その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 カンッカンッカンッと、ユーリは民家の瓦を踏み締めて跳ねるように駆ける。

 

「──ん」

 

 城に負けず劣らずの大きさである巨大な桜の木に近付くユーリだったが、次の屋根に飛び移ると同時に、いつぞやの黒子を視界に納めた。

 

「……お前は昨日の」

「──どうも」

 

 黒子はおもむろに顔を隠す布を捲る。その中から現れた焦げ茶の髪の青年は、申し訳なさそうにしながらもユーリに頭を下げた。

 

「身勝手なことは承知しています。ですが、貴方にしか頼めない。お願いします、殿を止めてください。──姫を、救ってください」

「姫……っていうのは、あの古本屋の、えっと……鈴歌ちゃん……で良いのか?」

 

 はい、と頷いて、青年は続ける。

 

「私は殿がずっと苦しんでいる様を傍で見てきました。身内を文字通り切り捨てる選択をしてきた殿が、孫娘まで斬ることに耐えられるとは思えない。でも、ここで止めなければいけないとわかっているのに、私には何も出来なかった」

 

「そこにちょうど解決策(おれたち)がやって来たから、勝ち馬に乗ろうってわけか」

 

「……否定はしません」

 

「──今ここで俺に殺されても文句は言えないわけだが、わかっているんだな?」

 

「はい」

 

 片手に握られた長剣を見て再度頷く青年。それを見て、ユーリは──

 

「……うん、わかってるなら良し」

「──えっ?」

「言われなくも、俺は城主を止めに行くし、鈴歌ちゃんも助ける。……出来るなら、助けた鈴歌ちゃんが俺と城主さんの戦いに巻き込まれないように保護してくれ」

「っ……はい」

 

 頭を下げる青年とすれ違いながら、ユーリは彼の肩を軽く叩いて桜の下に向かう。

 体内の魔力を活性させ、転移魔法の術式を構築しながら、城主と鈴歌を目視で探す。

 

「……当の二人は、どこだ……?」

 

 ──転移魔法、簡単に言ってしまえばワープの能力。それを活かせる場面とは何か。

 当然だが、それは初撃。とどのつまり──転移魔法での接近を行えば、()()()()()()()()()()()()()。それが転移魔法の利点である。

 

 座標を理解していれば何処にでも飛べる一人用のワープ魔法。転移魔法、すなわち空間操作の下位互換を行えるユーリなら、城主への不意打ちと鈴歌の保護を同時にこなすことが出来る。

 

「…………!」

 

 そしてユーリは、木の根元に人影を二つ発見する。それは刀を上段に構える男と──白衣袴で魔法陣の刻まれた地面に正座をし、男に背中を向けて自身が斬られるのを待っている少女。

 

 それを目視し、男の刀を握る手に力が加えられる光景を見た瞬間、ユーリの思考は一瞬で切り替わる。──男の背後の左斜め上に転移したユーリが長剣を振り抜くのと、男が即座に振り返りユーリの長剣を防ぐのは、ほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

「──! 邪魔ぁっ!」

「あっ、ぶねえな!?」

「二人とも退け」

 

 シルヴィアが握る柄が鞭のようにぐにゃりとしなり、槍の穂先が縁を捉えるが、彼女が鍔迫り合いをしていたリンと位置を入れ換えることで同士討ちを狙う。

 慌てて横にステップを踏んで避けたリンだが、後方で刀を振りかぶるセラが、その刀身に炎を纏わせる光景を目にして頬をひくつかせる。

 

「──【草薙の剣】」

「ん?」

「あ?」

「おっと」

 

 ──ゴウ、と空気が唸り、セラが振るった刀から竜を思わせる火炎の波が発生する。

 タンッ、と屋根に跳んでそれを避けた縁は、民家と民家の間を通る炎の熱さにうげぇと小さく辟易したようなため息を漏らした。

 

「呆れた火力だな」

 

「ばっ……家に燃え移るだろうが!」

「加減はしてる。あと退けって言ったろ」

「そんな暇あったかァ!?」

 

 大慌てでシルヴィアを引き寄せ、分厚い氷を生成し自分共々包んでいたリンが、殆どを溶かされたその氷の中から苛立たしげに返す。

 そんな会話を聞いていた縁が軽やかに屋根から降りると、肩に刀の峰を乗せて言った。

 

「お前たち、連携下っっっ手くそだな」

「ううむ。やはり出会って2ヶ月も経ってない者同士での訓練してない連携は駄目か」

「逆になんでイケると思ったのかは疑問だが、恐らくお前たちはアレだな。

 それぞれが大人数を巻き込む範囲攻撃の方が得意なんだろう。いっそ互いを巻き込む前提で戦う方が上手く行くんじゃないか?」

 

 呆れ顔でそう指摘する縁に、リンもまた呆れたような表情で問い掛けた。

 

「なんでアドバイスしてくるんだよ」

「いや、思ったより弱くてがっかりし始めて来ていてな……。民家に攻撃したがらない時点で薄々察していたが、勝手にハンデを背負って勝手に弱くなられても困るんだよ。わかるか?」

「知るかよ」

「いいか? 私は強いやつと戦って斬りたいんだ。もっと本気で、真面目に殺しに来い」

「────」

 

 ──はあやれやれとでも言いたそうな顔をする縁に、リンはシルヴィアとセラに視線を移しながら(めんどくせえぞこいつ)と口パクする。

 

「だがまあ、良いことも言っているじゃないか。『いっそ互いを巻き込む前提で戦う方が上手く行く』……と。──やってみるか」

「あー、ああ……もうそれで良いんじゃないか。あたしもその方が楽だ」

「俺も構わん。どうせ死なねえんだ、やるなら俺を軸に巻き込みながらやれ」

「……マジで死なないんだな?」

「少なくとも100回首を撥ねても死ななかったし、問題ないだろ」

 

 縁を前にして軽口を叩きながらも、言葉に反して三人の雰囲気は軽薄さが削ぎ落とされ、本来の鋭く尖った、外敵を殺す為の意識に()()

 そんな気配にぞくぞくと背筋を粟立てながらも、縁は口角を歪めるように笑って──刀を握る方とは反対の手の指にダートナイフを挟んだ。

 

「──は、は、はッ!」

 

 獰猛に笑いながら、開戦の合図とばかりにナイフを投擲する。シルヴィアは即座にセラに視線を向け、人差し指を地面に向けてくるりと一回転させ、それから上に向けた。

 

「づっ……リン、行け!」

「──おおおお!!」

 

 ドドドッ、と、胸と首、額にナイフが突き刺さり、セラの体はぐらりと傾く。

 リンはナイフを投げた体勢の縁に接近し、氷の刀身を伸ばした剣で斬りかかる。

 

「……仕事は、してやる」

 

『窓』を足元に出して、私を上に飛ばせ。ジェスチャーでそう伝えたシルヴィアの足元に、ナイフを引き抜き傷が勝手に塞がるセラが、的確に黄色い枠の円形の窓を開けて空中に繋げる。

 

 上空へと躍り出た彼女は、銀色の波紋を大きく広げると──そこから巨大な斧を取り出して、その重さと共に自由落下を始めた。現れると同時に差してきた影の正体を確かめるべく後方に跳びながら上を見た縁は──

 

「はっ、面白い」

 

 ──民家をも上回る大きさの斧が地面に突き刺さった衝撃で舞う土煙に呑み込まれた。

 

「……よっ、と」

 

 ずん! と真下が震源地だった時の地震を想起させる衝撃で地面と民家が揺れ、斜めに刺さり上を向いた柄にシルヴィアが着地する。

 

「ふむ。……敢えて言おう、死んだか」

 

 そう言ったシルヴィアは、土煙を突き抜けるように斧の峰に乗って自分を見上げる縁を視界に納めた。くつくつと笑う縁はシルヴィアに言う。

 

「──面白い、まるで巨人が使うためにあるかのような巨大さだ」

「まあそんなところだ。別の世界に居た巨人族の使う手斧をくすねてきた」

「悪いやつめ」

 

 一息。直後、草履で足場を踏み締めシルヴィアに肉薄。自身の横に展開した波紋からにゅっと飛び出した槍の柄を握り、引き抜きながら彼女もまた縁に接近した。

 

 

 

「……なんつーデカさだ」

 

 一分後に土煙がようやく晴れた斧の下で咳払いをするリンは、そう言って民家と地面を揺らした張本人である斧に手を添える。

 まるで一つの生命体であるかのように膨大かつ濃密な魔力を帯びたそれを確かめるように撫でると──柄の部分という足場にするには細い所で器用に立ち回る二人を見上げた。

 

「──()()か……?」

 

 そう言いながら──半ばがめり込んだ刃の部分に添えた手から、金属の一部と地面が凍結する程の氷に変換した魔力を流し込む。

 バキバキバキ! と金属から大木がごとき柄へと氷の波が伝播し、そして振り回される槍を避けて大きくバックステップした縁の足元から、無数の氷のトゲが生えた。

 

「──! ははっ、いいぞ……!」

「……ちっ、アレを避けんのかよ」

 

 しかし獣の勘と言っても差し支えない天性の生存本能があるのか、縁は器用に氷のトゲと、それに合わせて突き出された槍の穂先を避けて近場の民家の屋根に飛び降りる。

 

 深く呼吸をして息を整えながら、巨人の斧を波紋に仕舞いその場から消すシルヴィア。

 セラが指をくるりと回して、地面に繋げた窓から着地までの時間をカットして降り立つと、彼女は縁を見ながら二人に呟いた。

 

「参ったな、思ったより強い」

「俺たちが思ったより連携出来なさすぎたとも言うが……ユーリの方に行こうとはしない辺り、戦闘狂のきらいがあるみたいだな」

「……んで、まだなんか面白い手品があるなら披露してくれると楽でいいんだが」

 

「──ふ、ふふふ」

 

 額に汗を垂らす縁は、三人との戦いを捌ききりながらも不気味に笑う。

 

「ここまで追い詰められたのは、こっちの世界で爺さんと手合わせしてボロクソにのされたとき以来だ……いい、いいぞ」

 

 ふふふ、と笑いながら、縁は懐から革袋を数個取り出すと、空中に投げて落ちる前に一太刀で全てを的確に切り裂く。

 中から溢れた鉄錆の臭いの赤い液体──血液をばら蒔いて、刀の柄を上下に引っ張り僅かに伸ばしながら、底冷えのする声で言った。

 

 

 

 

 

「──血纏(けってん)、起動」

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