男たちが孤児を誘拐する理由が臓器売買であることに、そして黒幕がギルドの会員であると気付いたユーリの取った行動は一つだけだった。私物である可燃性の薬液を地下室に投げ入れ、割れて中身が揮発するのを少し待ち──
「……助けられなくて、ごめん」
──マッチを一本擦り、着火したそれをピンッと弾くように投げ入れる。ボンッと一気に燃焼して臓器の瓶詰めで溢れた地下室を火の海にし、ユーリは蓋を閉めて暫く待つ。
その間、リーダー格の男にあったヘビの刺青を探して廊下に転がる死体をまさぐるユーリだが、予想通りに他の男たちにも同じような刺青が彫られていた。割れたペストマスクの目元から覗かれる瞳が、ゆらりと憤怒で揺れる。
それからプスプスと煙が漏れ始めた地下室への扉を開けて、コートに手を入れて小さなボトルを取り出すと投げ込んで改めて閉める。中でボトルが熱により破裂する音がくぐもって聞こえ、更に数分経つと──地下室の炎は鎮火していた。
消火剤の詰まった小型の消火器であるボトルに
──そう、この場では。
まさか、こんな犯罪が、ここだけで行われているわけではあるまい。
ユーリがそう直感しつつも、今は目の前の問題の解決に集中しなければとかぶりを振り意識を切り替える。体内の魔力を活性させ転移魔法の術式を起動して──室内の死体に視線を向けた。
「……………………」
死体の処理、犯人の発覚、だがすぐギルドに飛ばないと逃げられる可能性がある。
更にはジョエル、ベン、リリーの死に加えて怒りに任せた犯人たちの殺害。ユーリの精神が疲弊して行くのを、他人事のように感じ取った。
そうして思考が一瞬固まり、ユーリは半ば投げ遣り気味に、後でどうにかしよう……と面倒事の一つを思考の片隅に寄せて王都に飛んだ。
──ギルドの出入口の手前に転移してきたユーリが扉を開け、眼前にある受付の椅子に座る受付嬢が反応する。ずれた眼鏡を指で戻しながら、割れたマスクを乱雑に床へと捨てるユーリに、彼女はまぶたを細めて対応した。
「ユーリさん? どうかされましたか」
「────」
「……ユーリさん、どうし──」
ユーリがキョロキョロと辺りを見回して、バンダナを巻いたスキンヘッドのくだんの男を見つける。まだ犯行がバレていないと思っているのか、余裕か、或いは──犯人ではないのか。それを確かめるためにと、ユーリは男に近付き。
「……ん、おお、このあいだの兄ちゃんじゃねえか。なんだ? そんな怖い顔しぶっ」
「────」
振り返ろうとした男の後頭部を押さえつけるようにして、そのままテーブルへと顔面を叩きつける。周りでくつろいでいたギルド会員たちがギョッとするも、ユーリは気にせず男の左腕を掴み、普段使いの黒いナイフを突き刺した。
「ぁ、がッ──!?」
腕を貫通してテーブルに刺さり、男を縫い止める。その行動に、ようやく我に返った会員たちが席を立ちながら武器を掴みながらユーリと男の居るテーブルを囲んだ。
「ユーリ! お前、なにやって……」
「全員動くな。受付さん、来て下さい」
「クソがッ……てめぇ自分が何やってるかわかってんのかァ!?」
「黙れ」
「ぐ、ぎ、ィ」
傷口を広げるようにナイフの柄頭を左右に揺らし、男を痛みで静かにさせる。
「──ユーリさん、自分が何をしているか、わかっているんですよね」
「ギルド会員はギルド内で喧嘩をしてはならない。当然として殺人及び暴行は違法で、罪に問われることもわかっています。だからこそ、貴女の魔眼の力が必要なんです」
「……何が、あったんですか」
受付嬢は眼鏡の奥の瞳をユーリに向ける。ナイフを押さえるように手を添える彼は、頭の中で説明すべき点の取捨選択をしながら口を開く。
「王都を出て少しの森に、大量の臓器や眼球を保管している小屋を発見しました。犯人らしき者たちの関係者がこの男であると思い、捕縛のためにここに戻ってきたわけです」
「──なるほど、それで、私の
「この男に質問するので、
その言葉に、受付嬢は一拍置いてわかりましたと一言呟いて眼鏡を外し、眼球に魔力を通す。
「おい! お前ら正気か!? 急に襲いかかってきたこいつを捕まえるのが先だろうが!」
「俺の勘違いだったなら、この行動がお前の無実の証拠になるだけだ。そうなったら俺がギルド会員を襲った犯罪者として裁かれるだけ、簡単な話だろう。逆に聞くが──お前は、疑われたら不味いことでもしているのか?」
「っ……!!」
ギリ、と男は歯軋りをする。では──と言って受付嬢は眼球に通した魔力をリソースに魔眼を起動。虹彩に魔法陣を浮かばせて続けた。
「──
「……いいか、俺はお前に質問をする。だから、お前はそれを
「はっ……そんな事でてめぇを牢屋送りに出来るなら、幾らでも否定してやるよ!」
「そうか。なら最初の質問だ──お前は『東区域の教会の孤児を誘拐するよう仲間に指示を出して襲撃させた』な?」
「……そんなわけ────」
──ねぇだろ、と続けようとして、男は黙る。
嘘をつけばバレる。だが逆に肯定すれば魔眼には反応しない。つまり、この質問の方法では、嘘も真実も事実として判断される。文字通りの二者択一なのだ。逃げ道は──無い。
「どうした? 早く、質問を否定しろ」
「……そん、なこと、は、させて、ねえ」
男は脳裏で思案する。受付嬢には本当に魔眼があるのか? 本当に嘘を見破れるのか? そもそも嘘だとわかったからなんだというのか?
そんな思考が流れて行くも、受付嬢の目には
「──貴方は、嘘をつきましたね」
「そうですか。なら二つ目の質問だ、お前は『誘拐した孤児の臓器や眼球を売るために、拐った孤児を殺害させている』な」
「……なに?」
ユーリの問いに反応したのは、周りと同じようにいつでもユーリを制圧できるようにとカイトシールドを構えている男──先輩ギルド会員のレイクであった。その隣で、同じく短剣を握っていた獣人の女性──エイミーが獣の耳を跳ねさせる。
「おい、おい、おい。それは事実か?」
「ちょい待ちレイクっ! 今ユーリくんと受付ちゃんが聞いてる最中だから!」
片手でレイクの腕を掴み、今にも殴りかかりそうな雰囲気の彼をエイミーが止める。
結婚していて子供も居るレイクだからこそ、孤児の誘拐だけではなく臓器売買の為の殺害もさせているらしい男に迫ろうとしていた。
「……っ、くそ、ふざけんな……」
「ふざけるな? それはこちらのセリフだ」
「──うるっせぇな! もうめんどくせえ、嘘だのなんだのと茶番はやめだ。……認めてやるよ、お前が生きてるってことは、どうせ部下共は死んでるだろうからな。ここらが限界だ」
だらりと脱力して、男はヤケクソのような態度で犯行を認めていた。
「だがな、俺は直接反抗に関与してねえ。……金で雇った盗賊だのにやらせてるんだよ、つまり俺が犯人でもその証拠が無いわけだ」
「それも嘘だな。お前たちは同じ犯行組織で徒党を組んでいる。仲間だと一目でわかるように、暗号の意味で刺青を彫っている筈だ。
例えばそう、ヘビ……とかな」
「それがなんだ? 仮に仲間同士だとして……そんなのは偶然同じ刺青を入れてるだけだろ? そんなものは証拠になんねえよなァ?」
「そうか。あの男たちの刺青を剥いできて、お前の後頭部の刺青と見比べてみれば良かったな。だが重要なのは──お前が犯人であると自供したことだ、死体はまだ小屋にあるし、繋がりの一つや二つは必ずお前たちの間にある」
チリチリと、ユーリと男の間で殺気が漏れだす。受付嬢がそれとなく懐から札を取り出し、レイクやエイミーたちもまた得物を構えて何時でも飛び出せるように踏み込む。
「──くくく、それで? 俺を捕まえられたとする。だがいつでも出てこられるぞ? 仲間はあいつらだけじゃねえ、臓器や眼球を欲しがってるのはこの国の人間じゃねえからなァ……わかるだろ、需要があるからこんなことをしてるんだよ」
「仲間は他にいて、売るのは国外の相手と。
それで──お前には、犯罪を犯すという行動に罪の意識は無いようだが、この状況でもその考えは変わらないと見ていいんだな?」
しれっと情報を引き出しながらも、ユーリはそう問いかける。男はユーリの言葉を鼻で笑い、それから舌を出して、口角を歪めた。
「罪の意識? あるわけねぇだろ、バーカ」
「────、──。そうか」
ユーリの頭の中で、千切れる寸前のなにかが、ブチッと千切れた。その音を──幻聴だろうそれを、レイクやエイミー、受付嬢まで耳にしたのは、偶然か或いは。
片手でテーブルに転がっていた酒のボトルを掴むと、ユーリは中身を床にばちゃばちゃとこぼしながら、ぽつりぽつりと呟くように言う。
「ジョエルは俺と同じように、ギルド会員になりたかったらしい。だが危険な仕事だと説得したら、今度は大工になって自分と同じ親の居ない子供が暮らせる大きな屋敷を建てたいと言った」
「……はあ?」
「ベンの夢は医者だった。金の無い、身寄りの無い、自分達のような者でも気軽に立ち寄れる病院を、大人になったらジョエルに建ててもらいたいと言っていた」
「……何言ってんだ、お前」
「リリーは聡い子だった。気高く優しい心を持ち、俺のような大人にも懐いてきて……幸せになってほしいと、心底そう思っていた」
「…………なんなんだよ、オイ!」
ボトルの中身を全てこぼすと、瓶のネックを掴んでボディをテーブルに叩きつけて割る。
「お前の仲間が殺した子供たちには未来があったんだ。『これから』があったんだ。それをお前たちは容易く奪った。金なんかの為だけに、私利私欲の為だけに、お前たちは奪い取った」
語気が強くなって行くユーリの行動を見て、自分がこれから何をされるのかを悟った男はぶわりと脂汗を額に滲ませた。
「おい、待て、くそっ、やめろ」
「俺たちなんかよりもよっぽど綺麗で貴い命を奪っておいて……どうしてそんなにも醜く生きられるんだ。なあ、ふざけるなよ」
「オイ! 誰でもいいからこいつを止めろ!」
「──っ、ユーリッ!!」
「ユーリくん、やめ──」
「不味い、ユーリさ──」
男の言葉にハッとして、即座に行動に移せたのはレイクたち三人だけだった。
だが、男がしてきたことを耳にしたがゆえに──
「やめろ────」
ぐい、と服の襟を掴んでむき出しにした喉へと、鋭利に割れたボトルを押し当てるようにぐじゅりと突き立てる。テーブルからナイフが取れて、男は背中から床へと倒れ、びゅうびゅうと噴水のように鮮血がボトルの口から溢れ出る。
「か、こ、ぉ、げぇ」
「────ざまあみろ」
呼吸ができない。不思議と痛みを感じない。だが、急速に体が冷えて行く。意識が薄れて行くなか、男が最後に見たのは──