翌朝の町並みを眺めながら、ユーリたちは店の外に置かれた長椅子で団子を食べていた。
「この『ミタラシダンゴ』ってやつ旨いな」
「あんこも旨いぞ、食ってみろ」
「おー……おお、おお」
慣れない和食の不思議な食感に疑念と喜の感情をコロコロ入れ換えるリンに、ユーリは隣で微笑を浮かべる。26歳からすれば、21歳はある意味妹のような立ち位置だった。
「このまま食べ歩きツアーをしながら、最終日に殿様をぶちのめして桜を焼くか」
「RTAじゃねえんだぞ」
シルヴィアが食べ終えた串を、手から放出した魔力を炎に変換して燃やしながら言うと、ついでにとそこに串を投げ込み焼却したセラがあっけらかんと返す。
「こういう時は受け身に徹してるから暇で仕方ないな。俺はなんの関係もないから好き勝手に問題を起こしてやってもいいんだが」
「そんなことをしたら全身全霊を懸けてありったけの呪詛を叩き込むからな」
右腕に毒々しい紫色の文字列を浮かべて、シルヴィアはセラをじろりと睨む。
「やらねえよ。俺個人としちゃあ、お前らが面倒事に巻き込まれてる様は見てて楽しいからな」
「天使って奴は……」
該当者がセラとミカエルの二人だけだが、それでもかなりの恨みが籠ったシルヴィアの呟きに、セラは口角だけを吊り上げて笑う。
「……それで、俺たちはどうする?」
「なんかもう面倒くさくなってきたし桜だけ燃やしてとんずらするか」
「シルヴィア、俺から聞いておいてなんだがいささか野蛮すぎるぞ」
気だるげに返したシルヴィアに、ユーリが苦笑を溢しながら言った。
「いや、だってなあ、こうも城の方からのアクションが無いと反応に困るだろう?」
「それはまあ、そうだが……」
「というわけで昼食を何にするか考えよう。私としては海鮮丼がいい」
「そんなに面倒か……あ、リンはなにか食べたいものはあるか? ……あれ?」
「──あいつまたどっか行きやがったな」
視線を横に向けたユーリは、忽然と姿を消したリンを探して辺りを見回す。
呆れたように口を開いたセラがそう言って、シルヴィアとユーリは顔を手で覆った。
──気がつけば、リンは表通りから離れた路地裏の長屋にたどり着いていた。
「……どこだここ」
不意に感じた奇妙な気配を追ってふらふらと歩いて数分、完全に迷い込んだ先で、リンがそう呟きながら歩いている。それが迷子になる原因であると、その場にユーリかシルヴィアが居たら冷静に指摘していたことだろう。
「──あ?」
それからふと、リンは、長屋の間に建てられている家を見つけた。彼女からすれば、言ってしまえば長方形と長方形の間に四角形が挟まっているような違和感だった。
「────」
──よし、入るか。
リンは言わずとも脳裏に言葉を浮かべた。
カラカラと戸をスライドさせたリンが中へと入ると、僅かな埃臭さと古い紙の匂いが鼻に突く。それから、室内の奥で、机に肘をついて片手でパラパラと本をめくる少女を捉える。
「……いらっしゃいませ』
「なんて?」
それはさながら、外国人が突然日本語で話しかけられたが如く。こちらを一瞥してから口を開いた少女の言葉に首をかしげたリンに、少女はようやく顔を向けて一拍置いてから続けた。
『……ああ、観光客でしたか。では──ゴホン、これでどうでしょう」
「話せるんだな」
「まあ、人並みには」
薄暗い部屋の中を歩くと、リンと少女が近くで顔を見合わせる。
長い栗毛を前に垂らして一房に結んでいる髪型と落ち着いた雰囲気が相まって、おおよそ少女には見えない。少女もまたリンを見上げて、その青空のような髪色に目を奪われた。
「────」
「どうした」
「……いえ、ああ、それで、ここは古本屋です。本を売ったり、買ったり、貸し与えたりと様々な用途がありますが、貴女のご用は?」
「迷ったんだよ」
「なんて?」
リンの言葉に少女はすっとんきょうに返した。それからここが表通りから離れた位置にある店であることを思い返して、ああと呟く。
「表通りはここを出たら左に行って、突き当たりを右です。奥の方とはいえ単調な道のりをどうやって迷ってきたんですか……」
「ふらふら~っと歩いてたらここに来てたんだよ。ったく、
「────!」
ぼやくような愚痴をぽろっと溢したリン。その言葉に反応した少女は、その小さな口をあんぐりと開けて、目を見開いた。
「……じゃ、あたしはそろそろ戻る。古本とか読めねえしな」
「そうですか。……えっと」
「ああ、あたしはリンだ」
「どうも、リンさん。私は
リンさん、と独りごつ少女──鈴歌は、決心したようにリンを見上げて言う。
「──リンさん、これから私が言うのは荒唐無稽…………変な話に聞こえるでしょうが、とにかく黙って聞いてください」
「…………」
「もし、もしも、
「それは、誰にだ」
「この言葉を信じてくれる人に」
突然の奇妙な言葉を紡ぐ鈴歌を見下ろすリンは、しかしてその言葉が本気であることを理解していた。ゆえに、彼女は答える。
「その言葉を信じてくれる奴なら、私の連れに居る。あとでそいつら連れてくるからちょっと待ってろ、流石にこの話題をあたしだけで処理するわけにはいかない」
「……はい、よろしくお願いします」
「──なあ、その言葉を自分で外に伝えに行こうとしない理由だけ聞いていいか」
リンは鈴歌に問い掛ける。
鈴歌は考える素振りを見せてから、自虐気味の笑みを浮かべて答えた。
「この町が、檻だからですよ」
「……檻?」
「外から入って出ることは出来ても、中で生まれ育った者は出られないんです」
「そういう……法律なのか?」
「はは、まさか」
乾いた笑い声を上げて、スンと表情を冷めさせると、鈴歌は淡々とリンに言った。
「さ、そろそろ出ていってください。本に用事がないなら、居られても迷惑ですので」
「────?」
「ああそれと、間違っても、
リンの中で違和感が強まる程に唐突な、突き放すような言い方。その違和感の正体に薄々勘づきつつ、眉をひそめながらも鈴歌へと返した。
「わぁったよ、金もねぇしさっさと帰ることにする。それと……鈴歌」
「はい?」
「
「────っ」
一瞬。ほんの一瞬、首を縦に振ろうとした鈴歌の表情を見て、リンはそれを誤魔化すように、ぐしゃぐしゃと彼女の頭を掻き乱すように撫でた。
「また来る。じゃあな」
踵を返して、リンは古本屋から出て行く。閉められた戸の奥の影が一度右に行こうとして慌てて左に動く様子を見て、鈴歌はくすりと笑う。
「…………不思議な人だったなあ」
──それはそれとして、少しヒントを出しすぎたか、と内心で焦りを見せる。
「でも、この機会を逃したら……もう誰も
──誰でもいい。誰でもいいから、おじいちゃんを止めてくれと、鈴歌は天井を見上げてそう願う。そして、ポツリと呟いた。
「……誰か、助けて……」