その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「いい湯だ、なぁ~っと」

 

 タオルを傍らに置いて、ユーリは首までお湯に浸かる。東国の町で起こった問題は兎も角として、本来の目的である温泉を求めてユーリたちは宿に訪れ宿泊していた。

 

 観光先が一瞬で敵地となったこともあり、脱いだ衣服は影の中に収納しているが、それはそれとして、日本が最後だった約半年振りの入浴に、表情は緩んでいる。

 

「はぁ──、風呂は心の洗濯とは良く言ったものだ……懐かしいな、この感覚」

 

 全身が熱いお湯に包まれ、芯から暖まる感覚。思わずまぶたを閉じれば眠れてしまいそうな心地よさでふと緩んだ警戒心を引き締めるように、ユーリの耳は扉を開ける音を捉えた。

 

「おー、これが『オンセン』ってやつか」

「は?」

「ユーリ、シルヴィアとセラは入らないってよ」

 

 顔を傾けて出入口に視線を向けると、そこには、バスタオルで胴体を隠して右腕に木製の筒を抱えたリンが立っていた。

 

「……なんで居るんだ?」

「宿の従業員が入って良いって言ったからな。王都の方の言語を使える人が居て助かった」

「今の時間は混浴だったのか」

 

 ──ううん……と呻くように悩む素振りを見せるユーリは、仕方ないとかぶりを振る。

 

「まあいいか。リン、入るときはタオルを外すのがマナーだぞ」

「そうか。じゃああっち向いてろ」

「言われなくても見ないわ」

 

 はぁ、とため息をつきながらそっぽを向くユーリの背後でタオルを外したリンは、肌がズタズタで完治していない左腕を庇いながら、足の指先から順に温泉に浸かる。

 

「おお……おぉおおぉ……!」

「くっ」

「……なに笑ってんだよ」

 

 初めての温泉による初めての感覚にすっとんきょうな声を上げるリン。それを見て小さく笑うユーリに、苛立つように睨んだ。

 

「ふっ……それで、その筒はなんだ?」

「ああこれか。腕の傷の事を話したら、お湯をこれに入れて、腕を浸せとか言われた」

「なるほど。まあそうだよな、傷口を直接温泉に入れたら他の客に迷惑だ」

 

 パカ、と真ん中から半円状に割ると、中は空洞になっており、お湯を入れるためか内側が深く削られている。もう片方を桶の代わりに使ってお湯を注ぐとリンはそこに腕を浸した。

 

「……なんか、染みるな」

 

「そりゃ傷にお湯が当たったらそうなるだろ。受付さん曰く源泉に薬草が自生していて成分が滲み出てるらしいし、怪我の治りが早くなると考えれば数日で完治するんじゃないか?」

 

「そうだな、体感……明日には傷も塞がって明後日には問題なく動かせると思うぞ」

 

「その獣じみた回復力はなんなんだ……」

 

 

 

 

 

 ──呆れながらもユーリは、リンの傷口を診ながらも温泉にしばらく浸かっていた。

 温泉から上がる時に傷口を浸したお湯は外に捨て、慣れない浴衣に苦戦するリンの着替えを手伝うと、部屋に戻った二人は得物の手入れをしているシルヴィアとセラを見つける。

 

「お帰り二人とも。食事もそろそろ運ばれてくるらしいから、それまで寛いでいるといい」

「シルヴィア、風呂は良いのか?」

「人に裸を見られたくなくてな」

「へえ」

「ユーリもスルースキルが磨かれてきたな」

 

 胡座を掻いた膝に乗せていた槍の穂先を拭き終えると、シルヴィアは髪と同じ銀色の波紋を宙に発生させ、その中に槍を仕舞った。同じように二振りの刀を虚空に開いた空間の穴に入れたセラがユーリたちを見やると、一言呟く。

 

「情報をまとめるぞ」

 

 

 

 ──半年振りの和食を、文字通り噛み締めるように味わうユーリに疑問符を浮かべた目線を向けるリンをよそに、セラたちは口を開く。

 

「先ず、俺たちの目的はリンの怪我を治すこと。これ自体は本人の馬鹿みてえな回復力のお陰で明日か明後日には完遂される」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「うるせえ黙って聞け。……で、東国の町は奇妙な魔力に覆われていて町人が暴れても気にしないように洗脳されているわけだ」

 

 醤油に刺身をくぐらせ口に放り込むと、セラはユーリにじとっとした目を向けながら続ける。

 

ユーリ(そこのアホ)は食いながらで良いから聞いてろ。──この問題は、俺たちがその洗脳の魔力を、無力化()()()()()()()()()ところにある」

 

「……それはなにが問題なんだ?」

 

 慣れない箸を諦めてフォークで刺身を突き刺すリンは、セラの言葉に質問を投げ掛ける。それに答えたのはシルヴィアだった。

 

「リン、向こうは洗脳出来ているという前提でこの国の内情を隠せていると思っている。

 それが出来ていないと知ってしまったら──君ならどうする?」

 

「なるほどな。あたしなら口止め──いや、この国の奴なら()()()()()かもしれないのか」

 

 刺身という生魚に奇異の目を向けながらも、そう答えると、シルヴィアの「正解」という言葉を聞く。意を決して口に入れた刺身の味は、その和らいだ表情から察するにあまりある。

 

「極論、メタ推理をすると東国のトップをぶっ飛ばせば解決になるんだが……この散布されている微弱な洗脳魔力が自然現象か故意かですべきことは変わってくる」

 

「メタ……とやらが何かは知らんが、これが人のやってることじゃなかったら何がやってるんだって話になるだろ。まさか魔物でも住み着いてるって言うのかよ」

 

「そうなんだよなぁ~~~」

 

 お手上げとばかりに畳に寝転がるシルヴィア。それからふと、箸を置いたユーリが立ち上がりながら三人に声をかける。

 

「少し換気でもして空気と思考をリセットすれば、いい案も思い付くんじゃないか」

「そうかもしれんな。頼めるか?」

「ああ、ちょっと待ってろ──────」

 

 閉め切られた窓を開け、部屋の空気を外と入れ換えた。そんなユーリは──窓の外、城の傍で、()()()()()()()()()の花びらを咲かせた桜の木を視界に納める。

 

 昼間の時は光っていなかったが故に意識から逸れていた桜の輝きを見て、その表情をスンと真顔にしながらユーリが振り返る。

 

「なあ、犯人、アレだよな」

「……あんな木、あったか?」

 

 リンが眉を潜めて返す傍らで、寝転がるシルヴィアと食事を終えたセラは、ほぼ同時に手のひらで顔を覆って淡々と会話を交わす。

 

「──ラブホみてぇにピカピカ輝いておきながら『実は無害です』とか言われたら笑うぞ」

「セラ、それは誰でも笑うだろう。……ああ、うん。あれは黒だな、ピンクだが」

 

 起き上がって座り直しつつ両の虹彩に魔法陣を浮かばせ、魔眼を起動して魔力の流れを視認する。町全体に広がる魔力は、予想通りに、町人の誰もが気にしていない桜から発生していた。

 

 数分して窓の戸を閉めたユーリが、机の食器を纏めながら言う。

 

「……どちらにせよ、何をするか決めるのは向こうがアクションを起こすのを待ってからだな。黒幕がこの国のトップだとして、『なぜこんな事をしているのか』すら俺たちは知らないんだ」

 

「それで良いぞ。──あたしの腕の怪我が治ったら即撤退、を最低ラインにして、すぐ退けるようにはしておくべきだがな」

 

 暗に『国の問題に首を突っ込める立場じゃない』と言っているリンに、その真意を察しながらもユーリとシルヴィアは頷く。

 

「……で、あたしとシルヴィアは隣の部屋で寝なきゃいけないんだったな」

「一人部屋で寝たいのはわからんでもないが、寝首を掻かれる可能性もある。我慢してくれ」

 

 ユーリとセラの部屋である食事をしていた部屋とを隔てる真ん中の襖を開けながら、シルヴィアはそう言って畳を踏みしめる。

 さっさと布団を広げた彼女は、両手に枕を抱えて意気揚々と口を開いた。

 

「さ、やるぞ」

「何を?」

 

 主語を置き去りにしながらニヤリと笑うシルヴィアにユーリが問う。

 

「決まっている──枕投げだろッ!!」

「寝ろ」

 

 ──ピシャリと、セラは一言だけ返して襖を閉めて向こうにシルヴィアを隔離した。

 

「……おい、あたしはアレと寝ないといけないのか。代われよユーリ」

「いやだよ。男女で別けちゃったから、従業員にアレコレ言われたくない」

「修学旅行ではしゃぐガキかあいつは」

「────」

 

 セラの何気ない言葉に、ああそういえばと、ユーリはシルヴィアの話を思い出す。

 王都から南の商業都市で以前聞いた、若くして死亡しそれから500年近く神に騙され言いなりとなり世界を壊して回った話。

 

 それこそ正に、シルヴィアは『修学旅行ではしゃぐ子供』の時に異世界での戦いを強いられてきたのだ。飄々としたクールな表情や態度はきっと、シルヴィアなりの強がりなのかもしれない。

 

「──恋バナでもしないか?」

「寝ろ」

「ぶぉごっっっ!!」

 

 改めて襖を開け放ちながらそう言ったシルヴィアに自分の部屋の枕を全力で投げつけ、顔面に叩き付けるセラを尻目に、女部屋の奥に吹き飛ぶ彼女を見送りながらユーリは思案を中断して、リンに向き直ってから注意をした。

 

「あ、シルヴィアは寝相が悪いから布団を離して寝た方がいいぞ」

「お前らマジでなんなんだよ」

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