その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──ところで受付さん。ギルドに貼られてる依頼って結構ありますけど、逆にギルドには出回らないような依頼(しごと)はあるんですか?」

「……そうですね、ありますよ」

 

 ──あるんだ……というユーリの呟く声が、依頼の一覧を確認するボードが置かれた壁際から聞こえてきた。室内の中心に位置する机を前にして椅子に座りぼんやりとしていた受付嬢は、例えばと切り出して続ける。

 

「盗賊や山賊、違法な手段で奴隷を集める闇商人などの、組織的な犯罪者をまとめて捕縛或いは始末するために、ギルドの会員が戦力として呼ばれることはありますが、逆に王都や街中で行われた殺人事件や誘拐事件などは国の仕事です」

 

「まあ、そりゃそうですよね」

 

「しかし、殺人・誘拐事件の解決を、時折こちらに依頼してくる方は居たりします」

 

「居るんだ……」

 

「国と憲兵に頼るよりも個人で素早く動ける我々ギルドの会員に調べてもらいたい、と考える方が少なからず居るんですよ。稀ですがね」

 

 へぇ~、という気の抜けた返しをして、それからユーリはボードに貼られた依頼の紙を剥がして受付嬢に手渡した。

 

「……あれ、レイクとエイミーは居ないんですか? 確か()()()()は実家に帰省中でしたよね」

 

「レイクさんとエイミーさんは盗賊が出た街に昨日から遠征、フォースさんは帰ってくる予定だったらしいのですが、村で動ける男衆が魔物に襲われ怪我をしたようで、力仕事を担当するからと帰るのが遅れると手紙が届いています」

 

「ははぁ、大変ですね」

 

「レイクさんとエイミーさんは今日の昼から夕方には帰ってくるとのことですので、まあ、あとで酒盛りに付き合ってあげてください」

 

「う────ん……嗜む程度なら」

 

 くいっ、とお猪口をつまむジェスチャーをしてから、ユーリは仕事に出ていった。

 いつものように、仕事を終えてからシスターたちの元に顔を出すという行動を、無意識のうちにルーティーンにしていたがゆえに。

 

 ──ゆえに、ユーリは、間違えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──血の臭いが鼻につく。

 古い教会は真新しい建造物に囲まれているため、五感の強いユーリや獣人でなければ気づけないだろう微かな鉄錆の臭い。それは敷地に近づくごとにどんどんと強くなって行く。

 

「………………ああ」

 

 教会の中で、ユーリは、3つの塊を見つけた。2つは小さく、1つは大きく。とどのつまり──それは血溜まりに沈むジョエルとベン、そして頭から血を流して倒れているシスターだった。

 

 即座に近づいたユーリは、まず一番近くに倒れているベンの体を抱き起こす。うつ伏せに倒れていた彼の胸からは血が抜けきったのか、その体は冷たくなっている。

 

 服をめくって傷を確かめると、ベンの胸には真一文字の刺し傷が一ヶ所だけ存在していた。見た範囲で、ユーリはその傷が斜め下から肋骨の隙間を通して心臓を貫いているモノだとわかる。

 

「……っ、ぅ」

「──ジョエル!」

 

 倒れているジョエルから聞こえてきたうめき声。ユーリはそっとベンの体を床に下ろしてから近づくと、同じようにうつ伏せに倒れているジョセフをベンと同じ姿勢に抱き起こした。

 

「ジョエル、ジョエル。わかるか?」

「ぅ、あ……ゆ、ユーリ……」

「──同じ傷が……っ」

 

 バッと服をめくれば、そこにはベンの胸の刺し傷と同じ幅、似た角度の刺し傷があった。素人目から見ても、ユーリが見ても、それが致命傷であることが一目瞭然である。

 

「────、いいかジョエル、お前はもう助からない。刺し傷が心臓に達しているが、治す術がないんだ。だから……残酷なことを言うぞ、何があったか全て話してくれ」

「…………へ、へへ。ハッキリ言うよなぁ……でも、ずっと、勘違い……してた」

 

 ひゅうひゅうと空気が漏れるような呼吸を繰り返すジョエルは、薄く笑ってからギョロリと眼球を動かしてユーリを見上げた。

 

「あいつら……ずっと、シスターを狙ってる、んだと思ってた……違ったんだ……あいつら、の狙い……リリーだった……」

 

「なに……?」

 

「綺麗な目だ、これなら、まがんのいい材料に、なる……とか、言ってた。俺たちで……一人の顔、引っ掻いてやったんだけどさ、刺され、ちまった……シスターも……棍棒で、殴ら、れて」

 

 ごぽ、と言い終えたジョエルの口から鮮血が溢れた。ビクン、と、一瞬痙攣して。

 

「…………リリー、を、たす」

 

 ──そして、ジョエルの瞳から光は失われた。下ろしたユーリは手のひらを被せてまぶたを閉じさせると、最後にシスターの容態を診る。

 呼吸は睡眠時のような浅いものだが、生きてはいるようだった。側頭部を殴られたのか、出血はそこからのもので、コートから取り出した消毒液とガーゼで手当てを始めた刺激がきっかけとなったのか、シスターは間を空けて目を覚ます。

 

「……ぅ、うん」

「シスター」

「……っ、ゆ、ぅり、くん……?」

 

 ぼんやりとした目付きが、次第にピントを合わせ、シスターは飛び起きた拍子に側頭部に走る痛みに体を硬直させた。

 

「ユーリくんっ──づぅ……!?」

「落ち着いてください、シスター。貴女は頭に怪我をしています」

「……そうだ、ユーリくん! リリーがっ──ジョエルとベンも……」

「リリーは拐われたようですが……ジョエルとベンは、死にました」

「────」

 

 消毒液の染みたガーゼで傷口を拭い、それから新しいガーゼを当てて包帯を巻く。そんな冷静で的確な処置をしながら淡々と状況説明をするユーリに、シスターは、ぽつりと溢した。

 

「どうして、そんなに……冷静なんですか」

「……」

 

 包帯を巻き終えると、ユーリはシスターの問いに、困ったように眉をひそめて返した。

 

「──()()()()()()()

 

 幼少期から育ての親に鍛えられ、()()()()()()()()()()()まで続いていた訓練は、どうやら効果を発揮していたらしい──と、心の内を火山のように煮えたぎらせながら、ユーリは作れてしまっているポーカーフェイスの裏でそう考える。

 

「とはいえ……ジョエルは死の間際に重要なことを話してくれました。以前から教会を監視していたらしいあの男たちが犯人のようですが、目的はシスターではなくリリーだったそうです」

 

「リリーが……!? ──そういえば、彼らを見るようになったのは、リリーを保護した少しあとからだったような……」

 

 ズキズキと痛む頭で考えてくれているシスターの言葉にユーリもまた一拍置いて口を開く。が、とある提案をしようとして──つぐんだ

 

「この件は国に申請してからでは憲兵が動くまで時間もかかりますし、ギルドに依頼として────、いや、まてよ…………?」

 

「……ユーリ、くん?」

 

「……シスター、この一件、国ではなく俺個人に依頼しませんか」

 

 その提案に、シスターは目を見開いて驚愕する。ユーリの提案は、なにも自分の情けなさから来る自己責任ではない。

 一瞬でも、考えてしまったのだ。もし、ギルド内に内通者が居たとしたら──と。

 

 まさか一日中教会を見張っているわけでもない連中が、よりにもよってユーリの仕事中に事件を起こした。『ユーリが教会に行くのは朝から昼までに依頼を終えてから』という行動パターンを知っているのはギルド会員と受付嬢のみである──と仮定してしまうと、どうしてもこの流れは偶然だと切り捨てることが出来なかった。

 

「俺が朝に依頼で王都を出てから昼の今ここに来るまでの間に誘拐されたのなら、王国の領土からは時間と距離的に出られない。つまり、まだ王都の近くに潜伏している可能性が高いです」

 

「……それは、だって、お金は多くありませんし、それに……復讐……なんて」

 

「依頼料は格安にしておきますよ、あとで受付さんにどやされるでしょうけど。それと、シスター。これは復讐なんかではありません」

 

 ぽん、と肩を叩いて、ユーリは告げた。

 

「──これは報復です。貴女はただ俺にお願いすればいい、『仇を取ってくれ』と」

「…………ふ、ふふ。はは、そう、ですか。それは……なんともまあ、魅力的な提案ですね」

 

 うなだれたシスターはそう言って、壊れたラジオのようにうふふ、ははは、と笑う。そうして最後に、ユーリが違和感を覚える言葉を放つ。

 

 

「──この世に神がおわしますならば、どうして子供たちに、こうも辛く困難な道を与えるのですか。これではまるで……信じた私が、馬鹿みたいじゃないですか……」

 

「────シスター」

 

 ユーリはふと、シスターの垂れた髪の隙間から瞳を覗くように顔を傾けて、こう聞いた。

 

「もしかして、貴女が修道女(シスター)になったのは、王都に来たのがきっかけなんですか?」

「…………」

 

 

 

 彼女は、小さく、こくりと頷いた。

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