まるで『夏場にずっと放置されたゴミを部屋の隅から発見してしまった人』のような、おぞましさと嫌悪感を混ぜた表情で、リンはシルヴィアの毒々しい色合いの右腕を見ながら問い掛けた。
「お前……なんだその……なんなんだ?」
「
「だから分かりやすく言えって」
「言ったが?」
壁際から覗き込み、洞窟内の空間に屯する10数体の吸血鬼を観察しながら、シルヴィアは少し考えてから噛み砕いて説明する。
「概念的……つまり負の意味を押し付ける呪いだ。例えば右腕に蓄積した内の【老化】の呪いを相手にぶつけると、相手は老いる」
「それ、お前はなんともないのか?」
「やり過ぎなければ、な。流石に、一日に五つも六つも呪いを使うと反動が来る」
──ので、と続けて、シルヴィアは捲った右腕の袖の中からジャラララと先端が鏃のように尖っている鈍い色の鎖を伸ばしながら言う。
「まず【分裂】で鎖を増やし、【影響】を【伝播】するように呪う。最初の1体に刺さったら、リンは即座にこの鎖を凍らせてくれ」
「……まあ、お前のやりたいことはわかったが……本当に上手く行くんだな?」
「はっはっは、信じろ」
「今までのどこを見て信じれば良いんだよ」
リンからすれば、シルヴィアは知識もあり力もあるが、それが原因で胡散臭さの塊が歩いているようなものだった。しかし、シルヴィアはきょとんとした表情であっさりと言葉を返す。
「……? 私はリンを信じているのだから、今はそれでいいんじゃないか?」
「────。そうかい」
洞窟の中でもなお妖しく輝く碧眼がリンを見る。かぶりを振って、リンはシルヴィアに頷いて返すと、彼女は口角を歪めて笑った。
「合図したら凍らせ────ろォい!!」
「──ガッ!?」
シルヴィアがひゅんひゅんと回転させた鎖を勢いよく投擲し、一番手前に居た吸血鬼に先端を突き刺す。その瞬間、腹を突き破る勢いで無数に枝分かれした鎖が、辺りに居た別の吸血鬼全員に向かって金属音を奏でながら飛来した。
「……リン、やれ!」
「わかってる!」
そしてリンに合図して、鎖の一部を掴ませた。魔力を流して冷気に変換し、鎖を通して手前の1体を瞬く間に凍らせると──枝分かれした鎖に貫かれた吸血鬼全員へと氷が【伝播】する。
一瞬のうちに氷のオブジェを形成し、袖の中から伸びる鎖を切り離すと、シルヴィアはリンと共に奥に進む。
「反則じみた力だな……」
「だからこそ、【呪い】は使いすぎには要注意ということだ……ん?」
右腕の呪詛を消して元の色白の肌に戻したシルヴィアだったが、不意に聞こえてきた拍手の音に、リンと同時にそれぞれの得物を構える。
「──素晴らしい。素晴らしい力だ、まさか下級とはいえ吸血鬼を一瞬で全滅させるとは」
「出たな……暗がりの奥から拍手と共に黒幕が現れるよくある演出」
「何言ってんだお前」
ぼうっと壁の松明の明かりが強まり、奥から現れた人物の顔が窺える。シルヴィアの色白さとはまた違う、病的な白さの肌をした男。
──それでいて敵意に満ちた瞳が二人を貫いて、そのまま腰の
「
「……
「こいつもこいつで何言ってんのかわかんねぇけど、敵なのはよくわかった。よし殺そう、シルヴィア、さっさとこいつを呪え」
「気軽に言いなさる」
リンにそう言われて渋い表情をするシルヴィアは、それでいて視線は眼前の吸血鬼から逸らさずに会話を交わす。
「──ふん。話を聞かないお嬢さんたちだ」
「うるせえ黙ってろ」
「人のことを血の詰まった袋か何かとしか見えていないくせに高尚ぶるんじゃない」
「そんなに死にたいのか」
煽り耐性低いな~……というシルヴィアの呟きは耳に入らなかった様子で、吸血鬼は額に青筋を浮かべながら、レイピアを握っていない方の指をパチンと鳴らす。
直後、吸血鬼の両側を挟むように、天井ギリギリまである背丈の──岩石を削って作ったような巨大なゴーレムが現れた。
「チッ……召喚魔法か。洞窟が崩れない程度の質量の氷をぶつければイケるか」
「…………ううん?」
「おい、シルヴィア?」
──行け! と命令し、洞窟の奥に消えた吸血鬼を見送りつつ、拳を振り上げるゴーレムを一瞥するシルヴィア。下がろうとするリンが、動こうとしないシルヴィアに声をかける。
「シルヴィア、いいから動け!」
「いや、なんというか」
顎に指を当てて、彼女は呟く。
「……やつがわざわざレイピアを抜いた意味はいったいなんだったんだ?」
「避けろって馬鹿野郎────!!?」
ドン!! という轟音と共に、シルヴィアの元に2体のゴーレムの拳が着弾した。
──シルヴィアとリンが北に向かった一方、ユーリたち四人組は、目的地である西の街に到着していた。長い道のりにより既に陽が落ちつつある夕方、喧騒が目立つ街中を警戒しながら歩く。
「……思ったより賑やかだな。吸血鬼が人を襲うには絶好の場所すぎる」
「領主に頼んで人払いでもしてもらうか」
辺りを見渡したレイクが呟き、フォースがそんな提案をする。早速と屋台に意識が逸れつつあるエイミーがユーリに引きずられながら、しれっと買っていた串焼きを食べながら答えた。
「吸血鬼って女子供を狙うんでしょ? なら私が人気の無い所で囮になろうか?」
「それは最終手段。──よし、俺とレイクが領主さんのところに行ってくるから、エイミーとフォースはこの辺りで警戒してくれ」
ユーリが自分とレイクを指し、続けてエイミーとフォースを指差す。少し考えて、フォースがエイミーを横目で見ながら言葉を返した。
「ま、それが妥当か。しかし吸血鬼かどうかなんてどうやって見分けるんだ? 怪しいやつはとりあえずぶっ飛ばしとくか?」
「私が臭いでわからないかな。血が餌ってことは近づけば血生臭くてすぐわかるかも」
「……それでいくか。とりあえず二手に別れておけば、遠くで事件が起きても対応できる」
フォースたちの言葉にユーリとレイクが頷いて、その場から足早に離れる。
残った二人──のうち、エイミーがユーリの居ぬ間に串焼きを買い足そうとしてフォースに止められると、おもむろに鼻をすんと鳴らす。
「……? エイミー、どうした」
「なんか今、血の臭いが流れてきた」
エイミーはそう言って、フォースを連れて人混みに逆らいするすると路地裏に繋がる道に出る。すると、二人は──気を失い倒れた女性の首に歯を立てようとする男を視界に納めた。
「──フォースっ!!」
「オオォッ──らぁ!!」
反射的に声を荒らげて男の意識をこちらに向けさせ、女性が噛まれることを防いだエイミー。その隣で背中に背負っていたバトルハンマーを抜きながら肉薄したフォースは、一息で踏み込んで、男──吸血鬼の土手っ腹にそれを叩き込んだ。
斜め上に弾き飛ばされ向かいの屋根まで飛んだ吸血鬼を見て、フォースが言った。
「……咄嗟に殴っちまったけど、これ特殊なプレイ中のカップルだったとかじゃねえよな」
「その時は謝っとけば問題ないでしょ」