その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ──ユーリの足元に男の死体が転がる。咄嗟に我に返った受付嬢が、懐から取り出した札を投げつけ、ユーリに貼り付けると術を起動した。

 

「──【圧】ッ!」

「がっ、ぐぅぅ……!」

 

 ズンッ! という重圧が突如として降り注ぐ。上から押さえ付けられるような圧迫感に、ユーリは膝を突いて動けなくなる。

 

「レイクさん、彼の傷口の圧迫を」

「いや、もう無駄だ。死んでる」

 

 喉に割れたボトルが突き刺さった男はピクリとも動かない。レイクが首筋に指を置くが、ひんやりとした感触を覚えるだけだった。

 

「…………はぁ……」

 

 受付嬢はユーリと死体を交互に見やり、重苦しいため息をついてからパンと手を叩く。

 

「掃除をしましょう」

 

 眼鏡をかけ直して、気だるげにそう言った。

 

 

 

 

 

 ──二階に繋がる階段に腰掛けるユーリを挟むように、左右にレイクと受付嬢が座る。

 眼前では他のギルド会員の男性たちが、床を水で濡らしてモップがけをしていた。

 そして死体は麻袋に入れられて傍らに寄せられ、床の血は水に混じって薄まって行く。

 

「……なんか妙に手慣れてませんか」

「ギルドのルールとしては暴力は駄目ですが、酔っぱらいはルールを守りませんからね」

「ああ……なるほど」

「この術──札を媒介にした特殊な魔法も、対酔っぱらい鎮圧用なんですよ。本来は対大型魔物圧殺術式なので加減しなかったら床の染みになりますが

「今なんて?」

「お気になさらず」

 

 すっとぼけるように顔を逸らした受付嬢に、ユーリはえげつないモノを見るような顔をする。それから隣に腰を下ろすレイクが、掃除されている床を見ながら問いかけた。

 

「悪人をぶっ殺した気分はどうだ」

「──どうだかな。魔物退治や死ぬときに塵になる吸血鬼とは違う、人間を殺したのは今回が初めてなわけだが……」

 

 ギルド内の隅に横たわる麻袋と、掃除され綺麗になった床を見て、ユーリは言う。

 

「……まあ、なんだ。スッキリしたよ。何もかもが手遅れだが、復讐は果たされたんだからな」

 

 ──でも、と言ってユーリは続ける。

 

「今はもう、ただただ気持ち悪い。あいつらを刺した感触が手に残っている」

「……そうか。最初はそういうもんだ」

「レイクもこうなったのか?」

「なったさ、いくら相手が賊だ犯罪者だっつってもな、人なんて殺すもんじゃねえよ」

 

 でも、慣れちまうんだよなあ。そう言ってレイクは焦げ茶の髪をガシガシと掻いた。

 

「ところで、俺はこれからどうなるんですか」

「ギルド内での殺人なので、国からの判断を待ってから裁判となり罰として何年かの投獄……場合によっては死刑でしょうかね」

「とはいえ今回は事が事だ。ユーリは犯罪組織の一端だろう連中を殺したわけだし、多少は罪も軽くなるんじゃないか?」

「……あ、証拠になる臓器とか全部燃やしたんだけど、もしやかなり不味いかも」

 

「────」

「…………」

 

 その言葉に、受付嬢とレイクは固まった。ユーリの顔を見て、同時に顔を手で覆う。

 

「ユーリさん、今までお疲れさまでした」

「お前は……いいやつだったよ」

「既に俺が死刑になる前提で話してないか」

 

 それはそれとして、と咳払いをしてから受付嬢たちは話し始める。

 

「まあ、どちらにせよユーリさんがどうなるかの判断は明日に回されると思いますよ。臓器売買の為に孤児を誘拐し殺害──判明した事件が厄介すぎるんですよね……」

 

「『どの国』の『誰が』そんなものを求めているのか、それが問題なんだよなあ……。もし北の山に囲まれて──というか隔離されている帝国の連中が犯人なら戦争再開になるからな」

 

「なんで?」

 

「軍事力の発展を目指していた国だからだ。元々は王国から西の土地にあった帝国がなぜ北の雪山に囲まれた土地に移ったのかは知らないが、隔絶された場所で延々と技術力を高めていたとしたら、こっちの勝ち目は薄いんだよ」

 

「……そういうものか」

 

 会話が途切れ、ユーリは重い腰を上げると、踵を返して階段を上がって行く。

 

「ユーリさん?」

「どうせ明日には出ていくことになりそうですし、今日はもう寝ます。エイミーに教会に向かうよう言ってありますから、話はシスターから聞いておいてください」

「お……おお、そうか」

 

 はぁ────、と長いため息をついて、ユーリは上がっていった。それからタイミング悪く入ってきた獣人の女性──エイミーが、修道服の女性を連れて入ってくる。

 

 

 

「おっ待たせー、ユーリくんが言ってたシスターちゃん連れてきたよ~……あら?」

「エイミーさん、少し遅かったですね」

「ユーリならもう上に行ったぞ」

「え──っ!?」

 

 尻尾をピンと立てて驚くエイミーの後ろに隠れるように立っていたシスターは、受付嬢とレイクを見ると表に出て来て会釈をする。

 

「──それで、そちらが件の……」

「……初めまして。東区域の教会を買い取り運営しておりました、────と申します」

「丁寧にどうも。それじゃあ、何があったのか、話してもらおうか」

 

 くい、と顎でテーブルを指して座るように促すレイクは、追従してシスターを前に半円状に受付嬢たちと三人で座る。ユーリが居たら「尋問かなにかか」と指摘していただろう光景を、掃除をしていたギルド会員たちが目にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──翌日、朝早くに目が覚めてしまったユーリは、ちょうど良いかとそのまま下に降りた。

 

「……おや、お早いですね」

「ええまあ。俺がどんな罪で裁かれることになるのか、他人事のように気になりまして」

「そんなユーリさんに朗報です。貴方の処遇が決定した書類は既に届いていますよ」

「う────ん二度寝していいですか」

「だめです。では読み上げますね」

 

 無慈悲にユーリの現実逃避を切り捨てた受付嬢は、届いた書類を広げる。ユーリと──何故かまるで自分のことのように緊張している他のギルド会員たちは、受付嬢の言葉を耳にした。

 

「『アースガーデン王国王都のギルドに所属している会員・ユーリが起こした殺人に対する処罰は、本来であるならば投獄十数年、或いは国外追放が妥当である。

 ただし、重大な犯罪組織の摘発に繋がると考えられるため、今回だけは不問とする』

 

 ──以上です」

 

「…………???」

 

「三回ほど読み返しましたが、私は文章を読み間違えていませんよ」

 

「……え──っと、つまり……無罪?」

 

 こくり、と受付嬢は頷いた。背後で会員たちが「ウオオオオオ」と喜びの雄叫びを上げ、いまだにユーリの頭には疑問符が浮かぶ。

 

「しかし、書類の文字からは『次はない』と言いたげな雰囲気を感じますから……とどのつまり、()()()()()()()()ということでしょう」

「──それはなんとなく分かります」

 

 苦い顔をしながらも、ユーリは王都に残れることにややホッとした様子だった。

 何かと理由を探しては酒盛りしたがる会員連中を無視して、それから受付嬢に問う。

 

「そういえば、レイクとエイミーはどこに」

「……ああ、二人なら、先日ユーリさんが寝たあと連れてこられた教会のシスターが()()()()()らしく、その護衛を依頼されています」

「────、は?」

 

 とうとう後ろで酒盛りを開始した会員たちの喧騒が耳に届かない。目を泳がせて動揺するユーリは、跳ねたように飛び出しながら転移魔法を起動してギルド内から姿を消す。

 

 ──瞬間、眼前に映ったのは受付嬢の顔ではなく寂れた教会だった。その横では今にも馬車に乗り込む寸前のシスターが、扉に手をかけたところでユーリの姿を捉えて動きを止める。

 

「えっ……ユーリくん?」

「っ──シスター、故郷に帰るってどういう……孤児の保護は──誰も頼れない子供に、生き方を教えるんじゃあなかったんですか?」

「……すみません、少しお時間を」

「あ? ……なんだ、ユーリか……手短にな」

 

 ちらりとこちらを覗く男──レイクがユーリの姿を見て、シスターに一言口を出した。

 ユーリが駆け寄ってきたことで向き直ったシスターは、彼の質問に返す。

 

「──私は思い上がっていました。不慣れなことをして、結局は誰も守れなかった」

「────」

「貴方が、悪いのではありません。ですが……そうですね、修道者の真似事を始めて──これだけは、よく、わかりました」

 

 濁った瞳でユーリを見ると、シスターは、ふわりと笑って淡々と言った。

 

「この世に、神なんて居ないんですよ」

「…………シスター」

「では、さようなら、ユーリくん。王都から東にある村に私の故郷はありますから、いつか……こんな私を哀れんでくれるなら、会いに来てくださいね。無理はしないように」

 

 最後に会釈をして、シスターは改めて馬車に乗り込む。ユーリはその動きを留めようとはせず、馬に引かれて動き出すそれを見送った。

 

 ──ユーリには、何が出来ていたのだろうか。子供を死なせ、シスターの考えを負の側面に傾かせ、教会からは人が居なくなった。

 

 ただただ、その手に気持ち悪い殺人の感触だけが残る。そして後手に回るしかなかった自分の愚かしさを胸に、一つの結論が口を衝いて出た。

 

「……力が欲しい」

 

 ──その望みは、後々叶うこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という感じだ」

「感想としては、食事時にする話ではない」

 

 ふう、と一息つくユーリに、シルヴィアはげんなりとした顔で返してパンの欠片を口に放る。

 ユーリの回想を聞いていたリンとセラは、口に出さずとも、内心でただ一言、『(おも)っ……』とだけ呟いていたのだった。


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