その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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幕間 この世に神がおわしますならば
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「早くも翌日、リンの腕を治す慰安旅行に出るべく、我々は東区域に向かっていた……」

 

「誰に向けて言ってるんだ?」

 

「あらすじは大事なのでな」

 

 虚空を向いて妙なことを呟いているシルヴィアに質問を向けるユーリは、後ろにリン・アルタイルとセラを引き連れて歩いていた。

 

「──それで、確か今回は、馬車をレンタルしないのだったか」

「ああ。ここと東国を行き来する待ち合いの馬車を使う。中間の街と村を経由するから……行きはどっかで一回宿借りるかもな」

 

 ユーリよりもその手の旅に慣れているリンがそう説明し、シルヴィアは成る程と返す。

 特に話すこともないセラが後ろを歩きながら三人を追い、そしてふと、東区域のとある一角──寂れた小さな教会を見て足を止めたユーリに顔を向ける。彼の顔は、何とも言えない、胸の内に感情を溜める悲痛な表情に歪んでいた。

 

「どうした」

「──いや」

 

 ──なんでもない。そう続けてユーリは、待ち合い馬車の元まで歩く。

 次の馬車が出る時間も迫っているため、三人がその背中に声をかけることは無かった。

 

 

 

 

 

 ──ガタゴトと馬車が揺れ、ユーリとシルヴィア、リン、セラを含めた他数人の客を乗せた大きなキャビンが揺れる。

 その大きな箱を引くための馬四頭が、指示通りに真っ直ぐ舗装された地面を歩いていた。

 

 頭のハットを顔までずらして仮眠を取るリン、キャビンの中を隠す垂れ幕の隙間から外を観察するセラ、ブックカバーを被せた小説を読むシルヴィアと、ぼんやり天井を見上げるユーリ。

 

 各々が自由に馬車に揺られて数時間、途中に目的地とは別の村で同乗者が降りて行き、乗り換えて更に数時間。朝に出発してから既に日が真上から光を降り注がせる頃まで経過している。

 

 ようやく到着した目的地で降りた四人は、引き返す前に休憩させようと馬を小屋に向かわせる御者を見送りつつ宿を探して歩き出す。

 

「──あら? 貴方は……」

「…………」

 

 そんな折、不意に四人──否、ユーリに声をかける女性が近づいてくる。

 村のシンプル且つ簡素な服装に身を包み、それでいて薄い葉のような黄緑が混じった金髪。そして()()()()()()()()()かのように薄暗く濁った瞳を向けて、ユーリたちを歓迎するべく笑う。

 

「何もない村ですけれど、ようこそ。それと……久しぶりね、ユーリくん」

「……ええ、お久しぶりです。1~2ヶ月振りですね──シスター」

 

 気まずそうに、それでいて知人との再会に、ユーリはぎこちなく笑みを浮かべて女性を修道女(シスター)と呼んでいた。

 

「……ふふ、シスター……か。もうそんな、信心深い人間ではないのよ」

「すみません、俺にとっては今でも『シスター』なので。やめますね」

「いいの。いいのよ、そう呼ばれてると、まだ罰を受けられてるみたいだから」

「────」

 

 自虐的な笑みを作ると、女性──シスターは濁った瞳でそれでもユーリを優しく見た。

 二人だけで通じている会話に疑問符を浮かべるシルヴィアたちだが、いささかネガティブな内容に、何があったのかを薄々察する。

 

「ああそうだ、今日はここに泊まって、明日東国に向かうつもりなんですが──」

「……なら宿が必要でしょう? ここを真っ直ぐ行って、一番大きい建物が旅人用の宿よ。安いし、ベッドも柔らかいからオススメね」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 ユーリがシスターに礼を言って歩きだし、後ろで会話を聞いていた三人が追従する。すれ違ったシルヴィアがおもむろにシスターを見て──髪からはみ出る僅かに尖った耳を視界に納めた。

 

「ふぅん」

 

 ステップを踏むように小走りでついていったシルヴィアは、口角を緩めてからかうようにユーリを見上げながら口を開く。

 

「なんだ、ユーリ。私と会う前に既に出会いがあったのではないか……罪な男め」

「──ふっ、()()()か」

 

 先程のシスターと似た、自虐的な瞳。

 歩きながらも、しかして()()()()()()()()男はそっと呟いた。

 

「確かにな」

 

 

 

 

 

「……ここか」

 

 村を歩いて数分、くだんの宿屋に到着したユーリたちは、チェックインを済ませようと早速中へと入る。人の出入りを知らせるベルがカランコロンと来客を知らせ、眼前の受付に座る女性が入ってきたユーリたちを見た。

 

「──いらっしゃい、休憩? 宿泊?」

「一泊お願いします。明日の朝に出る予定で、とりあえず二人部屋を二つ」

「おい待て、俺は一人部屋で頼む」

「は?」

「すまん、あたしも一人の方が楽だ」

「は?」

 

 振り返ったユーリは、セラとリンの提案に眉を潜める。つまり一人部屋を四つか、はたまた──と脳内で計算を始めた彼に、シルヴィアが腰をとんと叩いて声をかけた。

 

「私は君と二人部屋、セラとリンが一人部屋の計三つで良いだろう。

 なにも頭の中で子供向けゲームのナゾトキさながらの図をイメージしなくてもよい」

「……それで、あんたたちは誰がどの部屋を使うんだい?」

「──ああ、すみません。後ろの二人がそれぞれ一人部屋、俺とこの子が二人部屋を使います。料金は…………これで丁度」

 

 ……ひーふーみー、と出された硬貨を数え、頷いた女性は皺のある顔を緩めて三つの鍵を差し出した。割り振られた番号を教えられ、それぞれを懐に納めた時──ガチャッと扉が開けられる。

 

「──お母さん、お客さんが来たと思うのだけど……ああ、ユーリくん、皆さん」

「シスター。あれ、お母さんって……もしかしてこちらの女性が?」

 

 こくりと頷いて、シスターは微笑む。

 

「そうでしたか。確かに雰囲気が似ている」

「……時にシスター殿。貴女にはエルフの血が流れているのではないかね?」

「…………エルフ?」

 

 ユーリが耳慣れない単語に首を傾げ、そういえばそんな言葉を以前シルヴィアから聞いたことがあると思い出す。一瞬キョトンとした顔をしたシスターは、シルヴィアの問いに返した。

 

「はい、私の母の……祖先の祖先の祖先くらいにエルフが居ますよ。ただ、人間の血が濃いので、特徴が髪の色くらい。耳もあまり尖っていないのから、見てもわからないでしょう?」

 

 ほら、と言って耳元の髪を掻き分けると、そこから先端が微妙に尖った耳が現れる。

 確かに注意しないとわからないな……とユーリとリンは内心で独りごつ。

 

「エルフって、獣人と同じ……亜人? なんだったか。すまない、解説を頼む」

 

 困ったときのシルヴィア頼り。ユーリの目線に小さくため息をつくと、彼女は言った。

 

「あー、エルフはなぁ……言ってしまえば森の民だ、自然の魔力とその流れを辿るために耳が進化してレーダーの役目を担っている。エルフが金髪なのは、色素欠乏──アルビノを患った人間が進化したから、という説もあるな」

 

「……え、元は人間なの?」

 

「森で生きていくために進化したのがエルフ、洞窟などの狭い場所で活動するために進化したのがドワーフ……と覚えておけば良い」

 

 お詳しいんですねぇ……と半分以上は聞き取れなかったシスターがシルヴィアの解説に感嘆する。『そんなのも知らねぇのかこいつ』とでも言いたげなリンの視線から逃れるように顔を逸らしたユーリが、おもむろにシスターと顔を合わせた。

 

「……あの、シスター」

「──はい?」

「……ここって、昼食は出ますか?」

「ごめんなさい、ここはやってないの。ただ隣にあるお店は夜までやっているから、そっちで食べてくると良いわよ。案内する?」

 

 ──では、折角なので、と言ってつい先程と同じようにお礼も言う。この村でシスターと再会してからずっと様子がおかしいユーリの違和感には、さしもの三人はとっくに気づいていた。

 

 ゆえに、シスターとアイコンタクトを交わしたユーリの言葉は、シルヴィアたちに緊張を持たせるに充分だった。

 

「……シルヴィアたちと出会う前、シスターはあの王都にある東区域の教会を使っていた。その時俺は彼女と出会って──ある騒動に巻き込まれた。食事しながらだと重い話になるが、話せるうちに話しておきたいんだ。良いか?」

 

「……良いもなにも、必要と感じたから切り出したのだろう? 何を今さら遠慮している」

「あたしは気にしねえけど、モヤモヤしてるんならさっさと話しちまえよ」

「ノーコメント。好きにしろ」

 

 三者三様の意見に、ユーリはシスターとまた顔を合わせて苦笑を浮かべる。

 

「いいお友達ね」

「あって一、二ヶ月の仲ですよ」

「あら、長いじゃない。私とユーリくんは二週間くらいだったでしょう?」

 

 ──まあ、言われてみれば。ユーリはそっと、気まずさからシスターから顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 ──宿を出て真横の料理店を訪れ、五人で店内の一番隅を占領し、さっそくとユーリがお冷やを一口含み、それから口を開く。

 

「シルヴィアと会う一ヶ月前、俺が王都に来て四ヶ月目の辺りで俺とシスターは偶然であったんだが、その時シスターが協会で保護していた三人の子供のうち──一人が誘拐され、二人が殺害される事件が発生した。

 ──俺はその時、初めて人を殺したんだ」

 

「本当に重い話をするやつがあるか?」

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