その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 裏路地の長屋を抜けて表通りに戻ってきたリンは、早速と三人に古本屋での会話内容を語る。言葉を噛み砕いて理解しようとするユーリたちは、それはそれとしてリンに向けて言った。

 

「勝手にふらふらと動くんじゃない」

「しょーがねーだろ気になったんだから」

 

 悪びれた様子もなくそう言い切って、リンが右手で左腕の包帯を弄る。

 ──完治してないかと独りごつリンに、シルヴィアがおもむろに口を開いた。

 

「その鈴歌某の所に、あの桜と町の魔力をどうにかする方法が隠されているかもしれない。ひとまず案内してもらえないか?」

「おう。確かあっちだ」

「そこは君が出てきた裏路地とは真逆だ」

 

 リンが指差した方は、彼女が出てきた方角の真逆を指していた。

 こいつ……と小さく呟いたシルヴィアが、一言いってやろうと眉を潜めた──瞬間。

 

「──おい!」

 

 珍しく、セラが声を荒らげた。

 その理由を問おうと顔を向けたユーリたち三人は、城の傍に生えた、負けずとも劣らない大きさの桜が、()()()のを確認する。

 

 そして、ぶわっ──と、暴風のような勢いで、不可視の魔力が城下町を駆け抜けてきた。

 

「──ちっ、ユーリ!」

「わかってる」

 

 リンがユーリに合図しながら、無事な右腕を起点に魔力を放出し、それを氷に変換して壁を作る。ユーリはその壁に沿って、空気が左右に流れるように()()嵐を纏わせた。

 

 一拍置いて、魔力混じりの風がユーリたち以外を侵食する。見えない、しかし確かな侵略が、東国の町を覆っていた。その風が止んで、周囲を見渡し──()()()()()ことに気付く。

 

「──くそっ、やられた……!」

「思ったより相手の行動が早いな」

 

 シルヴィアとセラが口を開き、嵐と氷を解いて魔力に戻し大気に霧散させた二人が、家々の隙間から、城の方から、ぞろぞろと人が現れる光景を視認する。それは、東国に来て直ぐに相対した、正気を失った青年たちと同じであった。

 

「……ゾンビ映画みてぇだな」

「無関係の市民を巻き込まないように人避けをするのは殊勝な心がけなんだがなあ」

 

 全員のその手には、峰が妖しく光を反射する刀が握られている。

 町の魔力による洗脳なのだろうと理解した直後、四人に向けて青年たちが、まるで糸に操られているような不自然な動きで駆けてきた。

 

「おい、どうするんだ? あたしらはこいつらを殺すわけにはいかねえんだぞ」

「……仕方ない、手足の一本は覚悟してもらう。でも殺すなよ────リン?」

 

 ユーリは返事をしないリンに、疑問から顔を向ける。当のリンは、自分が出てきた裏路地に意識を向けており、その奥に消える複数の人影を目視していた。

 

「……不味い、スズカっ」

「リン!」

「悪いがここは任せる!」

「え──っ」

 

 即座に駆け出すリンの腕を掴もうとした指が空を切る。ユーリはその背中を追いかけようとするが、シルヴィアとセラだけに表通りの青年たちの相手は──最悪殺しかねないため──任せられない。その場に残るしかなかった。

 

「あーもう、シルヴィアとセラは俺と一緒にこの人たちの制圧! リンも実力者だ、あっちはあっちで彼女に任せておこう」

「そうか、じゃあ頑張れ」

「お前も働け!!」

「ぐえーっ」

 

 怒号と共に、シルヴィアがセラの脇腹を槍で思い切り殴り付けていた。

 

 

 

 

 

 ──地面を這うような軌道でビキビキと音を立てて駆け巡る氷が、青年の足を縫い止める。すれ違いながら顎を殴り気絶させて行くリンは、ほんの数十分前に訪れた古本屋に立ち寄っていた。

 

「……!」

 

 戸に手をかけたリンは、店内に数人の気配を感じ取った。氷の刀身を外して十字架状の道具に戻した剣の柄をベルトに吊るすと、彼女は至って自然な動作で店内に入る。

 

「────」

「……あん?」

「っ──!」

 

 三者三様の反応を見せた男と女、そして戻ってきたリンを前に表情を強張らせる鈴歌。

 

「──、──。なんだ先客か? ここで珍しい本が買えるって聞いてなぁ、観光がてら、帰る前にいいもん買えねえかって思ったんだよ」

「…………」

「────」

 

 ははは、と笑いながら、適当に選んだ本を掴むと、リンは「悪いな」と断って、二人の間を通って受付に座る鈴歌の前に躍り出る。

 

「これくれよ」

「……っ、ぁ、その」

「……どうした?」

 

 男女に背中を見られながら、リンは鈴歌に本を見せながら自然に問いかける。

 

「なんだ、()()()()()()()()()

「────!!」

 

 びくっ、と肩を震わせる。体格差と座っている高さでリンの体に隠れている鈴歌は、おずおずと彼女を見上げて──

 

「っ、……っ……。──たすけて

「わかった」

 

 ──小さく、消え入りそうな声でそう言った。リンは短くも確りとした声色で返すと、振り返りながら腰の柄を握りつつ、左腕に魔力を通す。

 

「おい、こいつ敵だぞ」

「──(えにし)、私の後ろに」

「とりあえず食らっとけ」

 

 下投げのフォームで振り上げた左腕の軌道に沿って、床を這う鋭い氷のトゲが無数に現れ二人に迫る。男が懐から札を取り出し、縁と呼ばれた女はその背後に隠れた。

 

 刹那、空中に放たれた札を起点にボッと炎が迸る。それをものともせずに氷は炎を消し去りながら二人に向かいバキバキと伸びて行く。

 しかし──既に二人は、炎を目眩ましにして店の外へと出ていた。

 

「り、リンさん……」

「ここに居ろ、出てくるなよ」

 

 ──邪魔だから、とは、流石のリンでも付け加えられなかった。こうなった理由はまだ聞けていない、だが子供があの二人に怯えていた。

 であるならば、リンが剣を振るい、魔法を放つ理由は出来た。傷が開きかけて包帯を僅かに赤く滲ませる左腕の痛みは無視しておく。

 

 

「──テメェら、あの城の関係者か」

「ほぉー、よくわかったな」

 

 店を出て右の路地に、男と女は立っていた。黙っている男に代わって、着物を着込んで腰に刀を携えた女が感心したように口を開く。

 

「町を覆う魔力が出ると、普通の人間は何故か家に戻って出てこなくなる。なら、あたしら以外は全員怪しんでおくべきだろ。それに」

 

 一拍置いてから、リンは自分の耳を指でトントンと叩くと軽い口調の女に返した。

 

「よく、()()()()()()()()()()()()な?」

「はっ。まさか、それだけで疑ったのか」

「間違ってたら、謝ればいいだろ」

「──はっはっ、違いない」

 

 からからと笑い、女は腰から刀をすらりと抜く。鞘から解放された刀からむわりと溢れた強烈な鉄錆びの臭いに、リンは顔をしかめる。

 

「ユーリ……殺さずに捉えるのは無理そうだぞ」

 

 右手に刀を、そして左手に棒状のダートナイフを握る女は、腰を屈めてから、縮めたバネを解放するような勢いでリンに接近する。

 

「──私は(ひいらぎ) 縁、もっとも、これから死ぬやつが覚える必要は無いけどなァ!!」

「そうかよ──ッ!」

 

 女──縁の刀とリンの剣が衝突し、リンが傍らの家の壁に飛ばした魔力を氷に変換すると、トゲを伸ばして縁を貫こうとする。

 リンから離れながら左手のナイフを投げ、それを屈んで避けたリンが剣を構え直した。

 

 

 

 ユーリたちは、まだ、駆け付けない。

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