その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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『尾行されてる』

 

 この言葉で反射的に振り返りそうになって、シルヴィアはぐっと堪える。一度深く呼吸して、小声でユーリに言った。

 

「私の髪をグシャグシャに乱せ」

「……なるほど」

 

 意図を察して、ユーリはシルヴィアの髪を掻く。端から見たら知り合い同士のじゃれ合いに見えなくもないだろう。シルヴィアはユーリの手を払って髪を指で梳す()()()しながら、それとなく手鏡で背後を見る。

 

 ──距離を開けて歩いているのは、老人だった。年齢はわからないが、白髪混じりの赤髪を後ろで束ねている。

 身長は目測でも170前後だが、服の下からでも分かる筋肉の起伏はその老人の努力を窺わせた。

 

「……それでどうする、路地裏にでも誘い込んで暗殺するか」

 

「馬鹿を言うな。理由はどうあれ、殺しはすべからく重罪だ」

 

 ならどうするんだと聞き、シルヴィアはユーリの返答を待つ。あっけらかんとした顔で、歩道の先を見据えながら淡々と言った。

 

「向こうが先に手を出してからなら正当防衛になる。殺しはしないが、動けなくする手段なら幾らでもあるから今は相手の行動を待とう」

 

「君は君で私より考えがエグいぞ」

「それほどでも──路地裏……?」

 

 ふと、先の会話を思い出す。不意に湧いた違和感に一瞬首を傾げ、思考は霧散する。

 

「……奴が狙っているのが私かユーリかはわからないが、どうせ誘うならついでに昼食でも取らないか。歩き続けて小腹が空いたんだ」

 

「そうだな。日も上っているし、近くの店にでも入ってから改めて考えるか」

 

「心当たりが?」

「いや、初見の店」

「……そうか」

 

 腹を押さえて顔をしかめるシルヴィアに、ユーリは小さく笑みをこぼした。

 

 

 

 ──太陽が真上に登った頃、西区域と南区域の間にあるレストランに二人は足を運んでいた。カランとドアのベルがなり、やや混雑した店内を駆け回るウェイターがユーリたちに歩み寄る。

 

「いらっしゃいませ、お二人でお召し上がりですか?」

 

「混んでますね、席は空いてますか?」

 

「先ほど四人で来たお客様がお帰りになられたので、ちょうど空いていますよ。ただあとから相席になる可能性がございますが……」

 

「いえいえ、お気になさらず」

「ありがとうございます」

 

 シルヴィアと共に通された席に向かい合って座ると、メニュー表を手に取る。

 

 ──が。

 

「…………ナポリタン……?」

「ん、それにするのか?」

「ああ、いや」

 

 特に疑問に思っていないシルヴィアを横目に、メニューに書かれたそんな文字をつい朗読したユーリ。その筈だろう、ナポリタンとは日本で作られた創作パスタ料理だ。

 

 それがなぜ異世界(ここ)にあるのか。

 

「……どうなってるんだ」

()()()()()()()()()()()()

「────」

 

 あっけらかんとそう言ったシルヴィアは、近くを通りかかった別のウェイターを呼び止めるとメニューを一瞥して注文する。

 

「カルボナーラと削ったチーズを頼む」

「はい、承りました。

 そちらのお客様はお決まりですか?」

「じゃあ、同じものを。チーズはいいです」

 

 メモに注文を記してにっこりと笑い、ウェイターは足早にその場を後にする。しかし1分もしないで戻ってくると、申し訳なさそうな顔で言う。

 

「申し訳ありませんお客様、店内が混んでおりまして、1名様と相席にさせていただきたいのですがよろしいでしょうか……」

 

「良いですよ。なあ、シルヴィア?」

「ああ。構わんよ」

 

 深々と礼をして、改めて奥に駆けて行く。遅れて現れた(くだん)の客は──先程まで尾行してきていた、赤髪を後ろで束ねた老人だった。

 ユーリを見てから、シルヴィアを視認して顔を見ると一瞬だけ体を硬直させる。

 

「……へっへ、(わり)ぃな。デート中かい」

「いや、全く違います」

「昨日知り合っただけの付き合いだ」

「そうかい」

 

 あーよっこいせと言いながら椅子に腰かける老人は、通りすがるウェイターに「いつもので」と伝える。

 

「ここの常連なんですか?」

「まぁな。仕事の前か終わったあとはいつもここで飯食ってくんだよ、サンドイッチの詰め合わせが中々旨くてなぁ」

 

 顎の髭を指で撫でる老人は、ちらりと横目でシルヴィアを見る。それに反応して、シルヴィアは眉をひそめて返した。

 

「私がどうかしたか」

 

「いいや? あー、なんだ、昔似たような銀髪の嬢ちゃんと知り合いだった時期があってなぁ。背丈と雰囲気が似ててビビっただけだぜ」

 

「まあ、銀の髪自体が珍しいだろうからな。その銀髪の女性は今どうしているんだ?」

 

「さぁなあ。相方と結婚して王都(ここ)を出てった筈だから知らねぇや」

 

「なるほど」

「……ん、来たみたいだぞ」

「へっへ、待ってました」

 

 会話を中断して、持ってこられた料理に注目する。遅れて注文されたサンドイッチまで用意されていたが、カルボナーラとは調理の時間も違うためそこまで気にはならない。

 

 カルボナーラに更にチーズを投入するシルヴィアを信じられないものを見るような顔で注視する二人に、下準備を終えてから睨み返す。

 

「なにか文句でも?」

「……なんというか、凄いな」

「よく食えるなそんなもん」

「別に良いだろう、昔からの好物なんだ」

 

 僅かにムッとした表情を見せたシルヴィアは、溶けたチーズをカルボナーラと混ぜてから食べ始める。釣られてフォークを手に取るユーリは、食べ進めながらそれとなく老人を見る。

 

 先の西区域で起きたらしい殺人事件に、自分達を尾行する老人。

 随分とタイミングが良いな──と思わざるを得ない。十中八九、犯人は目の前の老人だろう。腕の筋肉を見れば実力があることも分かる。

 

 襲われた場合、どうするべきか。例えばギルドまで逃げる。例えば王都の軍人に通報する。例えば──殺られる前に殺すか。

 

 そこまで考えて、小さくため息をつく。人を殺すのは、出来るなら()()()やりたくない。結局解決策が見つからないまま食事も終わり、一息ついた頃に老人が立ち上がり店のに奥に向おうとしていた。

 

「どうかしましたか」

「便所」

「……そうですか」

 

 ひらひらと手を振って奥に消えた老人を見送って、二人は顔を合わせて頷いた。

 

「──よし、逃げるぞ」

「シルヴィア、支払いを済ませるから奥から戻ってこないか見張っててくれ」

 

 懐から金銭を詰めた袋を取り出してウェイターに話しかけるユーリを余所に、シルヴィアは店の奥を見る。シルヴィアもまた、西区域の事件の犯人は老人だろうと考えていた。

 

 だが、ひとまずユーリの行動に任せようと思いまぶたを細める。

 支払いを終わらせたユーリが戻ってきた辺りで、不意に奥からの異音を聞き取った。

 

「……なんだ?」

「どうした」

「ああユーリ。実は、店の奥から何かが聞こえてきてだな────」

 

 

 ──その異音の正体を探ろうと二人で耳を澄ませた刹那、バキバキと音を立てて奥から壁を突き破り業務用の巨大な冷蔵庫が飛来してくる。

 

 

 それは真っ直ぐ二人に向かって迫り、容赦なく直撃した。

 直前でシルヴィアを抱えたユーリは自身の影を球形に膨張させ、包むように纏い防御する。

 

 扉横のガラスを粉砕しながら外に叩き出されたユーリたちは、数回転がって受け身を取る。冷凍庫は同じように数回バウンドして、向かいに置かれていた無人の馬車を粉砕した。

 

「ぐ、お……無事か、シルヴィア?」

「ああ、助かった。

 しかし、まさかこれ程とはな……っ」

 

 影の球体が解かれ、影となって再度ユーリのコートと化す。

 魔力を用いた物理干渉で質量を与えられている影が打撃に強いとはいえ、冷蔵庫という凄まじい重量の塊がぶつかっては流石に堪えた。

 

 地面に転がる二人が起き上がった辺りで、店の扉が開かれて老人が現れる。

 袖を捲り首をゴキゴキと鳴らす老人は、無傷のユーリたちを見て眉を潜めた。

 

「おいおい、一番重いやつをぶん投げたのにそれかよ。泣けてくるぜ」

 

 腰を押さえながら立ち上がるユーリの後ろに隠れ、虚空にかざした右手に身の丈を越える長さの槍を出現させてシルヴィアが問う。

 

「お前がこれを投げたのか」

 

「へっへ、昔から怪力(これ)しか取り柄がねぇもんでな……そういや、聞きそびれてた事があったんだが──」

 

 ユーリからシルヴィアへと、視線を移してから飄々とした顔で男は言う。

 

「ユーリってのはどっちだぁ?」

 

 その問いに二人は顔を見合せ──

 

「俺だ」

「私だ」

 

 ──そう、同時に言った。

 

「……どっちだよ」

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