その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「……いや、しかし。『人を傷つけたくない』などとほざく主人公的な奴とは色んな異世界でさんざんやりあってきたが……」

 

 額に貼り付いた髪を、棒を握る手から指を伸ばして器用に掻き分けるシルヴィア。

 彼女は洗脳され暴れている青年のうち、最後の一人を気絶させたユーリを見ながら言う。

 

「この数の民間人相手に死人ゼロは称賛に値するな。言っちゃなんだが、洗脳されて脳のブレーキが外れた刃物を持った人間なんてクマより質が悪いだろう」

 

「それ褒めてるんだよな?」

 

 握っていた伸縮式の警棒の先端を手のひらで押して、カシュンと縮めるユーリが眉をひそめる。シルヴィアは褒めてる褒めてると雑に返した。

 

「……で、どうすんだ。ここまで来たら、国際問題とか言ってる場合じゃねえぞ」

 

 自身の刀の棟を青年達に向けていたセラは、刃を返して鞘に納めながら言った。

 両手に太鼓のバチに近い長さの棒を握るシルヴィアが、気だるげに唸るようなため息を漏らしつつあっけらかんとした顔で返す。

 

「もう色々とめんどくさいし焼くか」

「それなら俺がやってやるぞ」

「ノリノリで戦争を引き起こそうとするんじゃないよ人外蛮族コンビ」

 

 ──野蛮……と呟くユーリ。ふと、彼は先ほどのシルヴィアの言葉を思い出した。

 

「そういえば、さっき『人を傷つけたくない』と言っていた人とやりあったとか言ってたけど、なんか矛盾してる言葉じゃないか?」

「向こうからしたら私は世界を渡り歩いては破壊して回っていたバケモノだからなぁ」

「……じゃあ、話題が変わるけどその太鼓のバチみたいな武器はなんなんだ?」

「見ればわかるだろう、太鼓のバチだよ」

 

 ひゅんひゅんと器用にペン回しのように振り回されているそれを、シルヴィアはユーリに向ける。先端に拳大の黒曜石のような塊がくっついているバチからは、妙な威圧感があった。

 

「……君のことだ、単なるバチではないんだろ」

「だんだん勘が良くなってきたな。その通り、こいつは簡単に言えば……」

 

 おもむろにペチンとユーリの手を叩く。すると、手のひらから手の甲に、そして手のひらにと、叩かれた衝撃が()()()()()していた。

 

「うおっ……おお……おおう?」

「【衝撃反響】、これがこのバチの能力だ。ちなみにこいつで頭をぶっ叩くと酷い二日酔い並の気持ち悪さに襲われるから注意するように」

「なんで知ってるの」

「……あの頃の私は若かったんだ」

 

 遠い目をするシルヴィアが、そう言いながらユーリの手から【衝撃反響】の効果を消す。手加減して叩かれて()()ならば、制圧を目的として強く叩かれればどうなるかをユーリは察した。

 ついでに、シルヴィアが恐らく自分で自分を殴って確かめたのだろうという確信めいた予想もしたが、それを口に出すことはなかった。

 

「……さて、そろそろリンを探さなければな。彼女も王都の中じゃかなり強い方ではあるが、万が一というものがある────」

 

 バチを宙に展開した銀色の波紋に仕舞い、ぱんと手を叩いて意識を切り替えたシルヴィア。だが、最後まで言い切った直後、視界の端でつららのように尖った氷の壁が発生するのを見た。

 

「やることが派手だな」

「言ってる場合か」

 

 茶化すようなセラの言葉にユーリが返して、三人で同時に路地裏の長屋へ駆けていった。

 

 

 

 

 

 ──リン・アルタイルが王都最強と嘯かれている理由は大きく分けて複数ある。

 

 一つは身体能力。

 街をまるごとひとつ凍結してもなお余る膨大な魔力により高まっている筋力は、一軒家の屋根まで跳躍し、岩を殴って亀裂を入れられる。

 

 一つは魔力。

 前述した膨大な魔力はリンの身体能力に加え、今のところはリンしか使えない氷属性魔法も相まって、その実力の高さに拍車を掛けていた。

 

 

 しかし、それでも。

 

「っ、ぐ、はぁ……っ」

「強い魔法、高い身体能力。惜しいなあ、実に惜しい。()()()()じゃあ、お前はヒエラルキーの上位に位置する人間なんだろうが」

 

 ひゅん、と刀を振って刀身の赤い飛沫を払う少女──縁は、体のあちこちに鋭い切り傷を作るリンに哀れみの表情を向けながら続ける。

 

「単純な剣術で言えば私の方が強い。おまけにその魔法、えらく大雑把だな」

「うる、せぇ──ッ!!」

 

 左腕の傷が開くこともお構いなしに、リンは魔力を迸らせて周囲にばらまいたそれを属性に変換。氷に変化させて縁に殺到させる。

 

 長屋の壁、地面、空気を凍結させて迫る先端が尖った氷の群れを、縁は冷静に把握するとタタタッと素早いステップで範囲から外れるようにリンに近づきながら壁を駆ける。

 

 続けて緩く着崩した着物の袖から手首をスナップさせた勢いでダートナイフを取り出すと、着地の直前でリンに投擲。

 

「ちぃっ……!」

「おまけに判断が遅い。『出来ない』と『やらない』では選択肢の幅が違うが、『出来ない』なりに一点だけを突き詰めた奴の技術は馬鹿にならん。私のようになッ!」

 

 ガギッ、と氷の刀身を欠けさせながらナイフを弾くと、リンが新しい刀身に作り替える眼前に着地した縁が肩に棟を預けるように乗せていた刀を素早く振り下ろす。

 

「その刀身は魔法の一種か。作り替えるまでの時間は? 強度は魔力を込めた量で変わるのか? 一瞬とはいえ集中したら意識が逸れるぞ」

 

「急に師匠面してんじゃねえよ!?」

 

「こうも粗末な動きが目立つと言いたくなるんだ。昔の私を見ているようでな」

 

 縁は鍔迫り合いからの足元から突如として氷を生やす不意打ちを側面に回り込んで避け、首を狙った一閃を放つ。リンもまたお辞儀のように頭を屈め、ギリギリで刃を避けて生やした氷に足の裏を合わせて飛び込むように縁に斬りかかる。

 

 ガギッ、ギッ、カリカリ、と耳障りな音が響き、再度鍔迫り合いに持ち込んだリンは、縁の恍惚とした表情を眼前で見てぎょっとした。

 

「ふぅん……いいぞ、戦いの中で成長出来るとは見込みがある」

「……テメェ、イカれてんのか」

()()()()には合わない、戦うのが好きな気狂いである自覚はあるさ。

 だからこそ……お前はいい、ここまで私に食らいつける奴はお前が初めてだ……っ!」

 

 歯をむき出しにした肉食獣のような笑みに、『キメぇ……』と内心で独りごちるリンを誰が責められようか。腕力にものを言わせて突き放し、それから腕に纏わせた魔力の渦を、氷に変換しながら縁に目掛けて叩き付けるように放つ。

 

 バキバキバキバキ!! と水分が凍結する音が響き渡り、大雑把、ゆえに破壊力のみを追求した殺意の塊が縁へと迫っていた。

 

「フン。三流は食らう、二流は受け止める。一流なら────」

 

 ──敢えて接近する。縁は右手に刀を握り、左手に袖の中から取り出したダートナイフ数本を握った。後ろ手に振りかぶった左手から放たれたナイフが伸びきった氷の一部に突き刺さり、縁はそれを足場に僅かな隙間に滑り込む。

 

 氷の海に呑み込まれていなければおかしい距離と角度。しかしそこから抜け出した縁に反応が一拍遅れたリンは、そのまま振り抜かれた刀に右の鎖骨から左の脇腹までを切り裂かれた。

 

「なっ!? ────がっ」

「一流なら、避ける。覚えておけ」

 

 ざざざっ、と地面に草履を擦らせてブレーキを掛ける縁。彼女の背後で、リンは膝を突いてうなだれるように脱力していた。

 

「……?」

 

 何かの違和感を覚えた縁が刀の刃を見て、それからかぶりを振って古本屋の方に向かう。

 

「おい、姫の確保は」

「──終わっている、戻るぞ」

「ああ」

 

 中から現れた相方の男が、その腕の中に気絶した鈴歌を抱えていた。

 よし、と呟いて城の方角へと足を向けた縁だったが、数歩歩いてから思い出したように振り返ると、もう一本のダートナイフを取り出す。

 

「縁、どうした?」

「……なぁんか、違和感がある。あいつ、斬った手応えが妙に()()()()

 

 ひゅんっと投げられたナイフが、うなだれたリンの肩甲骨付近に突き刺さる。

 

「……気のせいか」

「急ぐぞ、姫が居ないと儀式を行えない」

 

 ──うつ伏せに倒れてピクリとも動かないリンを見ると、縁は改めて踵を返した。

 

 

 

 

 

 ──駆け付けた三人が見たのは、かろうじて長屋への被害は抑えられた巨大な氷の塊と、背中にナイフが突き刺さった状態でうつ伏せで倒れているリンの姿だった。

 

「リン!」

「いかん、あの発言はフラグだったか」

 

 ユーリがリンを起こし、ナイフを引き抜きながら同時にハンカチをあてがう。

 シルヴィアが指をリンの首に当てると、脈があることは判明した。

 

「……これで生きてるのか、呆れた頑丈さだ」

「────、チッ」

 

 遠巻きからその光景を眺めていたセラは、舌打ちを一つ行い、おもむろに近付いてくるとリンを支えるユーリの傍らで屈んだ。

 

「セラ、何をする気だ」

「怪我を治す」

「……なんだって?」

「俺の能力を使って傷を再生させる」

「……なぜ最初から使わなかったのかについては聞いた方がいいか?」

 

 リンの傷に手をかざしたセラにそう質問を飛ばすユーリに、彼はいつもの気だるそうな顔で視線を右往左往させてから小さく返した。

 

「慰安旅行を計画する奴に、横から口出しするほど空気が読めないわけじゃねえからな。こうなった以上は使わざるを得ないが」

 

「……待て、そんな都合のいい能力、デメリットがあるんじゃないのか?」

 

「あー…………俺の再生能力は俺以外に使うと、怪我の度合いで変わるが寿命が減る」

 

 流石のセラも罪悪感はあるのか、渋い顔で話す。「……たかが数日だ」と付け加えて、セラはかざした手を通して力を行使する。

 

「たまには天使らしいこともするんだな」

「うるせえぞ破壊者(シルヴィア)

 

 からからと笑うシルヴィアにセラが短い言葉で噛みついた。それでも手元から暖かい、陽光のような魔力を放つことはやめず、リンの傷は徐々に塞がって行く。

 ──同時に、()()()()()()()も元通りになる光景を見て、シルヴィアはわずかに眉を潜めたがそれを指摘しようとは思わなかった。今はそれどころではないからである。

 

「……づ、ぅ……っ」

「──リン! 大丈夫か?」

 

 ユーリの腕の中で身動ぎしたリンに、彼は語り掛ける。間違っても揺すったりはしないようにしつつ、リンがまぶたを開けるのを待つ。

 傷が塞がったのか、セラが手を離して立ち上がった──直後、カッ! と勢いよくまぶたを開けたリンが、手を突き出しながら前につんのめるように起き上がるやいなや、声を荒らげた。

 

「────あ、んの野郎、ぶち殺すッ!!」

「元気な産声だ、45000グラムほどかな」

「嫌だよ生後252ヶ月の赤ちゃんとか」

「……あ? お前ら、なんでここに……」

 

 前後の記憶があやふやとなっているリンは、体の僅かな倦怠感と共に、ユーリたち三人に囲まれている現状を見て疑問符を浮かべる。

 シルヴィアとユーリのボケに小首を傾げてから、鈴歌の事を思い返したのだった。

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