その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 街の一角から聞こえてくる破壊音。月明かりと街灯だけが辛うじて照らす闇夜の中を、二人と一体が、文字通り火花を散らしていた。

 

 フォースが屋根から屋根に跳び移りながら、体を捻って背の丈ほどあるバトルハンマーを振りかぶる。目標の男──上級吸血鬼目掛けて着地と同時に振り下ろされたそれを、吸血鬼は当然の権利のようにコウモリ化でバラけて避けた。

 

「くっ、そっ、がッ──っぶねぇ!」

 

 悪態をつくフォースは、背後で再度形を戻した吸血鬼が伸ばした手をすんでの所で避けた。

 怪力から放たれる鋭く尖った爪に当たればどうなるかなど、考えなくとも察するだろう。

 

 そのまま二度三度と振るわれる手刀を持ち手の部分で捌くフォースは、ガギッと金属音を奏で、間近で散る火花に眉を潜める。

 ──そもそもなんで鉄製のハンマーと爪がぶつかって火花が出るんだよ。そんなフォースの思考をよそに、横合いからエイミーが飛び込む。

 

「うが──っ!」

「…………む」

 

 ほぼ不意打ちに近い攻撃が刺さり、吸血鬼の肩にナイフの柄が生えた。

 その流れで着地したエイミーの回し蹴りとフォースのハンマーを振り下ろす動きが同時に叩き込まれ──吸血鬼は足とハンマーのヘッドをそれぞれ片手で()()()

 

「────あ?」

「──ん? ……ぬぉわあっ!?」

 

 一瞬の動作だが、今までやらなかった動きに、フォースとエイミーは違和感を覚える。

 そして雑だが怪力ゆえに致命傷足り得る動きで投げ飛ばされ、エイミーは獣人のしなやかな動作で着地し、フォースはハンマーを盾にして街灯の1つをひしゃげさせながら地面に降り立つ。

 

「……エイミー、見たか?」

「うん。でも、確証が欲しい」

 

 石畳に飛び降りてくる吸血鬼を前に、二人は横目でアイコンタクトを交わす。

 フォースは唾液に混じった血を吐き、エイミーが首の関節を鳴らしてから腰のベルトに挿したナイフを数本取り出して構える。

 

 コツコツと踵を鳴らして余裕綽々の表情を浮かべて歩み寄る吸血鬼に、一拍置いてから二人は全速力で駆け出す。フォースはひしゃげて灯りの消えた街灯の下を通り、エイミーは片手に握った別のナイフ数本を全て男に投擲する。

 

「学習しない女だ」

「…………」

 

 だが、今度のナイフは刺さる筈だった箇所だけをコウモリ化させて避けられる。

 ぴくりと眉を跳ねさせて苛立ちを露にするエイミーだが──実体に戻った吸血鬼は、後ろから迫るフォースがその手にバトルハンマーを握っていないことに気付く。

 

「────ッせい!!」

「……チッ」

 

 ドッ、と吸血鬼の背中に衝撃がぶつかる。

 フォースが行ったのは、エイミーが投げたナイフが通り抜けると理解したうえで、軌道上から掴んで刺し直すという曲芸。

 そこでようやく、吸血鬼は空を切って()()()()()バトルハンマーを視界に納めた。

 

「……街灯の下を通ったのは、上に投げる動きを見られないようにするためか」

「ハッ、心臓を刺すつもりだったのに避けておいてよく言うぜ……っ!」

 

 ぐりっと傷をえぐり、治すまでの速度を僅かでも遅らせる。フォースは吸血鬼の肘打ちを避け、ナイフを引き抜きながら横に裂きこれでもかと傷口を広げると、改めて銀の杭を構えたエイミーと挟撃の体勢に入った。

 降ってくるハンマーの対処を考えれば、吸血鬼は三方向に意識を向けなければならない。

 

 そんな疑問を確信に変えるための動きに、吸血鬼は──心底愉快そうに笑った。

 

「私を相手にここまで生き延びたのは貴様らが初めてかもしれんな」

「は? ────がッ!?」

 

 バシンとひっ叩くような動きで弾かれたハンマーが、凄まじい速度でエイミーに迫る。

 彼女は反射的に腕でガードするが、その勢いに押されて足が止まる。次いで振り返った吸血鬼がフォースに肉薄し、手を振りかぶると殴りかかった。まるで金属を叩きつけられたような感触と重さに、フォースの手が痺れる。

 

「エイミー! ……づっ、ぐ、がッ!」

 

 ガギッ、ガッ、キン──とナイフの刃が毀れ、最後に半ばから折れると、吸血鬼はフォースの腹を蹴り飛ばして地面に転がした。

 背中のナイフを引き抜いて雑に捨てた吸血鬼は、ちらりと背後で倒れたままのエイミーを一瞥してからフォースに向き直ると歩を進める。

 

「ここまで生き延びたのは、貴様らが初めてだ。だが……口惜しいがこれで終わりだな」

「…………くくっ」

「死に際に笑うか」

「そりゃあ笑うさ……」

 

 フォースは口角を歪めて笑みを浮かべると、あっけらかんとした口調で返した。

 

「死に際じゃねえからな」

「────なん」

 

 吸血鬼の言葉は最後まで続かなかった。

 上から降り注いだ無数の風の弾丸が、全身に穴を開けたからである。

 

「……屋敷の方に向かった奴か」

 

 あちこちに空いた穴を時間を巻き戻すように修復しながらフォースから離れた吸血鬼は、だんっと音を立てて着地した男──ユーリを見る。

 

「──他の吸血鬼とは違うな」

「ユーリか……レイクが来ると思ってたぜ」

「レイクなら屋敷の方で下級の吸血鬼を相手にしてる、動けるなら加勢してやってくれ」

「無茶言いやがる」

「頼むぞ」

「……仕方ねえ、ここは任せる」

 

 後ろ手に伸ばした手を掴ませて立たせながら無茶振りをするユーリに、フォースは纏めた情報をそれとなく小声で耳打ちした。

 

「この吸血鬼は体をコウモリにバラして攻撃を無力化させてくる。だが、怪我を治す最中はコウモリ化が出来ないのか、俺たちの攻撃をわざわざ受け止めてきた」

 

「……コウモリに分裂できるが、怪我をしたら再生を優先か。──よし、わかった」

 

 頷いてから、ユーリは吸血鬼に目を向けつつその更に向こうでむくりと起き上がったエイミーに質問を投げ掛けるように声を飛ばす。

 

「エイミー! 動けるか!」

「左腕脱臼した!」

「片手が動かせるならいい!」

 

 ぶらんと垂れ下がる左腕を揺らして立つエイミーを尻目に、ユーリと向き合う吸血鬼は目尻を細めて露骨に警戒心を向けている。

 

「貴様……その魔法の威力からして、街に来た人間の中で一番強いだろう?」

「いや、面と向かってよーいドンなら下から数えた方が早いくらいだ」

「謙遜する奴ほど警戒すべきだ、油断ならん」

「その意見においては、一理あるな」

 

 チリチリと敵意がぶつかり合い、まるで物理的な衝撃が起きているかのように傍らの建物の窓が軋む。別行動しているシルヴィアたちが熾烈な戦いを繰り広げる裏で、ユーリたちもまた、最後の戦いを始めようとしていた。

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