1
「なあシルヴィア、君は確かに言ったよな。『異なる世界と書くから異世界と読むんだ』と」
「言ったな」
ユーリがシルヴィアを見てから、町と外を隔てる門の向こうの町並みを見やる。
それからもう一度シルヴィア見て──
「──ここ、江戸じゃないか?」
「まあ聞け」
ガタゴトと引き返して行く馬車を尻目に、疑問と驚愕の混じった顰めっ面をするユーリは、まあそうなるか……と呟くシルヴィアに続ける。
「いや、どう見ても江戸の町だろう。絶妙に違和感があるが間違いなく日本じゃないか」
「いいかユーリ、頼むからわかってくれ。異世界は基本的にいい加減な部分が多いんだ」
頭に疑問符を浮かべているユーリに、一拍置いてシルヴィアは口を開く。
「君に言っても理解できんだろうが……『異世界』というのはな、地球より先に創られたか後に創られたかでだいぶ違うのだよ」
「……もう理解出来てないが、つまり?」
「他の世界からしたら地球は完成度の高い異世界なんだ。要するにパク……参考にされがち」
「…………なるほど?」
──神様って意外と俗っぽいんだな、とユーリは口にせず脳裏で呟いた。
「とはいえ、なんというか……時代背景がぐちゃぐちゃなんだよなあこの世界」
「そうなのか?」
「ああ。文明レベルは古いが単発式とはいえ銃があり、しかし発展はしていない。
それに
だんだんと考察の姿勢に入り独り言に発展して行くシルヴィアの言葉を、ユーリは軽いチョップを頭に叩きつけて中断させる。
「なんというか、『外国人がイメージする江戸』みたいで微妙に変な感じではあるがな……ここに来た目的を忘れてないか?」
「確か、ぶらり観光旅行だったかな」
「リンの怪我を治すためでしょうが」
ちらりとユーリは、後ろでセラと共に自分達を観察しているリンの左腕に巻かれた包帯を見る。魔導書を探していた際の怪我の治癒にとオススメされた温泉を求めて訪れた東国が、まさかこうも見覚えがある町並みだったとは思っていなかったのだが──今はそれもぐっと飲み込む。
これ以上この件を話していると、いざ疑われたときの言い訳が出来ない。素直に別の世界から来たと話せば、頭の病気を疑われるだろう。
「さて、そろそろ行くとするか。……二人はさっきからなんで後方待機してるんだ」
「同レベルの馬鹿だと思われたくねえからだよ」
「あたしはお前らがなんて言ってたのかわからねえ、さっきの何語だよ」
「そうか、では行こう」
「……シルヴィアって、結構悪口を言われ慣れてたりするのか?」
「500年も異世界を破壊して回ってたイカれ女が各世界で何も言われないわけないだろう」
はーはーはーはー、と渇いた笑い声を上げると、シルヴィアは町に入ろうと指を指す。
門番に話をして滞在の為に指定された金額を払い、四人で町に入ろうと足を進めて──
「…………?」
──なにか、膜のようなモノに触れた薄い感覚を覚える。どうやらシルヴィアとセラ、リンも同じ違和感を覚えたらしく、表情を僅かに歪めながらも声には出さないで静かに訝しんでいる。
今までの経験から、シルヴィアやセラのようにこの世界を創作物と捉えているわけではないにしても、ユーリは間違いないと確信した。
──この町には、何かがある。
「絶妙に何かが間違っている江戸の風景で頭がどうにかなりそうなんだが」
「耐えろユーリ」
げんなりとした顔色で語るユーリに、シルヴィアはあっけらかんとした顔をする。
「……ああ、日本に帰りたい」
「ホームシックになる程か……」
異世界で見ることになるとは思ってもみなかった、木造の長屋に着物を着込んだ町人。
望んでこの世界にいるわけではないユーリにとって、この光景は毒物に近かった。
「──おい、怪我に効く温泉の話を聞いてみたが、向こうの宿にあるらしいぞ」
二人の会話に混ざるセラがおもむろに言う。町の一角に置かれていた看板の地図の一部に指を置く。記されている場所に描かれている宿屋を見て、二人もまた口を開いた。
「なら今回の滞在はそこを拠点にするか。……二人とも気づいていると思うが、この町には嫌な空気が漂っているような感覚がある」
「ああ。それは間違いない、それとなく町人にここ最近で事件が起きていないかと聞いてみたが、揃って『事件なんて起きたことがない』と返って来たんだ。疑いの目は向けておくべきだ」
「……つーか、当の本人が居ねえぞ」
気だるげに言ったセラの言葉に、ユーリとシルヴィアは辺りを見回す。
それから少しして、気まずそうな顔で近場の店から出てきたリンが三人と合流する。
「リン。どうしたんだ?」
「あ? あー、いや。あたしにはそもそもの問題があっただけだ」
「……ああ、そうか」
「シルヴィア?」
「見ろ」
シルヴィアが指した方向にある暖簾の文字を、ユーリは正しく認識する。
「────あ」
「わかるか、あれは日本語だ。──なぜこの世界にあの言語があるんだ?」
「お前らが言う『ニホン語』とやらは東国語を指しているんだろうが、いざ目にするとよくわかるな。
地球でも言われていたことである。日本語は『ひらがな』『カタカナ』『漢字』を組み合わせた難しい言語であると。故にこそ、共通語に英語が選ばれているのだが──
「……逆に聞くが、お前ら、東国出身でもないのによくあんなのを読めたな?」
「────」
不味い、とユーリは思考する。いや、不味いのか? と続けて内心で独りごちる。
俺を巻き込むなと言わんばかりにそれとなく距離を取っているセラに渋い顔を向けつつ、シルヴィアに視線を向けて妙案を問い掛けるが、そんなユーリを助けるかのように、突如として町の奥から絹を裂いたような悲鳴が聞こえた。
「──詮索は後にしてくれ、行くぞ!」
「チッ、仕方ないか……」
声の正体とその原因を確かめるべく、ユーリは誤魔化すように我先にと駆け出す。
舌を打ちながらも無視するわけにはいかないと、リンもまたユーリの背中を追った。
「セラ、お前は、この町をどう見る?」
「どうもなにも、異世界にゃこういう『なんちゃって日本』はよくあるだろ」
「あるにはあるが……この町は特に妙だ。土地に入るときに感じたあの薄い膜を通り抜けたような感覚に、町人の言葉。『何か』の支配下にあると疑って然るべきだろう」
ふぅむ、と考える素振りを見せるシルヴィアは、ああそうだと思い付いたように、おもむろにセラへと手を伸ばした。
「なんだ? 今になって仲直りの握手でもしようってか?」
「……私の魔眼を通して、視覚を共有する。それは対象と触れていないと出来ないんだ」
「視覚を共有? ──そういうことか」
セラは一拍置いて、シルヴィアのやろうとしていることを理解してその手を握る。
シルヴィアは目に魔力を流し、虹彩に術式を浮かべて一言呟いた。
「『魔力視認』及び『魔力識別』……起動」
その術式が、シルヴィアの体を通して接触しているセラの眼球にも反映される。
「──なん、だ、これは……!?」
「……こんなもんが、町を覆ってたのか」
二人の瞳は、その術式の名前の通りに、大気中に漂う魔力の量と性質を的確に把握する。そして──その異常さに声を荒らげていた。