割れた窓ガラスに、ボロボロと崩れる肉体。吸血鬼の死体から杭を引き抜きながら、ユーリは壁際に隠れていたふくよかな男性に顔を向ける。
「窓が割れていたので、緊急事態かと思いまして。無断で入ってしまい申し訳ない」
「は、はあ……」
「お──私はユーリ、あちらはレイク。こちらの街から吸血鬼……この人型の魔物に関する依頼を受けて他二人と共に訪れまして」
「……そうでしたか」
ちらりと指を差した方を見ると、レイクはちょうど吸血鬼の心臓に銀の杭を突き立て、押し込むようにカイトシールドを叩きつけていた。
「……以前、【──】という街でも似たような事態になったんだが噂くらいは聞いてるだろう、距離的にもここから近いからな」
「──! ええ、ええ。風の噂程度には。まさかその……吸血鬼? とやらが実在するというのも、街で乾いた死体を見なければ、信じられなかったことでしょう」
風化するように崩れ行く死体から杭を引き抜いてレイクが言う。その言葉に、男──この街の領主が合点が行ったように頷いた。
「で、ですね。領主さま」
「はい」
「……すごく、アレな質問なのですが」
「はい?」
「……お子さん、おいくつですか」
「はい???」
苦々しい表情で質問を投げ掛けるユーリに、領主は困惑を隠さない声色で返した。
手持ちの布切れで杭を拭っていたレイクが、ユーリの言葉に付け加える。
「吸血鬼は特に女子供の血を好む、って話だ。人間が新鮮な食材を好むのと同じだな」
「──私の家族は食材だ、と?」
「向こうはそう考えている。だから俺たちが来たんだ、アレを人間だと思わない方がいい」
レイクの言葉に、領主は眼光を鋭くさせる。街を任されている者として、事の重大さを重く受け止めたらしく、少し考えるそぶりを見せた。
「それと、この事態になる前から今に至るまでのあいだに、なにか違和感はありませんでしたか? なんでもいいんです、街の空気が妙だったとか、見知らぬ人がうろついていたとか」
「違和感、ですか……」
「あとは……見慣れない動物が居た、とか」
「見慣れない?」
領主はユーリの問いに、一拍置いてああと呟いてから口を開いた。
「そうですね、実はここ数日……コウモリがよく飛んでいるのを見ましたよ。
たまに屋敷にも入り込んでいて、窓を開けて逃がしていましたね。今日も窓が割れているからおそらく──ほら、見てください」
視線を上に向けた領主に続いて、ユーリとレイクが見上げる。すると、低くない天井に逆さにぶら下がっている動物──コウモリが侵入していることに気づいた。
「────」
「……なんか、気味悪いな」
「……まさか」
「ユーリ?」
うげ……と口角を歪めるレイクの隣で、ユーリが目を見開いて驚愕する。
それからおもむろに
「領主さま、間違っていたらすみません」
「……いったい、なにを言って────」
疑問符を浮かべた領主の言葉を待たずに、ユーリは天井にぶら下がるコウモリへとナイフを投擲する。咄嗟の行動に、避ける間もなくコウモリの体にナイフが突き刺さった。
ギギッと悲鳴を上げたコウモリが床に落ちると、鮮血を撒き散らす────ことはなく、まるで吸血鬼のように
「なっ──!?」
「これは……どういうことだ」
つい今しがた殺した吸血鬼と同じ消え方をするコウモリを見て、領主とレイクは驚いて一歩後ずさる。ナイフを拾い上げてユーリは呟いた。
「吸血鬼と同じ性質の動物……体の一部? 確か動物の姿を取れる吸血鬼も居るらしいし……とすると──レイク、こいつは監視だ」
「監視?」
「シルヴィアは6体ほどしか居ないだろうと言ったが、それは潜伏して餌を確保する場合の話だ。でも、もし、
顔を見合わせて、二人は会話を交わす。数秒思案して、それから同時に声を荒らげる。
「エイミーたちが危ない……!」
「フォースたちが危ない!」
──その直後、更に窓が割れた。
屋敷のあちこちから聞こえてきた割れる音に混じって、獣のような唸り声が反響し、玄関ホールに立っていた三人の耳に届く。
「ま、また吸血鬼が……!?」
「領主さま! 屋敷の人たちはどこに!」
「先程の襲撃の際、使用人に家族を連れて地下室に避難するよう言っておきました!」
「ユーリ、少し数を減らしてからエイミーとフォースの援護に行け! 余裕があればどっちかをこっちに来させろ!」
すらりと長剣を鞘から引き抜き、壁に立て掛けていた盾を握るレイク。その横で同じように右手に長剣を呼び出したユーリが、二人で領主を挟むように庇いながら左右の廊下に目をやる。
「領主さま、今から地下室に行くのは危険ですので、ここで俺たちに守られていてください。ただ、出来るなら階段の裏にでも」
「分かっております。……それと、ひとつだけ頼みたいことが……」
「なんです?」
グルルル、という唸り声が近づき、夜が訪れ薄暗くなってきた室内に影が蠢く。
病人のように気味の悪い、それでいて獣のように獰猛な気配を漂わせ、ひたりひたりと近づいてくる吸血鬼を前にして、領主は言った。
「なるべく、家具や花瓶などは壊さないでいただけると助かります」
「…………まあ、可能な限り──はぁっ!!」
「言ってるそばからァ────!!?」
飛びかかってくる吸血鬼を迎撃するためにと、ユーリは何のためらいもなく手近の花瓶を投げつけて粉砕するのだった。領主の悲鳴に近い叫び声が、屋敷に響いていた。
──獣じみた悲鳴を響かせ、屋根の上で杭に心臓を貫かれる吸血鬼が、地面に落下しながら体を崩して風に散らされる。
「エイミー、そっちに飛ばすぞ!」
「りょ──っ、かい!」
バトルハンマーを巧みに使って顎を打ったフォースが、返す刀で振り抜いてエイミーの下に何体目かも覚えていない吸血鬼を弾き飛ばす。
空中に銀の杭を放り投げ、落ちてくるそれを別の吸血鬼に蹴り飛ばしたエイミーは、腰から銀のナイフを引き抜くと腰をひねって足に力を入れ──屋根を砕く勢いで低い角度で前に跳躍。
「これで……とどめっ!」
ザン、とすっ飛んでくる吸血鬼とすれ違いつつナイフを振り抜き首を撥ねる。
一瞬の静寂ののち、ボロボロと崩れて消える複数の死体を見届けてから、屋根にカランと落ちた杭を地面まで落下する前にキャッチした。
「ふぃ~、これで終わりかな」
「油断するなよ。……ったく、あのお嬢ちゃんめ。なぁにが『6体ほど』だよ」
「シルヴィアちゃんが嘘ついたっていうよりは、これが異常な状況なんじゃない?」
「まあ、そうかもな。といっても、俺たちは今回が初遭遇だから、これが本来の数と言われても疑問を持てないわけなんだが」
ゴツ、とハンマーを屋根に置いて一息つきながらそう言ったフォースに、エイミーは普段の調子で言葉を投げ掛ける。それからふと──二人の耳はバサリという羽ばたく音を聞いた。
「──ほう、下等生物にしてはよくやる」
「────」
「……ッ!!」
その声は、フォースの
「だが悲しいかな、貴様らはあの程度には勝てても……私のような完璧な吸血鬼には勝てない。なぜだかわかるか? 生物としての『格』が、違いすぎるからだ。しかしそれでも、貴様らの人間としての強さには僅かに感心した」
雲ひとつない月明かりだけが頼りの屋根の上で、男は淡々と語る。脳が必死に「動け」と命令しているフォースの反応よりも早く、男はおもむろに首に手をかけ──力を込めた。
「褒美に、私自らが殺してやろう」
「──ルルルォオオ!!!」
「──うおおおっラァ!!」
獣よりも低く重い声が迫る。
エイミーが全身全霊の本気の蹴りを吸血鬼の頭に叩き込むのと、本能的な恐怖で震えた体を抑えたフォースが振り返りながら懐から取り出した銀の杭を突き刺すのは、全く同時だった。
──しかし。
「──あれっ?」
「消え、た……?」
二人の手足には、吸血鬼を捉えた感触がない。その場から姿を消した吸血鬼の警戒で背中を合わせた二人だったが、不意に聞こえてきた羽音を聞いて、冷や汗を垂らしながら上を見た。
「無駄だ。貴様らに私を殺す事は出来ない」
「……そんなのアリかよ」
空中に居たのは、空を覆う大量のコウモリ。
それらが宙で一つに纏まることで、男──吸血鬼の姿となっていた。
「ねえフォース、これ勝てる?」
「……朝まで粘れれば、多分な」
──ユーリが到着するまで、あと10分。