悲鳴の元に向かったユーリとリンが目撃したのは、声の主なのだろうへたりこんだ女性と、その数メートル先で酔っぱらいのようにフラフラと揺れながら、しかしてその右手にしっかりと細身の剣──刀を握っている二人の青年だった。
即座に女性の前に躍り出た二人は、青年二人の手に握られた刀を注視しながら言葉を交わす。
「俺は左、リンは右を頼む」
「それはいいが……向こうがその気ならこっちも武器を抜くしかねえぞ」
「冗談はよしてくれ、俺たちは観光客だぞ」
両腕を緩く曲げて手のひらを鉤のように丸めるユーリを見て、リンは呆れながらも腰の十字架──剣の柄に伸ばした右手を戻した。
「あたしに片腕でどうにかしろってか」
「ああ……手伝ってやるから」
「────あ? いらねえよ」
眉を潜めて返したリンに苦笑をこぼしつつ、狂暴な獣のような形相で刀の切っ先をこちらに向けて迫ってくる青年たちを見て表情を引き締める。数歩前に出て女性に意識が向かないようにしたユーリは──その腕に嵐を纏い刀を受け止めた。
「あっテメ……!」
「ズルいとか言うなよ」
「クソっ」
舌を打ちながらも、リンは青年の振り回す刀を避けて足を払う。
そして後ろ手に引っ張った右腕を片手で押さえ込むと、倒れた青年を拘束した。
「こっちは押さえたぞ!」
「俺も……押さえた!」
刀をはたき落としたユーリは、足を引っ掻けながら青年の胸ぐらを掴んで背中から倒す。
痛みを感じていないような気配はあるが、衝撃を消せるわけではないらしく、ユーリが相手した青年はそのまま気絶していた。
「それ押さえたんじゃなくて気絶させたんだろ……っておいおいおい待て待て……っ!?」
「リン?」
リンの驚愕の声に視線を向けると、そこでは彼女が押さえていた青年が後ろに曲げられた腕を無理やり戻そうとしてもがいていた。まるで接着されているかのように離そうとしない刀を握るその右腕からはギシギシと骨を軋ませる。
──
「リン! 顎を殴れ!」
「っ──そうかッ!」
即座に指示を飛ばしたユーリに言われた通りに、リンは膝で今にも自分を弾かんとする腕を押さえながら、頭を揺らすように顎を打ち抜く。
痛みは感じないのだろうが、衝撃は消せない。ましてや、脳を揺らされて無事な生物はそう存在しないだろう。思惑通りにガクンと頭が揺れ、遅れて青年の凄まじい膂力はふっと消えた。
「……どうなってんだこりゃ」
「──なあ、リン……気づいたか?」
「あん? …………ああ、そうだな」
青年二人を制圧したユーリたちは立ち上がり、辺りを見渡す。刀を振り回して暴れている男がいたわりには、
振り返ると、つい今しがた叫び声を上げていた女性も──不思議なほどに、眼前の戦闘が見えていないかのようにボーッとしている。
目の前でひらひらと手のひらを振っても反応しない女性に、ユーリは疑問符を浮かべた。
「少しばかり静かすぎる。まさかこんな事態になるのがこの町の風物詩なわけもないだろうし、この女性も…………反応しないな」
「ビンタしてみるか?」
「やめなよ」
──暴力的だな……と続けたユーリは、刹那、第三者の気配を感じ取り人差し指を銃身に見立てた。遅れてリンも腰の十字架をベルトから外し、柄を握り魔力を通して氷の刃を生やす。
「誰だ」
「顔出しな」
その先端に荒々しく回転する小さな嵐を浮かべて、気絶した青年を挟んで自分達の背後に現れたそれへと
リンが腰を落として、すぐにでも肉薄して切り裂けるだろう体勢を取ると──ぶわりと葉が舞い、つむじ風の中心から人が数人現れた。
「そちらの男性たちは我々が預かります」
「く、黒子……?」
「突然現れた奴にそう言われて『はいわかりました』なんて言うと思ってんのか?」
「思っておりません。ですので──場合によっては実力行使させていただきます」
そこで区切ると、黒子たちはその手に見覚えのある札を握った。王都のギルドの受付嬢──ミヤビが使っている札と同じだと気付いた二人は、警戒心を緩めないままだが指と刀身を下げる。
「この町で、何が起こっているんですか」
「あなた方、外からのお客人には関係の無いことです。まさか率先して止めに入るとは思っておりませんでしたが……今回の事は忘れて、目的を達成したら出て行くことをおすすめします」
「その言い方だと余計に気になるのが人間の心理ってもんだと思うがな」
「そこで踏み留まれるかが、人か獣かの境目なのではないでしょうか?」
──言いやがる、とリンが独りごつ。いつのまにか他の黒子が青年たちを抱えあげ、恐らくリーダーなのだろう黒子の背後に回っていた。
「それでは皆様、我々の事は
──パン、と拍手を一つ。
黒子のその動きを合図に、再度発生したつむじ風が、青年たちと黒子をその場から掻き消す。
そして、
先ほどまでの静寂が嘘だったかのように、あれよあれよと喧騒が姿を表す。その賑やかさに、ぞわぞわとした寒気が二人の背筋を駆け抜ける。
ハッとして、思い出したようにへたりこんでいた筈の女性に向き直ると、ユーリは探るような声色で、女性へと言葉をかけた。
「大丈夫ですか?」
「──? ええ、はい……」
「さっき、男性に襲われていましたよね」
「…………えっと……
心底不思議そうに、女性はユーリとリンを見ると、とりあえずと会釈をしてその場から離れた。残った二人は顔を見合わせて、この町を渦巻く気味の悪さに肌を粟立たせる。
「────」
「…………」
──セラとシルヴィアの元に戻ってきたユーリとリンは、何が起こったのかを話していた。
「……つーかなんで来なかったんだよ」
「私やセラが全部解決していたら、君らの成長にならないだろう?」
「子育てか?」
「ママと呼んでもいいんだぞ」
「クソババア」
「反抗期か?」
あっけらかんと罵倒を浴びせるリンにシルヴィアも真顔で返す。セラと話していたユーリも、先の黒子の言葉に違和感を覚えていた。
「あの黒子、『お忘れください』と言っていたんだ。町中に喧騒が戻ってきたとき、襲われていた張本人である女性は襲われていたことをすっかり忘れていた」
「言葉を起点に魔法を起動……いや、俺たちの方で確認した
「町を覆う……?」
「…………ああそうだった、ユーリ、リン。何も聞かずに私の手を握ってくれるか」
ユーリの疑問に答えるように、シルヴィアはおもむろに二人へと両手を伸ばす。
二人が手を握った瞬間──シルヴィアの魔眼を通して、町の空気が一変した。
「──なん、だ……」
「なんだこれ……」
先ほどまで何ともなかった空間を、淡い桜色が支配していた。空気に混じったそれを町人たちはなんの疑いもなく酸素と共に吸い込み、反してユーリたち四人はそれを弾いている。
「我々もこの魔力を取り込んでいるだろうという前提があったから、黒子は町の人々と同じように術中に嵌められると思ったのだろう」
「それで『お忘れください』……か」
「……なんであたしらはこの魔力の影響を受けていないんだ? なにもしてねえぞ」
「俺や破壊者……チビはこの手の毒を遮る力があるからな。お前らは……たぶん素の魔力の密度が高く量が多いからだろうよ。加えてよそからの観光客には効き目が薄いのかもしれねえ」
セラの推測に、ユーリは端的に返した。
「──観光地じゃなく敵地だと思った方が良いわけか。また問題に巻き込まれたな」
「ひとまず警戒を怠らないようにするしかあるまい。わざわざ戦わないといけない義務もないんだ、リンの怪我が治ったらさっさと退散しよう。藪をつつかなければ蛇は出てこないからな」
シルヴィアがそう締めて、ぱんぱんと手を叩いて三人の意識を自分に纏める。
「宿では男女に別れて二人部屋を二つ借りるとしよう。なあに、料理に毒が入っていたら気づけるだろうし、向こうも積極的に敵対しようとは思うまい……たぶんな」
「そうだな。俺も毒には強いし」
「──ナチュラルに言われて流しそうになったが、なんで現代人の君が毒に強いんだ」
ユーリの言葉に引き気味に質問すると、彼はうーん……と悩む素振りを見せてから言う。
「──昔、先生に山奥に連れていかれて、置き去りにされて仕方なく毒キノコとか焼いて食ってたからなあ……耐性付いたのかも?」
「……そうか。毒キノコ、旨いからな」
英才教育だな。と適当な返しをして、シルヴィアは宿へと向かう。そんなユーリは、ちらりと町の奥に建造された立派な城に目を向ける。
「────」
──
──城内の畳に座っている、老人ながらもエネルギッシュな雰囲気を見せる男性を見下ろす少女が、飄々とした態度で口を開く。
「おい爺さん、さっさと次の生け贄を用意しないと不味いんじゃないのか?」
「──わかっている」
「難儀だよなあ。自分の血縁者じゃないと、
「────」
「はっ、睨むなよ。……
命令しろ、少女は老人に言う。老人はつぐんだ口を開くと、しゃがれた、しかし力強い声色で、少女とその背後の黒子に伝えた。
「俺の孫娘を──
「了解」
「御意」
二人は短く返して、閉めきられた暗い部屋から消える。残された老人は自身の決断に重いため息をこぼして、つい先ほど部屋の窓から城下を見ていた自分と視線を合わせた黒髪の男を思い出すと、飾られている白鞘の刀を見た。
「……止めてみせろ、俺の凶行を」