──「ん?」「は?」という声が重なった。
「庇い合うなんていい話じゃねえか。それで? 俺ぁ何度も同じ事を聞くのは嫌いなんだよ」
額に青筋を浮かべて指の骨を鳴らす男を尻目に、二人は目を合わせる。
そして小さく頷いて、袖からするりと小さなナイフを手のひらに落として隠し持ちながらユーリは顔を男に向き直して言う。
「……俺がユーリだ。どうして俺を狙う?」
「理由なんざどうだっていい。頼まれて、金を積まれた。だから殺す。
相手が誰だろうと──ってのは違うか、流石に国王を殺せなんて言われたら断るわな」
おどけた様子で肩を竦める男は口角を歪めて笑い──そのまま片足で地面を砕き、舗装していた石畳を散弾のように蹴り飛ばす。
器用に槍を振り回して流れ弾を払ったシルヴィアが数歩後退り、ユーリは転移魔法で男の背後に回る。しかし、
「っ、ぉ──!?」
「……ん? 当たった気がしたが……器用な奴だな、
受け流すことは出来たが、それでも尚その両腕に金槌で殴られたような鈍痛が残っていた。そもそも──この男は転移魔法での移動先を読んでいたのだ。ユーリは頬に冷や汗を垂らし、男から距離を取りつつ視界の奥のシルヴィアを見る。
「へっへ、なぁに驚いてんだ? 俺の知ってるやつと仕組みはちぃとばかり違うみたいだが……そういう力を使う奴はな、無意識に相手の背後を取ろうとするんだよ」
「詳しいんだな」
「古い知り合いが『
ダン、と踏み込み数歩で肉薄する。
老いた見た目に反して、まるでプロボクサーのようなフットワークだった。
荒々しくも鋭く迫る拳を側面を叩くようにして払うが、やはり流しきれない力が腕に響く。気づけばざわつく喧騒に囲まれ、ちらほらと通りかかった人たちが野次馬していた。
「──私を忘れていないか?」
「おっと、マジで忘れてたぜ」
背後から接近するシルヴィアに対しても余裕綽々の男。小柄の体型を利用して姿勢を低く、穂先を地面に掠らせ火花を散らしながら、ユーリと接近戦を交わす男に文字通りの横槍を入れる。
膝蹴りをユーリの腹に叩き込もうとし、重ねた両手で押さえられ、それでも力押しで後ろに下がらせた男が振り返り様に左へ体を逸らし槍をかわす。腰を落として構え直したシルヴィアが、男に質問をするべく声を発する。
「ユーリを狙ったのは、彼がギルドの会員だからだろう? もし私を狙ったのならもっと分かりやすく指示されている筈だ」
「ああそうだぜ、厳密にはギルドの人間を──だったから、朝っぱらから出てきたお前らを狙ったわけだが……ちぃと有名みたいだなぁ?
風の噂で『タチバナユーリ』って名前の奴が、所属数ヶ月で問題起こしたって話が偶然にも耳に入ってなぁ。どうせならこいつを殺るかーって思ったわけだ」
だらけた態度と声色からは想像できない濃密な殺意。周囲の重圧が一回り増したような感覚に、シルヴィアは
「ギルドに恨みがある……いや、ギルド会員本人に恨みがある。ということは──先日の違法奴隷売買の客か。おおかた逃げた客が逆恨みして、あんたに殺しを依頼したんだろう」
「おーおー、大正解。お前さんの推理通りだぜ、満点だぁ。
なにせ顔を隠していた奴を狙ってたらしくてなぁ? めんどくせーから適当に殺して首でも持ってきゃ良いだろ……とか考えてたんだよ」
「ならばなぜ殺した?
西区域の路地裏の死体がもし件の客なら、殺したのはお前の筈だ」
──ピタリ、と男は動きを止める。心底不思議そうに真顔のまま、視線を左上に向けながら少し考えると、シルヴィアを見て言った。
「女子供を飼い犬みてーに首輪付けて飼ってるとか言ってて気持ち悪くてなぁ。イラついてぶん殴ったら、塗料ぶちまけたみてーに壁のシミになって面白かったぜぇ?」
その言葉に正義感といったものは欠片も存在していない。あるのはただ本当に『気持ち悪かったから』という部分から来るイラつき。
こちらの常識とは考え方が違う──そう考えて、シルヴィアは静かに平和に事を済ませるのは不可能と悟り槍に魔力を通す。
「そうかい──ユーリ!」
「あん?」
話し込んでいて気づかなかったが、いつの間にかユーリは二人の近くから消えていた。
転移魔法で屋根に飛び、二度目の転移で背後に回る。男が放つソバットに近い後ろ蹴りを三度目の転移でかわしつつ、シルヴィアの横に飛ぶと手のひらに隠していたナイフを投げた。
「ちっ、ウゼぇ!」
左腕で三本の投げナイフを受け止め、皮膚に突き刺さる感触と痛みをものともせず男は走る。一瞬ぎょっとした顔をするユーリだが、男が突然足を止めて眉をひそめたのを見てホッとした。
「……な、んだぁ……? 体が、痺れて……」
「──普段は薄めて使う毒の原液を塗ってある。殺したくはなかったが、その怪力は危険すぎる。本当にすまない」
遅れて、トンッと軽い音と共に男の胸に槍が深々と突き刺さった。
横にいたシルヴィアが槍を投擲した際のフォームを解いて、役目を終えた槍に手を翳して遠隔でその形を霧散させる。
槍という支えを失った男は、膝を突いた体勢から力なく地面に倒れて血溜まりを作る。喧騒が静まり返り、遅れて現れた疲れから深くため息をついたユーリがシルヴィアの肩を叩く。
「ギルドに帰ろう、この責任は俺が持つ」
「君一人が悪いのではない。それに、お互いまだ隠していることがあるだろう?」
その前にこの騒ぎを納めねばな──そう呟いたシルヴィアが、先ず最初に
「…………ユーリ」
「どうした?」
すっ、と指を男に向ける。指先から男へと目線を動かしたユーリが、手を地面に突いて起き上がろうとする男を視認して目を剥いた。
「──冗談だろ」
「……あ゛ぁ、久しぶりに死んだぜ」
まるで何事も無かったかのように、胸に空いた穴すら塞がった状態で、男は服で手に付いた血を拭いながら立ち上がる。
「やるじゃねえか。最後に死んだのは20年前かぁ? まあ槍で刺された事はねぇけどよ」
男はそう言いながら首を回して骨を鳴らし──
「──もう加減はしねぇぞ」
「なっ──がっ!?」
直後、ユーリの姿がぶれてシルヴィアの視界から消えた。遅れて近くの家に何かが衝突した音が響き、代わりに真横に立っていたのは殴り終えた姿勢の男だった。
シルヴィアが距離を取ろうとした瞬間に胸ぐらを掴み、馬車目掛けて投げようとする。
「くっ……舐めるな!」
上から降らすように虚空から呼び出した斧が自由落下して男の右腕を切断する。
振り回された際の運動エネルギーによって地面を滑るように転がるが、残った左手で握り拳を作った男が走ってきた。咄嗟に防御の構えを取るシルヴィアだったが──
「────……?」
何時まで経っても衝撃が来ない。閉じていたまぶたを開くと、殴り飛ばされていたユーリが、男の首を後ろから両腕で締め上げていた。
「ぐ、ごぉ、おっ!?」
「加減はしない……だったか。
悪いがそれは、俺の台詞だ──!」
切断されていない左手で拘束を外そうとする男は、その腕に先と同じナイフが刺さっている事に気付く。
そしてそのまま、自分の首から何かが外れる音を聞いて、意識を闇に閉ざしながら倒れた。
「っ、はぁ……。シルヴィア、無事か?」
「……ああ。君こそ殴り飛ばされたのではないのか? よく生きていたな」
手を借りて立ち上がるシルヴィアが、ユーリの体を案ずる。埃を被って頬や服に汚れが目立つが、直前で衝撃を流そうとしたのだろう。
改めて帰ろうと踵を返した二人の背後から、更に重く濃い殺意が溢れる。
振り返ると、切断された右腕すら再生した男が、その赤毛を風に揺らして立っている。
化物──そんな言葉が、恐怖から散り散りになっている野次馬の口から衝いて出ていた。
「……逃げるぞ、ここではいずれ他の人を巻き込む。私もユーリも満足に戦えん」
「──なら、南区域の門から南西に向かうと森がある。そこでなら多少派手に暴れても誰も見やしない……と思う」
曖昧な提案だが、王都のど真ん中で戦うよりは遥かにましである。即座にその場から離れ走り出す二人をわざわざ見送ってから、男は口角を歪めて笑いながら言った。
「へっへ……今度はおいかけっこかぁ?」
膝を曲げて、伸ばす。地面を砕く勢いで跳躍し、民家の屋根まで跳ぶと、上から逃げる二人を見下ろしながら走り始める。
屋根から屋根へ跳ぶ男が、屋根の一部を破壊しながら加速する。ちらりとそれを横目に見て、ユーリたちが呆れた顔で会話していた。
「いっそ清々しいまでに滅茶苦茶だな……シルヴィア、アレも何かの魔法なのか? あいにく俺はその手の知識に疎くてな」
「あれはどちらかというと能力だろうな。
魔法とは別ベクトルで、尚且つ魔法より厄介な場合が多い」
「……つまり?」
少し考えてお手上げのユーリに、シルヴィアが丁寧な回答を返す。
「魔法は魔力を変換して発生させる自然現象の再現の事だ。一方能力と呼ばれているモノは、魔力を燃料とした超常現象の実行と考えてくれ。あの不死身の肉体も能力由来だろうさ。
──とどのつまり、個人個人で使える力が違う『能力』とは厄介きわまりないのだよ」
そう締め括ったシルヴィアと共に南区域の出入口である門まで到着し、一度立ち止まる。知り合いの門番に事情を説明しようと近づいたその瞬間、轟音を立てて男が屋根から落ちてきたのだ。
「なっ、なんだぁ!?」
「────お前……」
「っ──ゼオンさん、ラムダさん! 急いでギルドまで向かってください!
『死なない男に襲われてる』と言えば動いてくれます!」
「おるァ!!」
「ぐぅうっ……!?」
鎧を着込んだゼオンと呼ばれる若い男性と、不死身の男と同年代だろうラムダと呼ばれた老年の男にそう言いながら、殴りかかってきた男の腕を押さえて門の外に出る。
二人を追おうとしたシルヴィアが、思い出したようにああと言ってゼオンとラムダに言う。
「前に『黒髪の男が』と付け加えてくれ」
残された門番である二人は、顔を見合せた。そしてラムダは、何かを悟ったような顔でゼオンに言う。
「ゼオン、鎧脱いで全力で走れ。俺は歳だからな……流石にキツイ」
「とか言ってめんどくさいだけでしょ!? いや行きますけどさぁ!」
あーもーくそったれ! と罵声を何もない場所にぶつけながら、重い鎧を脱ぎ捨てて鎖帷子と足甲だけになって走っていった。白髪混じりの深い青色の髪を手甲を着けた手で掻いて、ため息を吐きながら空を見上げる。
「……なにやってんだよ、オズワルド」
諦めたような、悲しむような。そんな感情の混じった声が、快晴の空に吸い込まれて消える。
ラムダが──老人がまだ青年だった頃、あの男は確かに王都のギルドで