その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

51 / 94
9

 初撃を防がれたユーリは、そのまま空中で身をよじって着地し、城主と鈴歌の間に割り込むように横凪ぎに斬りかかる。

 その場から離れた城主の刀から放たれる異様な圧力──殺意とでも言うべき感覚に、肌を刺されるような嫌悪感を覚えるユーリだが。

 

「──なんだ、今の」

 

 項垂れ、だらりと腕を下げた城主を警戒しながら、ユーリは妙な感覚に眉をひそめる。

 

「……っ、あな、たは」

「ん、あー……なんて言えばいいのかな、水色のお姉さんの仲間って言えばわかる?」

 

 こう、こんなの。と言いながら、耳元の一房の髪をイメージさせるようにして自分の耳元で指を上下になぞらせるユーリのジェスチャーに、鈴歌はパチクリと目をしばたたかせる。

 

「──リンさんの、ですか?」

「そうだよ、だから大丈夫」

 

 白衣袴の少女──鈴歌を魔法陣の描かれた地面から立たせ、土埃を払うと、ユーリは視界の端でこちらを伺う黒子の青年に向けて指を差しながら、視線は城主から外さないまま言った。

 

「あんな桜なんか消し飛ばして、城主さんも君も国も助けてあげる。──巻き込んじゃうから、あっちに行っててくれる?」

「っ──おね、がい……します」

 

 駆けて行く鈴歌と、城主、そして()()()()()に意識を向け──あまりの重労働に、誰に言うでもなく恨み言を独りごちる。

 

「……面倒くさいな」

 

 律儀にも──否、警戒しているが故か動かない城主に右手の長剣を向けながら、ユーリの左手はそれとなく隠されている。

 その手のひらに浮かぶ魔法陣は雨乞いの儀式に近い効果を持っており、落雷の前準備である積乱雲を作り出す為のモノであった。

 

 ──つまり、ユーリはこれから洗脳されている城主を()()()()()()()足止めしながら、桜を消し飛ばす落雷の為の積乱雲作りを、同時に、一人で行わなければならないのである。

 

「……これやっぱり俺一人でやる仕事の量じゃないと思うんだけど」

 

 遂にしびれを切らしたのか肉薄してくる城主を見て、ユーリはため息混じりに呟いていた。

 

 

 

 

 

 ──いなすように滑り込ませた、シンプルな形状の絵に描いたような長剣(ロングソード)に、城主が握る刀の(やいば)が煌めく。ジジッ、と火花が散り、()()がぶつかったことで金属音が響く。

 

「──づ、っ、あァ!」

 

 縦、横、袈裟、突きを逸らして、逆手に持ち変えた長剣を順手に持ち直す。

 ちらりと視線を一瞬上に向け、暗い雲が集まってきている様子を確認すると──即座に返す刀で逆袈裟に切り上げてきた刃に、影で形成したコートの袖部分で受け止める。

 

 現象に形を与えるという矛盾により、下手な防具を着るよりも優秀な防刃・防弾ベストと化した(コート)なら、どれだけ鋭い刃物だろうと中身を守ってくれる。

 

「ぐっ、ぉおっ」

 

 しかし──衝撃までは防ぎきれない。

 ビキッ、という骨が軋む感覚にユーリは顔をしかめるが、腕を顔より(うえ)()げることで、首を捉えていた刀の軌道を、車輪をレールに滑らせるようにいなして避けた。

 

 数歩下がり、軽く腕を振って調子を確かめるユーリだが、ひそめた眉に、より深くシワが刻まれる。コートのお陰で斬られはしない。でも、金属の塊を受け止める衝撃は馬鹿にならない。

 

 何度も腕で刀を受け止めていたら、最悪の場合骨を砕かれるだろう。

 

「……ああ、そうか」

 

 ここでユーリは、この戦いに誰も参加しなかった理由を察する。桜に雷を落とすにはユーリが必須。だが城主を足止めするにはかなりの戦闘能力を必要となる。

 

 シルヴィアでは武器や能力が強すぎて殺しかねないし、セラはいまだ『敵ではない』というだけで協力者でもない。リンに至っては、言いづらいが実力が足りていない。

 

 ──とどのつまり、両方こなせる人物が、ユーリしか居なかったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()、城主の刀を長剣で受け流すユーリ。彼は、なんだかんだと言いながら、戦えてしまっている現状に、言い様のない()()()()()を感じていた。

 

 育ての親にずっと鍛えられていたから──では説明しきれない。正直な感想として、ユーリはこの戦いに余裕を持っている。文句をつけながらも、加減しながら城主を押さえつつ積乱雲を構築というマルチタスクを、こなせている。

 

 徐々に上空で厚みを増す雲の中で氷の粒がぶつかり、電荷が蓄積されて行く様子をゴロゴロと轟く不快な音で把握して、ユーリは最後の下準備として長剣に力を込める。

 

「──ふっ……!」

 

 そして、今度はユーリの方から攻め込んだ。城主が攻め、ユーリが守るという流れを崩され、城主の動きが僅かに鈍る。

 されどピクリと刀が動き、それから腕と体が動く光景を視認し、ユーリは理解した。

 

 城下町で襲い掛かってきた刀に振り回されている青年たちと動きが近い。つまりあの刀は、桜の魔力という電波を受信するアンテナなのだ。

 桜を消し飛ばせば、受信する電波を発する本体が無くなれば、城主の洗脳は続かない。

 

 そう確信したユーリの体に魔力が渦巻き、腕を伝って長剣に流れる。

 

「──おお……るァアッ!!」

 

 続けて鍔迫り合いに持ち込み、城主の体を刀を弾く流れで大きく後退させると、ユーリは振り返り様に、全力で桜に目掛けて剣を投擲した。嵐に変換された魔力がゴウゴウと剣全体に纏われ、推進力となって真っ直ぐ桜へと投げ付けられる。

 

 それから仰け反った体勢を立て直そうとした城主の体を操作する妖桜だったが──魔法陣を通して術式を構築・完成させ、積乱雲を作り出したユーリの行動の方が、ワンテンポ早かった。

 

「俺の、いや──鈴歌ちゃんたちの勝ちだ」

 

 パチンと左の指を弾いて音を鳴らすユーリの動きに連動して、東国を薄暗く包み込んでいた積乱雲の中から、閃光と轟音が落下した。

 桜に突き刺さり導火線の代わりを勤めた長剣を通して、凄まじい量の電気というエネルギーが流れ込み、桜そのものを──そして地中に張り巡らされ、結界が壊れれば今にも世界に飛び出していただろう根が、均一に、全て焼き尽くされる。

 

 顔を逸らしていなければ鼓膜をやられていただろう大きさの音が炸裂し、バンッ! と破裂したように弾けた桜から散った花弁が、不思議なことに()()()()に形状を変えて辺りに散らばった。

 

「……どうなってるんだ」

 

 体をよじり、数歩その場から動き、落雷から遅れてばしゃばしゃと降り注ぐ大雨でややぬかるんだ地面に突き刺さる何本もの刀を避けながら見やる。

 雨に打たれながらも動かない城主に視線を送るユーリは、勝った、と内心で呟いて口を開く。

 

「──城主さん、すいません名前知らないんですけど……まあ、なんですかね」

 

 ──終わりましたよ。そう続けようとしたユーリの口は、言葉を紡ごうとして。

 しかして、頭の片隅にあった冷静な部分が、「まだ終わっていない」と告げていて。

 

 それでも、あまりにも滑らかな動きで刀を鞘に納めるものだから、ほんの一瞬、ユーリの意識には城主が握る刀を納めている白鞘のように空白が生まれてしまっていた。

 

 

 

「────」

 

 地面に刺さった無数の刀のうち、手近の二振りを抜きながら接近し斬りかかってくる城主に対して反応が数拍遅れる。ドッ、と無意識ながらに首と刀の間に差し込んだ腕に刃がめり込んで、ようやくユーリは思考を切り換えた。

 

「せん、脳が」

 

 

 まだ、解けていない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。