果たして、立花 遊理改めユーリが異世界に来て、四ヶ月目にしてシスターに出会ったのは──殆ど偶然と言っても過言ではなかった。
王都の
それから一週間ほどの交遊があったある時、ユーリは受付嬢に呼び止められた。
「ユーリさん、本日のご予定は」
「受付さん。今日は南西の森に住む魔物の調査ですよ、近くの村からの依頼で、数が多くなっているから間引いて欲しいとのことです」
「そうですか。まさか使えるようになるとは思っていなかった転移魔法があれば、遅くても昼までには帰ってこられますね」
──今なにか余計な言葉が……と呟いたユーリだが、緩く頭を振って切り替える。
「では行ってきま──と、すまない」
「────、ああ、いや。悪いな」
踵を返して外に出ようとしたユーリは、不意に何者かとぶつかる。互いに転びはしなかったが、謝罪をしながら顔を見合わせた。
ユーリの目にはスキンヘッドで頭にバンダナを巻いた、軽薄な雰囲気の男性が映る。
そして、ぶつかった拍子にずれたバンダナの奥にある後頭部に、ヘビのような刺青が入っているのを視認する。しかしてすぐにずれを戻して見えなくなったそれを、ユーリはあまり気にしない。
そそくさとギルド内の奥のテーブルに向かった男性を意識から外して、ユーリは仕事をするべく王都の南にある門へと向かった。
──受付嬢の予想通り、昼頃に依頼を片付けたユーリが報告後に訪れたのは、くだんの東区域の教会だった。東区域の真ん中の、後から建てられた建造物に挟まれた、教会と言うには信仰心を感じられないやや古ぼけた建物。
投げ売りと言ってもいい値段だったそれを買い取って運営しているのが、何を隠そう──
「こんにちは、シスター」
「──あら、ユーリくん。こんにちは」
片手を挙げて挨拶したユーリに、金髪の女性──この時のユーリは知らないがエルフの子孫──は微笑を浮かべて挨拶を返す。
すると、敷地に入ったユーリの気配と声を察知したのか、教会の扉が開いて、中から三人の少年少女が現れ飛び付いてきた。
「ぐえぇ……っ」
「あっ、こら! 駄目でしょう?」
真正面から受け止めてたたらを踏みつつも、三人を抱き止めて足を止める。二人の少年と、その後ろから控え目に身を寄せる少女に、シスターが柔な声を頑張って荒らげた。
「わりーわりー、よう! ユーリ!」
「『こんにちは、ユーリさん』だろ? 礼儀は正しく、若い内に意識しないと」
「へいへい」
「まったく……こんにちは、ジョエル」
ジョエルと呼ばれた少年が、焦げ茶の髪を揺らしてユーリを見上げる。その隣に立つもう一人の少年を見て、ユーリは続けて言った。
「ベンもこんにちは、シスターの言い付けは守ってるかな?」
「守ってるよ……ジョエルじゃあるまいし」
「んだとぉ」
「事実だろ」
「あぁん!?」
「また始まったよ」
元気が、或いは威勢がいいのか、ジョエルとベンは度々じゃれあうように喧嘩をする。
茶髪と赤髪が風に揺れ、二人はやいのやいのと言い合っている。それを見ながら、ため息をついてユーリが最後に少女へと向き合い目線を合わせるように屈んだ。
「はい、リリーもこんにちは」
「こ、こんにちは……二人は止めなくていいの? ユーリさん」
「男の子なんてあれくらいが健全だよ。俺の場合はその限りじゃないけど」
最後の小声は聞き取れなかったのか、リリーと呼ばれた少女は小首をかしげて疑問符を浮かべる。ユーリは薄く笑って、なんでもないと誤魔化しながら薄暗い灰色の髪に手のひらを置く。
キョトンとしながらも鮮やかなアメジストのような瞳がユーリを見上げて、それから遅れてリリーも照れを混ぜた笑みを浮かべた。
──教会の裏で自生する花を使った花冠を編むことにした子供達に付き合い手元で茎を編み込むユーリとシスターは、手慣れた様子のリリーと、反して苦戦しているジョエルとベンを見ながら、聞かれないように小声で会話をしている。
「──ありがとうございます、ユーリくん」
「なんですか、改まって」
花冠を作りながら、シスターは続ける。
「……私はあの子達──誰も頼れない孤児を保護して、文字や数字、計算を教えていますが、やはり一人では出来ることも限られます」
「ジョエルたちがいい子だから、言われた通りに学習しているんですよ。それもシスターがあの子達の将来を気にして真摯に接しているからで、子供はそういった感情を敏感に感じ取ります」
親がいない、身寄りがない、誰も頼れない。王都がどれだけ
「文字と数字と計算がわかる、それだけで将来の選択肢はぐっと増えます。大丈夫、シスターはしっかりやれていますよ」
「……そう言ってくださるだけで、幾らか心が救われます。やはり、神は我々の行いを見ているのですね。努力はきっと、結ばれる」
「神……神様か」
──あれを神様と呼んでいいのかと内心で呟きながら、脳裏に雑な流れでこの世界に自分を落とした存在を思い出して斜め上に視線を向けた。
「……あ、あの、ユーリさん」
「──リリー、どうかしたか」
「いえ、そのぅ……こ、これ」
おずおずと差し出されたそれに目を向ける。リリーがユーリに渡したのは、完成したらしい白い花の花冠だった。一瞬シスターに視線を向けて微笑ましいものを見る顔をしているのを確認して、ユーリはリリーへと頭を出す。
「ありがとう、リリー」
そっと被せられた花冠の位置を整えて、ユーリはリリーに、一言お礼を言った。
「あの、ユーリさん、私……大きくなったら」
「大きくなったら?」
「────、やっぱりなんでもないっ!」
色白の肌を赤くして、リリーは踵を返してジョエルとベンの元に駆けていった。
もう一度シスターを見ると、ユーリを見ながら、彼女はくつくつと笑っている。
「……なんですか」
「ふふ、貴方は罪な人ね」
「罪な人…………」
罪かあ……と言いながら手元の花冠をようやく完成させると、不意にユーリはシスターや子供たちとは違う視線に気づいてそちらを見る。するとそこには、見慣れない男性が二人立っていた。
「──シスター、あれは?」
「あれ? …………、はぁ……。もうかれこれ一ヶ月くらい
「見回りの兵に相談したりは」
「したけれど、その……」
「実害が無いから力になれない、とか?」
ユーリの答えに、シスターは頷く。再度男たちを見ようとしたユーリだが、視線を向けた頃には既にその姿は消えていた。
「ただ敷地内を見ているだけでは、事件性はないと判断されるのか。そりゃそうか、見てるだけで罪になるなら痴漢の冤罪数は今より酷い」
「なに?」
「いえ、なんでもありませんよ」
そう言いながら立ち上がって、ユーリは片手で尻の草を払い、それからシスターに自身の作った花冠を被せてあげると言う。
「ギルドの方でも相談してみます。俺だけだと、やはり知識が足りませんからね」
「──重ね重ね、ありがとう。ユーリくん」
「いえいえ。ああそうだ、戸締まりには気を付けてくださいね」
念のためフレアガンでも持たせるか、という思考が過るが、文明的にオーバーテクノロジーである以上は発煙筒も危ういだろう。
ジョエルら少年少女に別れの挨拶をしながら、ユーリは考え続けていた。
「無理ですね」
「ですよね」
帰ってすぐ、ユーリは受付嬢に相談をしたが、ばっさりと切り捨てられた。眼鏡の奥の瞳がユーリを射抜き、ユーリはうっと声をつまらせる。
「見回りの兵士の言い分も正当なんですよ。それにその手の問題は国や法律の管轄ですから、我々が安易に手を出せばいいわけでもありません。依頼を出してはい解決、とはなりませんので」
「……はい」
「ただ、自分だけで解決しようと独断で動かなかったのは評価できます。ギルドは信頼第一なので、入って数ヵ月の貴方が問題を起こしたら、我々も庇えませんからね」
「庇ってくれるんですね」
「──それは、まあ、貴方が悪評を得たらギルド自体の評判に関わりますし」
…………ですよねえ。ユーリはただそう言うしかなかった。自分が受付嬢の立場なら、一字一句同じ事を言っただろう。
「ですが……仕事を終わらせた貴方が子供とシスターの身の安全を気にして護衛じみた事をしたとしても、
「……なるほど」
なんのことやら、と言って口角を緩める受付嬢は、ちらりとその視線をユーリの顔──ではなく頭に動かして、くっと喉を鳴らした。
「ところで、
「えっ? ────あっ」
手を伸ばすと、かさっとした感触。時間が経って萎れつつある花冠が乗ったままだったことを思い出して、すっとんきょうな声を発する。
──それから数日後、無慈悲に事件は起きた。