが代表で答える。
「『文字通り』の例文に使えそうな国の事だ。王都を上から見下ろして右の方」
「ああ、そっちか。てっきり牢屋の方かと」
「私はそこまで辛辣ではありません」
眼鏡の奥でじとっとした目を向ける受付嬢に申し訳なさそうにするユーリだが、あっけらかんとした調子で受付嬢に投げた質問の返しを耳にして、思考を一瞬停止させた。
「それで東国には、何があるんですか?」
「ええ。あの国には温泉という……天然の湧き出るお湯を人々の浴場として利用しているのですが、源泉の中に自生する薬草の成分が滲み出ていまして、怪我の治癒を助けるんです」
「────。詳しいんですね」
「はい。
受付嬢は受付担当の専用服を手で払って、固まっているユーリを中心として、その場の四人に、簡潔な自己紹介をした。
「──私の一族は、訳あって王都でとある仕事に就いています。誰も聞かないので名乗らないことの方が多いですが、私の名前はミヤビと申します。改めて、以後お見知りおきを」
──遥か上空、人が認識できない次元の奥。言うなれば
「──で、いつになったらその破壊者……でしたか。私が送ったあの
「まあ待て。タイミングというものがある」
「天使二人を使った強襲に失敗した挙げ句、その内の一人に裏切られて出る台詞がそれですか。ここは私の管理する世界だと言うことをお忘れなく。二度三度と失敗されては私が困るのですよ」
「わかっているとも」
「……本当に困るんですからね」
主に私の負担的に。と小さく付け加えて、この世界の『神』は、別の世界から介入してきた、背後に天使──ミカエルを立たせている『神』を見て淡々とそう言った。
「……同じ空間に二柱も上位存在が居ては呼び名に困りますね。そちらは固有の名称はあるのですか? ああ、私のことは……『ゼム』と。これは確か、ユーリさんの世界の言葉ですね」
「ふむ。少なくとも人への呼び名ではない言葉を『神』の代名詞に使うか。なるほどそれは、ああ。我々が間違っても人間ではないという証明になる。であるならば、私は────」
その手に赤い装丁の本を大事そうに持ち、優雅に椅子に座りながら、自分の目だけに見える映像の奥に森の中を歩く一人の老人の姿を映して────。
「……ルーラー。そう呼んでほしい」
この世界の神──ゼムに、別の世界から来た神は、そうして