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「──お帰り、ユーリ。シスター殿は元気にしていたかな?」
「ああ。いやはや、帰りにまた寄るって言ってたのにド忘れしてたよ」
東国での妖桜事件も終え、セラの『窓』で王都に戻ってきたのち、口約束を思い出して慌てて村に飛んでいたユーリが、ギルド内に転移魔法で戻ってきた。
「おーいユーリくん、こっちこっち」
「……って、なんでもう食べ始めてるかな」
席についていたシルヴィアとリン、セラは、ギルド会員仲間のレイク・シェラールとエイミー・ハイドレンジアの二人と相席して、運ばれてきた料理を囲んで食べ進めている。
「そう言うな、俺たちもちょうど飯食おうとしてて腹減ってたんだよ」
「ならまあ、仕方ないか」
「ユーリの分は取ってある。座りたまえ」
「はいどうも」
「それで、東国の方はどうだったんだ」
「え、あー、まあ……何事もなかったよ」
「俺の勘だが、お前とリンが揃ってどっか行った時に何も起こらないわけがない」
──おっしゃる通り。ユーリはそう言って肉とサラダを口に放り込む。
「色々あってなあ……大変だった。重労働を一人でやらされて残業代も出ないし」
「私を見ながら言うな。……仕方ない、このほどよく焼けたレアのステーキをやろう」
「いや要らな──むごぉ」
口にねじ込まれたステーキ肉をしぶしぶ咀嚼するユーリに、レイクは口角を緩めて言う。
「随分と仲が良くやったな」
「ふっ……妬いたかね」
「馬鹿言え、所詮は俺たちの方が数ヶ月早く知り合っただけの話だ」
「ふぅん。……そういえば、ユーリと君たちは仕事を共にしたことがあるのか?」
「あ……………………るぞ」
「なんで言い淀むんだ」
──噛み切れない。と内心で独りごちてもごもごと閉じた口を動かすユーリの眼前で、当時の記憶を思い出して渋い表情をするレイクに、気になった様子でシルヴィアは続けた。
「相当いやな仕事だったと見るが」
「……あたしが居ない時期にユーリとレイクがやった仕事って、もしかしてあたしと同じ──なんつったか、
「──まあ、そうだな」
「……ほう?」
リンの助け船に同意するレイク。シルヴィアは片方の眉を吊り上げて、ユーリと初めて会った時に見たことがあるにも関わらず、当事者に
「吸血鬼、というのは、なんだ?」
「俺がそう名付けたわけじゃない。ユーリがそう言ったから、自然とそう呼ぶようになったんだよ。血を吸う怪物……って意味らしい」
「へぇ……ユーリ、面を貸せ」
隣の席に座る、ようやく肉を飲み込んだユーリが、水を一口飲んだのちに顔を近づけた。
「君って、吸血鬼は知ってるんだな」
「流石にそういうのは知ってる」
「しかし……この世界にもその手の怪物が居るのは驚いたな……」
「いや、当時のレイクたちの反応から察するに、吸血鬼は今まで見たこともない魔物……らしいんだよね」
「ねー、なんの会議してるの?」
蚊帳の外だったエイミーが、二人の内緒話にピクピクと聞き耳を立てる。
──いいや。と言って誤魔化すシルヴィアに、レイクは言葉を返した。
「──五ヶ月くらい前に西の魔導国と中央の王国の境にある街で、人や家畜が血を抜かれて死んでる……とかいう謎の事件が起きてな。ちょうど暇だった俺とユーリで向かって、とある貴族の館でひと悶着あったんだが……」
本当に嫌そうな顔をして、レイクは続ける。
「そこで、病的に狂暴な人間に襲われたんだよ。その時はまだ魔物だとは思わなかったが、首を撥ねても死なない、手足を斬っても再生する……悪夢でも見てるのかと思ったほどだった」
ため息をつきながら目頭を指で揉むレイク。彼の話を引き継いで、今度はユーリが口を開く。
「俺も元のせ…………故郷で聞き齧ったおとぎ話の怪物その物が出てくるとは想定してなくて、咄嗟に弱点とされる銀製の食事用ナイフを突き刺したり、心臓を杭で潰すとか色々やったんだけど──たぶんレイクはアレが嫌だったんだな」
「アレとは?」
「えっ……あの……廊下で吸血鬼を仕留めるために血を塗って囮にした」
「────」
さしものシルヴィアでも、絶句していた。──人のこと言えないじゃないか、という言葉が反射的に口から出そうになって慌ててつぐむ。
「──で、杭と銀以外に弱点がないかを探るために解体したり、夜が明けてから日の下に晒して消滅するのを確認したりして、他にいい名前が思い付かなかったからそのまま『吸血鬼』という名前で情報を纏めたってわけだ」
「あたしが北の町で殺りあった、こっちに戻ってきて初めて吸血鬼っていう魔物だと知った人間も、氷付けにして朝まで放っておいたら氷の中で塵になったからなあ。あの時は本気でビビった」
あっはっはっはっ、と乾いた笑い声を漏らすユーリとリンを前にして、レイクはうぇ……という呻き声を出していたが、表情を一転。
「──にしても、なあユーリ、お前はなんで……『血を吸う人型の魔物』を、『吸血鬼』という名前の魔物だと断定出来たんだ?」
「……さっきも言っただろう、故郷にそういう怪物が出てくるおとぎ話の本が売られていたんだよ。わりと、ポピュラーなんだ」
「あの人型の魔物は、
「────」
ピリ、と、空気がひりつく。先の会話を思い返して、ユーリは、しまったと脳裏で焦る。
「ユーリがギルドに来る前に、既にリンは『人や家畜が血を抜かれて死んでる事件』の調査で北の町に向かっていた。そのあとに来たお前は、
冷めてきた腸詰めをフォークの先端で転がしながら、レイクは鋭い眼光でユーリを睨む。
「──お前が王都に来たのと、吸血鬼という魔物が現れ始めた時期が殆ど同じであることが偶然であるとは考えにくいんだよ」
「……ね、ねえレイク、ユーリくんは敵じゃないと思うんだけど……」
それとなくエイミーがレイクにそう言ってユーリを庇う。当の本人は、頬に冷や汗を垂らしながらも、レイクから目を逸らさずに答える。
「俺は吸血鬼とはなんの関係もない」
「──本当に?」
「……俺は、弱きを悪から守る人間だ。人も家畜も同列に餌と見なしている吸血鬼の側に与する理由なんてものは、存在しない」
じっ、とレイクの顔を見て、レイクもまたユーリの顔を見る。ギルドの一角に流れる緊迫した雰囲気は──突如として霧散した。
「そうか。いや別に、お前が敵だなんて思っちゃいねえよ。安心しろ」
「…………ううん?」
「吸血鬼の被害とお前の加入の時期が被っていたから、少し疑ってみただけだ」
「え──……」
本当かよ……というユーリのぼやきは聞かれていなかった。しかし、出身地が異世界の日本であることを明かせていないユーリが疑われるのも、無理もない話である。
ある種の自業自得である疑われ方に、流石に文句を言おうとは思わないユーリは、よかったねぇ~と頭頂部の獣の耳をパタパタと揺らすエイミーの声に頷いておく。
「だが──お前の変なところで発揮される博識なところなんかはまだ疑っている。人には秘密の3つや4つあるもんだ、言いたくないなら言わなくてもいいが……そのうえで質問するぞ、ユーリ。──お前は信用していいんだよな?」
「勿論」
「ならよし。実は俺たちをご指名してきた依頼があってな、手伝ってもらいたかったんだ」
「今の全部前振りだったの……?」
困惑した様子でレイクを見やるユーリ。彼は不意に感じ取った気配を辿って振り返ると、その視線の先に──見慣れた眼鏡の受付嬢ともう一人、スキンヘッドの男性を捉えた。
「お待たせしました、仕事の時間です」
「よお、ユーリ! 久しぶりだなァ!」
「──ああ、久しぶり」
背中にバトルハンマーを携え、レイクと同じ鎖帷子を着込み、頑丈な鎧を纏うタイプのレイクとは逆に、最低限の急所を守るだけの軽鎧を胸などに装備しているその格好は、わかりやすく『戦士』を思わせる様相であった。
「はて、ユーリ、こちらのゆで卵氏は」
「こら、シルヴィア」
「ごめ──ん」
「ハッハッハ! よく言われるから気にすんな! 俺ぁフォース、そこのレイクとエイミーの三人で組んで仕事をしてるもんだ」
にっ、と豪快に笑い歯を見せる笑みを浮かべる男性──フォース。その隣で眼鏡のズレを直す受付嬢ことミヤビは、くだんの依頼の内容を、その場にいるユーリとシルヴィア、リン、セラ、レイクとエイミーの全員に公開した。
「二ヶ所で同時に吸血鬼案件が発生しました。早急に対処に当たってください」
「東国で一仕事終わった翌日にこれ……?」