その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──お爺ちゃんっ!!」

「……ぐっ……す、鈴歌……」

 

 ばちゃばちゃと、白衣袴に泥が跳ねるのも気にせずに、避難していた鈴歌が二人のもとに駆け寄ってくる。続けて接近してきた城主の部下である青年は、辺りに散らばり、幾つかが砕けた刀や焼け焦げた桜を見てしみじみと呟く。

 

「もしや、終わった……のですか?」

「……そうらしい。見たか? 憎たらしいクソ桜を、あいつがぶっ飛ばしやがった」

 

 青年に起こされながら城主が言うと、立っていたユーリが視線を向けられていることに気づき、息を整えながら(コート)に沈ませた手を引き抜いた。

 

「とりあえず止血した方がいい、シルヴィアたちが来るまで傷口をこれで押さえてください」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 鈴歌がタオルを受け取り、ぐいぐいと城主の腹部に出来た傷に押し付ける。

 咄嗟とはいえ無遠慮に傷口を圧迫され、城主は「うぐおお」と呻いた。

 

 

 

「お──い、ユーリー」

「噂をすれば」

 

 長槍を肩に担いで面倒くさそうにノロノロと歩くシルヴィアとその後ろを追従するリンとセラ。三人が現場に追いつくと、シルヴィアは開口一番にユーリへと言った。

 

「すまん、あの小娘に逃げられた」

「俺にこんな重労働をワンオペさせたのに!?」

「ごめ──ん」

「三人も居て仕留められないってなに……?」

 

 眠そうな表情のままおおよそ反省しているとは思えない声色で続けるシルヴィアに、ユーリは魔力を浪費した疲れもあってか強く出られない。その会話を聞いていた城主が、小娘という言葉を聞いて眉を潜めながら割り込む。

 

「小娘……って、縁か? むしろ逆だ、あいつと戦ってよく全員生きてたな」

「どういう意味だ?」

 

 疲れと縁にロックオンされた苛立ちで目尻を細めるリンが、青年に支えられてなんとか地面に座ってる城主へと問いかける。

 

「あいつは俺の刀とは別にこの国に保管されてた妖刀……お前ら的に言えばいわゆる『魔剣』ってやつに適合していてな、元々の人斬りの才能と相まってまあまあ強かったんだが──」

 

 一息でそう言った城主は、腹部の痛みに呻く。ああ、と呟いて、シルヴィアがおもむろに空中に展開した銀の波紋に手を突っ込むと、中から包帯を取り出して青年に投げ渡す。

 

「……これは」

「包帯だ。ただし()()()()に直接、自然治癒力を高める術式を縫い込んである。患部を縫ったらそれを巻くといい」

 

 包帯を片手に頭を下げる青年を尻目に、城主はシルヴィアをじっと見上げて笑みを浮かべる。

 

「はっ、悪いな嬢ちゃん。──いや、嬢ちゃんと言うほど若くはないみたいだが」

「────、一人で抱え込むのを美徳とする年頃の()()にしては賢いな」

「……ま、知り合いに若作りが居たからな」

 

 は、は、は。と自傷気味に笑い、過去に思いを馳せて表情を暗くする城主。それから少しの間を空けて、ユーリを見て続けて言った。

 

「……まだまだお喋りしたいところだが、今日のところは一旦お開きにでもするか。お互い、疲れを癒して翌日にってのはどうだ」

「それはいい。是非とも温泉付きの宿を手配してくれると助かります」

「ちゃっかりしてやがる。──おい」

「はい」

 

 ふっと笑い、城主は青年に耳打ちをする。その様子を見ていたユーリは、ふと──あっと口を開いてからそのまま続けざまに言う。

 

「すみません、城主さんの名前を聞きそびれていました。なんでしたっけ」

「あん? ああ、俺は…………山田 (ゲン)だ」

「地味だな」

「こら、シルヴィア」

「ごめ──ん」

 

「……お前ら疲れてんだろ」

 

 離れた位置で話を聞いていたリンが、ユーリとシルヴィアを見ながらそう言っていた。

 

 

 

 

 

 ──翌日、ユーリは先日よりも料金の高い宿に泊まっていた。男女で二部屋に分かれ、セラと並んで眠っていたユーリだったが。

 

「……うーん……ううん」

 

 ごろりと寝返りを打つと、不意に鼻先に何かが触れてピクリと反応する。

 

「……んぇ、ぉう……なんだ」

 

 寝ぼけながらに違和感を覚えてまぶたを開けたユーリの視界に何かが映り、ピントが会うと──それが床に突き刺さり、顔に刃の向いた刀であることに気が付く。

 

「…………。────うぉおぉおおっ!!?」

「ぐえっ」

 

 あともう少し顔を傾けていたらそのまま刃が鼻先を切り裂いていただろうことを理解して、ユーリはぶわりと汗を滲ませる。

 後ろに飛び退くように、座ったまま後ずさりをしてセラにのし掛かるように背中を預けた。

 

「……おい、退け、馬鹿野郎」

「せ、せっ、セラ! 起きろ!」

「ぶえ、ぶえ、ぶえっ……殺すぞ」

 

「…………うるせぇぞ野郎共」

「どうしたあ、ゆーり。ぁふ」

 

 バンバンと顔を平手打ちされて、セラは額に青筋を浮かべて起き上がる。

 ふすまを挟んで隣の部屋を使っていたリンとシルヴィアが寝ぼけ眼を擦りながら開け放ち入ってくると、あくびを漏らしながら声を発した。

 

「──起きたら枕元に刀が刺さってた」

「お前もしかして寝ぼけてんのか──うわ、本当だ。なんだ、誰かが投げ入れたのか?」

「ううむ、待てリン。ユーリの枕元に投げ込まれたにしては……その形跡がない」

 

 明け方のやや薄暗い部屋。しかし、外から投げ込まれたのなら窓が、廊下からならふすまが割れるなり破れるなりしている筈だった。

 

 だがその形跡はなく、それでいてつい先程ようやく気づいたということは、この刀は()()()()()()()()たと考えられる。

 

「空間転移……いや召喚? 魔力の流れが発生したなら私が気付ける……妖刀がどうとか言ってたし、オカルトの類いか……?」

「シルヴィア、ぶつぶつ言うのはいいけど俺にもわかる言葉で────、ん。ちょっと待て、この刀……ゲンさんが使ってた刀だ」

「まことか」

「うむ」

 

 ──なんだその言葉遣い……というリンの声をよそに、ユーリは刀を引き抜いて柄を見る。

 

「間違いない、実際に戦った俺ならわかる」

「ふぅ~~~ん……あー、はいはい。なるほどそういうパターンか」

「シルヴィア、説明責任を果たしてくれる?」

「私が全部話しちゃったら盛り上がりに欠けるだろう。わたしゃ攻略本じゃないんだよ」

 

 ──ぁふ、とあくびを一つ。

 シルヴィアは、目をしょぼしょぼとさせながら寝癖を揺らしていた。

 

 

 

 

 

「──ああ、俺の部屋から無くなってると思ったら、お前のところに行ってたのか」

「この刀足でも生えるんですか?」

「ンッフ……ごめんなさい」

 

 山田源が布団の上にあぐらを掻いて座りながら、訪れたユーリたちにそう説明する。

 すっとんきょうなユーリの言葉に小さく噴き出す鈴歌が取り繕うように頬を染めて咳払いし、すすす……と源の背後に隠れた。

 

「そいつ、どうにも『意思』があるみたいでなぁ。オマケに遠くに置いてきても気づくと翌日の枕元に突き刺さってる」

「はあ……」

「地面に埋めたり川に沈めたり馬にくくりつけて東国の領土から離そうとしても、いつのまにか戻ってくるもんだから厄介だったな」

「えぇ……」

 

 刀身に布を巻き付けた手元の抜き身の刀に視線を落として、ユーリは引き気味に返す。

 ──しかし……と続けて、源はユーリに刀を納めていた筈の空の鞘を投げ渡した。

 

「元の持ち主の俺がお前に負けたから、そいつもお前を次の主に定めたんだろうよ」

「いい迷惑ですね」

「そう言うな。妖桜が消えた今となっては、ただの頑丈でよく切れる刀でしかない」

「……もう剣の類いはあるんですがね。あぁ……まあいいか、予備とでも考えよう」

 

 ため息をこぼしながら、ユーリはキャッチした鞘に布をほどいた刀を納める。

 

「──さて、と。改めて、今回は俺たちの問題に引きずり込んだ挙げ句、解決までしてもらって、本当にすまなかったな」

「それは、本当にそうですよね」

「で、だ。お前たちには謝礼としてこれを受け取ってもらいたい。──(ヨウ)!」

「はっ」

 

 パン、と手を叩いた源のもとに、何かを詰めた4つの小袋を台に乗せた──源の部下である陽と呼ばれた先日の青年が現れる。

 

「──殿からの贈り物でございます。是非とも、お受け取りしていただきたく」

「…………ユーリ、受け取るな」

「リン?」

 

 差し出された台の小袋に視線を移したユーリの肩を掴んで、唐突にリンが制止する。

 

「前に、西にある魔導国って国の領土内の街で、貴族同士の殺人事件に巻き込まれたときに領主から似たような文言で金を渡された事がある。あたしは受け取らなかったが、要は『これで黙っててくれ』っていう口止め料だろ」

 

 威嚇するように、リンは片手に魔力を集めて表面にパキパキと氷を浮かばせる。

 

「──そう思われても仕方ないが、実際のところその通りだ。この国で起きていた数十年規模の、()()()()()()()()()という問題は、周りに……そして国民にバレると非常に困る」

 

 観念したかのように言葉を吐き捨てる源だが、傷口を労るように座りながらも、その体からはいまだ衰えた様子のない威圧感が放たれる。

 

「知らぬが仏、ってやつですか」

「ホトケ……?」

「……あー、あえて言わない方がいいこともある……みたいな意味です。というか、俺たちは別にこの国の秘密を暴きに来たわけではないし、被害者だからって責めようとも思いません」

 

 その言葉に、横に並び立っていたリンが手の氷を魔力に戻して霧散させ、ふっと笑う。

 

「元々の目的は、リンの怪我を癒すちょっとした旅行でしたからね」

「そういうことだ。あたしらはこの国の問題は話さない、それにその金を受け取っちまったら──それはつまりあたしらへの貸しが出来るわけだ、四人分の貸しだぜ?」

「……そうか。それは確かに、面倒だな。だがこちらとしても、タダ働きさせたとあっては死んだ一族の恥になっちまう…………よし」

 

 にやりと笑い、源は一拍置くと、じゃあ──と続けてこう返した。

 

「──それは怪物退治の報酬金ってことにしよう。厄介事を解決した正当な報酬として、全員に支払った……ってことでどうだ?」

「ユーリ、要するに非課税の給付金だ」

「現代人に対する最上級の甘美な響きだな」

 

 ──そうして、ユーリたちと源たちの間に、和解は成立したのだった。

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