その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ユーリ達が吸血鬼と戦い始める十数分前。

 

「避けろって馬鹿野郎────!!?」

 

 ドン!! という轟音と共に、シルヴィアの元に2体のゴーレムの拳が着弾した。

 だが、土煙が晴れた先にあったのは、地面のシミとなったシルヴィアではなく。

 

「──危ない……胸ポケットに入れた形見のペンダントが無ければ即死だった……」

「は?」

 

 両手に緩やかに湾曲した片刃の剣──シミターを握るシルヴィアが、それぞれの拳を刀身の腹で受け止める光景だった。

 ゴーレムの拳を受け止めた、それぞれが獅子と鷲を象ったデザインのシミターに、シルヴィアが押し返すように力を込める。

 

「……なんつー馬鹿力だよ」

「イガリマとシュルシャガナ──のレプリカは、使い手に怪力を与える。たまには力でゴリ押すのも…………よかろうッ!!」

 

 シミターの切れ味とシルヴィアが与えられた怪力により全身を切り刻まれ、所々を粉々にされるゴーレム2体を見て、リンは呆れを混ぜた表情をしながら彼女の解体作業を眺めていた。

 

 

 

「……ふう、少しスッキリ」

「あ、終わったか」

「うむ。というか、形見のペンダントなんて無いがな。そもそも家族居ないし」

「反応に困るからやめろよ」

 

 渋い顔をするリンは、両手のシミターを銀の波紋に放り込むシルヴィアがゴーレムの残骸を見ている様子が気になって更に続ける。

 

「どうした」

「うんにゃ、なんだかんだと時間が掛かったし、ヤツを追いかけるには足が要ると思ってな」

「で?」

残骸(これ)、使うか」

「…………好きにしろよ」

 

 許可が下りたシルヴィアは、よしと言いながら波紋からブルーシートのような大きさのスクロールを取り出すと、ばさりと広げた。

 その上に残骸をぽいぽいと投げ込み、それからリンに向き直ると手招きをする。

 

「君の魔力を貸してくれないか。ゴーレムの再構築を君の氷の魔力で行って頑強にしたい」

「岩に氷って、大丈夫なのか?」

「不純物の無い氷は硬いんだぞ」

 

 ──さっさとせい。と急かすシルヴィアに近づき、リンは残骸に埋もれてうっすらと見える魔法陣の端につま先を当てて魔力を流す。

 眼前で岩石をベースにした茶色のゴーレムが氷をベースにした水色のゴーレムへと変化し、巻き戻しのように再構築されて行くと、()()は2体を掛け合わせた1.5倍の大きさの巨人となった。

 

 完成した新たなゴーレムを見上げて、リンは首を傾げながら質問を投げ掛けた。

 

「……なんで腹が空洞なんだ?」

「私が乗り込んで操縦するからだが」

「なんで背中にも乗るところがあるんだ?」

「君に乗ってもらうためだが」

「……………………」

 

 あっけらかんとそう言ったシルヴィアを前に、リンは、静かに顔を片手で覆った。

 

 

 

 

 

 ──その吸血鬼は人語を介し、理性がある、言うなれば上級の吸血鬼であった。

 けれども()()()()()()()()とは違い、体を無数のコウモリに変換するといった器用な真似は出来ない。しかしそれでも、数多の弱点を補って余りある怪力や不死性は凶悪の一言に尽きる。

 

 とにかく、目的である洞窟の奥にさえ行ければ──そこまで考えて、吸血鬼の男は、背後から迫る地響きの音に走りながら視線を向ける。

 

ぉぉぉぉぉぉおおお!! テンション上がってきたぞォ────ッ!!」

「なっ──んだ、それは……!?」

 

 当然だが、男は驚愕した。自分が用意したゴーレムが破壊された挙げ句に再利用されていれば、誰だって驚き戸惑うだろう。

 ズシンズシンと音を響かせて走る水色のゴーレム──言うなればアイスゴーレムの背中にしがみつくリンが、男の悲鳴に近い声に返した。

 

「あたしも聞きてえんだわ」

「燃料タンクは黙っておれぇい!!」

「お前いまなんつった? ──うおっなんだこれ……力が抜けてきた……」

 

 胴体の中、ではなく操縦席に乗り込むシルヴィアの声に反応したリンだったが、突然表れた脱力感にくらりとめまいを覚える。

 

「…………言い忘れていたが、あの魔法陣で作るゴーレムは異様に燃費が悪い。約30秒で平均的な魔法使い一人の魔力を搾り取るレベルだ」

「は?」

「だがここに来るまでで2分、つまり魔法使い四人分の魔力を取られてピンピンしている君ならば、おそらくきっと二時間はもってくれるだろうと信じている」

「なんで?」

「やってくれるだろうか。やってくれるね。ありがとうグッドラック」

「会話してくれるか?」

 

 操縦席のシルヴィアが一方的に会話を打ち切ると、体から魔力が抜ける感覚で軽く酔ったような感覚になるリンを尻目に、レバーを倒してアイスゴーレムを加速させる。

 

「──づ、っ、おおぉおぉおっ!?」

 

 妙な危機感と、吸血鬼として生きてきて数百年で一度として覚えたことのない恐怖を感じ、男はグングン加速するゴーレムから逃げるようにして、洞窟の奥深くへと駆け込んでいった。

 

 その後ろ姿を追いかけながら、シルヴィアはふんと鼻を鳴らして口を開く。

 

「吸血鬼が信仰や儀式に縛られた生物だという話はしたな。覚えているか?」

「お前帰ったらぶっ飛ばすからな」

「覚えているようだな。……要は、奴等は『銀や太陽に弱い』のではなく、『銀や太陽で死ぬという伝承に弱い』ということだ」

「あ~~~~……つまり?」

「神が人々の信仰心に存在を支えられているように、吸血鬼もまた、人々の伝承──極端に言えば噂への恐怖に支えられているのだよ」

 

 ガクンガクンと振動で体が揺れるリンは、シルヴィアの言葉に耳を傾ける。

 

「『情報』が吸血鬼の生命線ということだ。もし、いつかのどこかで、『吸血鬼とは弱点が無い究極の生物である』という噂が流れ、何百何千の人間がその噂を信じたとしたら、いつかの未来で吸血鬼はどんな生物に進化すると思う」

 

「……ぞっとしねえ話だな」

 

「逆に言えば、今の時代の吸血鬼は、たかだか銀の破片ひと欠片や僅かな陽光程度が致命傷になるような脆い存在でしかないわけだ」

 

 一拍置いて、シルヴィアは締めくくる。

 

「……そんな奴等が、この世界の魔物だとは思えん。先の発言から察するに──」

「おい、そろそろ行き止まりみたいだぞ」

 

 シルヴィアの言葉を遮ってリンが言う。足音の反響の変化で察したのか、その言葉の通りに、アイスゴーレムと乗り込んだ二人は洞窟の最奥──行き止まりに到着した。

 

 洞窟の広い空間を埋め尽くす膨大な質量の氷の前に立つ吸血鬼は、二人に振り返ると言う。

 

「──この氷が何を封印しているか分かるか?」

「流れ的には邪神、いや……こんなところに封じるなら魔物か。ドラゴンとかか?」

「……ふっ、その通り」

「おっ当たった、やりぃ」

 

 暗い筈の洞窟内は、壁に貼り付いた苔のような物体が放つ光で明るく照らされている。その光で氷の奥が見え、シルヴィアとリンは、その氷が巨大な龍を封じ込めているのだと察した。

 

「夜の覇者たる吸血鬼は、残念ながら昼間は動き回れない。だが、その昼間に暴れられる存在がここに居るではないか」

「そいつを解放して暴れてもらおうってことか。ったく、シルヴィアもそうだがお前らも厄介だな……うぉおすげぇしんどい」

 

 ゴーレムの背中に乗るリンは心底ダルそうに重いため息をつく。全身から魔力を抜き取られる感覚が止まらず、本格的に『これが終わったらこいつを殴る』という決意だけが強くなって行く。

 

「──べらべらと目的を喋ってもらって大変結構。ではそろそろ死んで貰おうか」

「人間風情が……ゴーレムを操れるくらいで調子に乗るなよ──ッ!」

 

 改めてレイピアを抜き、吸血鬼はパチンと指を弾く。今度はゴーレムではなく幾つかの狼が現れ、グルルルと唸り声を上げる。

 

 

 

「面白い……私が一番ゴーレムを上手く扱えることを、教えてやる────っ!!」

「お前もしかして鬱憤溜まってんのか?」

 

 こうして、洞窟内で起きた古の龍の復活を賭けた熾烈な戦いは、ユーリ達が街での戦いを終わらせる夜明けまで続いたのだった。

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