「──私が王都に来たとき、国の要となる都市がこんなにも大きく、美しいとは思わなかった。けれど、どれだけ素晴らしい者が治める国でも、あの子達のような孤児が現れるだなんて、当時の私には想像も出来ていなかった」
それはまるで懺悔のように、シスターはユーリへと胸の内を吐露する。
彼女の言葉は、言ってしまえば『都会に憧れる田舎娘が実情を知った』ようなもの。
どれだけ人格者が真っ当な政治をしても、富む者が居れば貧する者が現れる。そんな現実を突き付けられ、『少女』は『修道女』を騙った。ただ、それだけのことである。
「……シスター、俺に貴女の行いを罰する権利も理由もありません。俺にはもはや──八つ当たりをすることしか出来ない」
シスターはユーリの言葉に面を上げ、そして濁った瞳を交わらせた。
「きっちり、二人を埋葬してあげてください。俺は犯人に、自分の行いを後悔させ、黒幕を地獄に突き落とさなければならないので」
彼女が言葉を返すことは出来なかった。消毒され包帯を巻かれたとはいえ未だに痛む頭の傷が思考の邪魔をしていたからというのもあるが、それ以上に──ユーリの顔を見てしまったからだ。
「────ああ、私は」
お優しい青年に、なんて顔をさせてしまったのか。苦虫を噛み潰したような、憤怒の表情を押し込んだような、そんな顔を見て、シスターは……何も言えなかった。
──出来るのか? とユーリの内心が問いかけるような、そんな錯覚。協会の出入口に向かいながら、ユーリは自問に自答する。
「出来るさ」
──やれたのに、やろうとしなかっただけだ。そう呟くように独りごちて、ユーリは
ユーリは仮面の奥で歯を食いしばるようにして冷静さを取り繕いながら、ただただ無言で、静かに自身の行いを後悔する。
転移魔法を使えるユーリなら、男たちが監視しているのを確認してすぐ背後に回り締め上げることが出来た筈だった。だというのに、そうしなかったがゆえに、子供が二人死んだのだ。
ユーリの甘さが招いた事実が、ユーリを苦しめる。嗚呼、お前は、戦う術を学ばされていながら、いったい何をやっているのだ──と。
──見つけた、という呟きが、マスクに遮られた口許からくぐもって聞こえてくる。
城壁の一角に転移して、マスク越しに双眼鏡を使い、ユーリは東区域の城門を中心に辺りを見回し、それから少しして森の中から煙が立ち上っているのを発見した。
王都を出てどこへ向かうつもりなのかは分からないが、人目を遮って休憩を挟むならそこしかないだろう。と内心で推理して、ユーリは体内の魔力を操り術式を起動。
座標を認識しながら転移魔法を発動し、煙の発生源近くにある木の枝の真上に瞬間移動する。
『飛ぶ場所を精密に把握していれば発動できる』転移魔法は、当然だが凄まじい集中力を要するが、あっけらかんとコントロール出来ているユーリは木の枝から飛び降りて着地してコートの内側──袖の中に仕込んだ籠手の安全装置を外す。
それから煙突から煙を吐き出している小屋へと近づいて、彼は扉を荒く叩いた。
「……うるっせぇな! 誰だてめ──」
執拗に扉を叩いたからか、中から現れた無精髭の男は苛立ちを隠さずに対応する。だが、眼前の男──否、ペストマスクと黒コートで体を隠したユーリを見て、苛立ちが鳴りを潜めて冷静さを取り戻し、即座に『敵』だと判断した。
例え犯罪者でも、その反応速度は十分素晴らしいと言える。だが、『誰かわからない相手への疑念を持ちながら腰の鞘から剣を抜く』のと、『最初から相手を殺すつもりのユーリが両手を相手の胸元に押し付けるように差し出す』のでは、後者の方が圧倒的に早かった。
──刹那、カシュン! という何かが飛び出す音。それに伴い、剣を抜こうとした男が、弾き出されたように背後の壁までたたらを踏みながら後退し、背中をぶつけて倒れ込む。その口からは、ごぼっ……と血の塊が溢れる。
「が、げぶ、お」
何かを話そうとして、しかして男の口からは掠れた音しか漏れてこない。
差し出したユーリの両手首から飛び出した仕込み刃に心臓と肺を同時に貫かれた男は、睨むようにユーリを見上げ、動かなくなった。
「────」
無機質な仮面に、男の死体が反射している。ユーリが手首を外側にスナップさせると、仕込み刃はカシュンと再び袖の中に収納された。
ギシッと床を軋ませて侵入したユーリは、向かって右側の廊下の奥にある扉から、更に男が二人現れるのを視認する。
二人の男はユーリの足元に転がる仲間の死体を一瞥し、ユーリに視線を戻しながら、雄叫びと共にそれぞれが廊下に合わせた半端な長さの剣と手斧を掴んで肉薄してくる。
狭いとはいえ横に三人並べる程度には広さがある廊下で、ユーリは斜めに迫る二人に挟まれながらも対応する。
振りかぶられた剣と手斧を、自身の影という非物質に質量を与えたが故に『刃が通らず切断できない』コートと内側に仕込んだ籠手で受け止め、ギャリリと刃を滑らせるようにしていなす。
──刃が通らない、けれども殴られるのと変わらない衝撃と痛みはある。腕への鈍痛を我慢しながら、ユーリは二人のスタミナ切れを待ちつつ窓際まで後退していた。
「──く、そがぁっ」
「とっとと死にやがれ!」
「────」
猛攻を凌ぐユーリが腕で剣を逸らし、手斧の側面を叩く。そして、二人が息を切らした瞬間──真横の窓ガラスに裏拳を叩き込み、外に出た手で内側に引っ張る形でガラスを粉砕。二人に浴びせるようにしながら、一際鋭い破片を掴む。
「かひゅ」
「な──っ!?」
破片をピッと振るい、剣を振るっていた男の首に滑らせる。ぱっくりと開いた喉の傷口から、一拍遅れて血が噴き出した。その光景を見て硬直した手斧を持つ男の鼻っ柱を殴るように掌底を放ち、それから顔への痛みで怯んだ男から手斧を奪い取り、うなじに叩き付ける。
「────」
ごとっ、と音を立てて、二人は床に倒れ付す。ユーリが死体を跨いで廊下の奥へと進むと、二人が出てきた扉の奥から物音がした。ユーリは魔力を操りながら、扉に手を掛けて────
──
「来るぞ」
「……ま、まさか……あいつらが殺られたって言いてえのかよ」
「静かになったってことはそういうことだ。騒がしさからして相手は一人みてぇだが」
単独で来る辺り、相当な馬鹿か、実力者か。後者だったことを察したリーダー格の男は、窓際でそわそわしている男に指示を飛ばす。
「おい、荷物まとめて裏から逃げるぞ。火を放つ用意をしておけ────」
「……どうした?」
バッとリーダー格の男が廊下に繋がる扉を注視する。そして──きぃ……と小さく木材を軋ませるように、ゆっくりと扉が開かれた。
二人はそれぞれ槍とナイフを掴むと、廊下の奥から現れるだろう侵入者を迎撃しようする。
その直後──リーダーは、窓際の男がナイフを落とす音とうめく声を耳にした。
「ぐぉ、ご、げぇっ!?」
「なにっ──!」
男を後ろから締め上げているのは、鳥の嘴のような形のマスクをした、全身黒ずくめの服装の人間であった。