その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──血纏(けってん)、起動」

 

 (えにし)がそう唱えた直後、辺りに飛び散った血液が重力を無視して浮かび上がり、流動して彼女の刀に纏わりついた。

 

 刀身がペンキを塗ったように赤黒く染まり──シルヴィアが足を止め、リンが駆け出した。それは単純な、未知の能力への対処法の違い。

 

 先ず一度はどういう能力かを確かめようとしたシルヴィアと、出される前に殺そうとしたリン。──どちらが正しいという話ではなく、しかし両者を刈り取る力であることを、道の真ん中で縁と対面していたセラだけは直感していた。

 

 体を捻り、鞘の辺りまで刀を持って行く縁の動きを見て、セラは、手元に開けた『窓』で離れた位置のシルヴィアの襟を掴んで引き倒しながら、自分から見て斜め右から縁に迫ろうとしているリンの背中に珍しい怒声を向けた。

 

「リン、伏せろッ!」

「──っ!」

「──ふんッ!!」

 

 反射的に地面スレスレまで屈んだリンの背後を、濃密な魔力の塊が通り過ぎる。

 ボッ! と空気が破裂する音と共に、姿勢を上げたリンは刀を振り抜いた縁を捉える。

 ちらりと背後を見ると、右下から左肩までを斜めに切り裂かれ、ずるりと()()()セラが、地面に崩れ落ちていた。

 

「て、め、ぇ……!」

「これを避けたのはお前が初めてだ」

「……! やべっ」

 

 文字通り返す刀で上段から振り下ろされんとする得物を見て、リンは咄嗟に背後の家ではなく、道側に前転のように飛び込む。

 すると、リンが立っていた所から後方へと、地面に十数メートルの長い"線"が刻まれた。

 

「民家に気を遣うのも面倒になってきたな」

「クソッ、不味い」

 

 次は横凪ぎの構えを取った縁に、リンの思考は困惑を極めた。このまま振るわれたら、自分は避けられても民家を根こそぎセラのように両断される。止めようにも、どこをどう止めたら良いのかがわからない。

 

 本人を狙って地面から氷柱を伸ばしても避けられるだろう。ならば、刀の軌道上に氷の壁を無数に張って受け止められないか試すべきか。

 

「行くぞ──ッ!!」

「……ちぃっ!!」

 

 ──最悪自分が盾になるしかない。

 足元を起点に氷の魔力を地面に流し、壁を形成しようとしたリンに迫る縁の刀。

 

 振り抜かれる刀身がリンの瞳にスローで映る最中、視界の端から迫る何かが突如として地面に突き刺さり、刀の動きを遮っていた。ガギッと鈍い音を立てて刀身を食い止めたのは──

 

「そこまでだ」

「──小娘……!」

「小娘に小娘と言われてもな」

 

 ──シルヴィアが投擲した槍だった。

 そして動きが止まったことで、ようやくリンは凄まじい威力の斬撃の正体を黙視する。

 

「これ……さっきの血か……?」

 

 槍で動きを阻害しなければ、危うく自分を民家ごと真っ二つにしていただろう刀。

 その刀身に沿って、薄く鋭く伸びた赤黒いもう一つの刀身が、半ばまで生成されていた傍らの氷の壁を、まるで豆腐に包丁を入れたかのようにすんなりと切断していた。

 

「『けってん』……状況からして『欠点』ではなく『血を纏う』と書くのだろう。

 その刀の能力は、おそらく血液を刀身に纏わせてのリーチの増加と斬撃の強化。

 刀の振りに合わせてウォーターカッターのように勢いよく、それでいて薄い、凄まじい切れ味の第二の刃を伸ばす力……違うか?」

 

「……正解だ。呆れた観察眼だな、二度三度の攻撃でそこまで読み取るか、普通」

 

「似たような能力者とは散々殺りあってるものでな。お前こそ、()()()()()()()()……殺しに躊躇いがないようだ」

 

 シルヴィアの発言に、縁は一瞬きょとんとした顔をして、それから口角を歪める。

 

「はっ、そうか。私だけじゃないんだな」

「それで、どうする。まだ続けるなら、そろそろ私も神器のレプリカを抜かざるを得ないぞ」

「ふむ。そうだな──」

 

 伸ばした血液を刀身に戻しながら、考える素振りを見せる縁。

 しかし、上空に発生した積乱雲がゴロゴロと唸り──それから一拍遅れて、閃光と轟音が背後の遥か先にある城の傍の桜に直撃する。

 

「──、ラッキー」

「……なに?」

「やめだ、やめ。ここが潮時らしい」

 

 縁は一転、刀の能力を解除して血液をどろりと地面に落とし、僅かに伸びた柄をカチリと元に戻して足に力を入れる。

 ダンッと跳躍して屋根まで跳ぶと、城周辺だけにバタタタタ! と落ちて行く土砂降りを一瞥し、その視線をリンに移して口を開く。

 

「桜の精神汚染に無自覚に洗脳されることも無くなるなら、ここから出ていける。そんなわけで私は一旦逃げることにしよう」

「ムカつく程に冷静な奴だ……」

 

 シルヴィアの言葉はそれとなく無視しつつ、曇天を見上げる縁。

 

「……リン、と言ったな」

「あ? なんだよ」

 

 刀を鞘に納めながら、縁はリンを見下ろして、獰猛に笑うと続けた。

 

「気に入った。次会ったら、お前は私が必ず殺す。首を洗って待っていろ」

「は?」

 

 ──ではな。そう言った縁は袖の中から黒い粉末をばら蒔き、同時に取り出したダートナイフを振って掠らせ火花を散らす。

 その火花に引火した粉──火薬が炸裂し、リンたちとの間で小規模な爆発が起こる。

 

「どぉわっ!?」

「なんという古典的な逃げ方だ」

「……なんだったんだあいつ」

 

 面倒くさそうな顔で、リンは氷剣の刀身を解除して、十字架状の柄を腰に吊るす。

 その後、思い出したかのように「あっ」と言ってセラの方を見た。

 

「セラのやつ、真っ二つにされてたよな」

「ああ。惜しい奴を亡くした」

「殺すな」

「……なんで生きてるんだ?」

「死なないっつったろうがよ」

 

 ──そりゃそうだけどよ。リンはそう言いながら呆れた表情を浮かべる。

 まさか本当に不死身だったのか、と思いつつも、それを言及する気力がない。

 

 挙げ句、真っ二つの状態から元に戻っていたセラが、シルヴィアに「死んだ振りをしていたな」と責めながら脛を蹴られている光景に混ざる勇気は今のところ無い。

 

()()()()()……ってのは、あいつやユーリのことなのか……?」

 

 それでいて、シルヴィアたちへの疑念の感情は、確かに強まっていった。

 

 

 

 

 

 ──バタタタタ、と土砂降りに体が濡れるユーリと城主。二人は辺りに散らばる無数の刀……桜だったモノを引き抜いては打ち合っていた。

 

「──シィッ!」

 

 刀を抜きながら下から掬うように振り上げるユーリのそれを、城主は無表情のまま冷静に半歩ずれて避け、両手の刀を束ねるようにして振り下ろす。無茶な軌道で刀を戻し、城主の刀を受け止めると、ユーリの刀はバキンと折れた。

 

 耐久性が著しく低い刀を使い潰す動きを数度繰り返し、バックステップで後退したユーリへと、城主は左手の刀を投げて追撃する。

 

「なんっ、くぉ」

 

 ぎょっとしながらもユーリはなんとか腕に纏った濃密な風──嵐で弾き飛ばす。

 城主はユーリに近づきつつ、近くの刀を右手の刀に引っ掻けるように引き抜き、ぐわっ、と最上段から大きく振りかぶって振り下ろした。

 

「はっ──!?」

 

 三本の刀の鍔に刀身を引っ掻けて持ち上げ、まるで漢字の『爪』のように繋がっているそれが迫る。ぬかるんで泥となっている地面を滑るように横へと飛び退くと、更に器用に刀を振るい、城主は引っ掻けていた刀を全て投げてきた。

 

「ぐ、ぎっ──がっ」

 

 反射的に腕の嵐で弾けたのは一本。残りの二本は刺さらなくとも、深く(コート)にめり込む。

 

「……これ以上の加減は難しいぞ」

 

 城主との戦いは、佳境に迫っていた。

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