──吸血鬼は、傷を負えばコウモリに分裂できず、分裂していると傷を負わせられない。
そして並大抵の傷は即座に再生され、次の攻撃をする頃には既に再生が終わりコウモリに分裂される。──であるならば。
とどのつまり、
「──ぐっ、ぉおおぉおアァアアッ!?」
「──ナイフ、手斧、マチェット、警棒、ナイフ、警棒、マチェット、手斧……」
矢継ぎ早に傷を負わせ続ければいい。
自身の手札の確認を兼ねた独り言をぶつぶつと呟きながら、ユーリは
そして時おり警棒で顎を叩いて脳を揺らし、相手の三半規管を揺さぶる。
見た目が人間と同じなら構造もだいたい同じだろうというユーリの判断が当たったらしく、男の目がおぼつかない動きで左右にぐらつく。
「…………チチッ」
「──っしゃオラァ!!」
「おぐっ……!」
ユーリが短く
獣人の筋力を何度か受け止めていたこともあって流石に不味いと判断したようで、男は残った腕で防御しながらわざとらしく吹っ飛んで威力を殺しながら屋根へと跳躍する。
屋根の素材を一部砕きながら身を捻って体操選手もかくやと言わんばかりの動きで着地した吸血鬼は、無くなった腕を再生して、脇腹に深くめり込んだままのナイフを引き抜いて捨てた。
「もう治ったのか。まったく恐ろしい」
「貴様ほどの戦士が紛れているとは……なんとも愉快な世界だな、ここは」
「…………?」
ぴくりと、おもむろに屋根の上に転移魔法で跳んだユーリの眉が跳ねる。
今の言葉に引っ掛かるところがあったが、その確認をする前に吸血鬼が飛びかかってきた。
「お前ほどの知能があるなら、どうしてわざわざ人間を襲う。それこそ、例えば人から提供してもらおうとは考えないのか?」
「ククッ……夜の怪物が人間に頭を下げて『血を分けてください』などと、笑わせる。
「──どうだろうな。少なくとも、人間を襲うやつに協力はしたがらないと思うが」
屋根を舞台に、月の光を明かりにして、バックステップで民家の上をユーリとそれを追いながら爪を振るう吸血鬼。それを更に後ろから追いかけるエイミーは、
「──それに、提供してもらおう、だと?」
防刃素材のグローブで、鉄製の武器とすら渡り合える鋭い爪を用いた手刀をいなすユーリは、男が表情を歪める光景を見た。
「何百何千年とこの体で生きて行くことを強制されてきたヴァンパイアに……人間に頭を下げて、血を分けて
だっとエイミーが踏み込んで肉薄せんとした瞬間、ぶわりと男の体から魔力が漏れる。
──不味いと、ユーリがエイミーに視線を向けて口を開いたが、後ろから蹴りを叩き込もうとした彼女の足を、
「逃げろエイ」
「──貴様は我らのことを、我らの体を! 病気だとでも言いたいのかァ!!」
「私は言って──なぁぁいんでええっ!?」
エイミーの足に絡み付く影が、ブンッと全力で振り回した果てに、道路を挟んで向かいにある二階建ての民家の窓に彼女を投げ付ける。
呆気に取られながら窓を粉砕して中に消えたエイミーを見送ったユーリは、自身の影を纏い、闇夜に紛れるような黒い衣服に身を包んだ男を見て、冷や汗を垂らしながら声を出す。
「…………。俺のパクリですか」
ユーリが
──家の中に放り込まれたエイミーは、数秒か一分か、判別出来ない程度の一瞬だけ意識を失っていた。ぱちりとまぶたを開けて起き上がるが、左腕の関節が外れたままであることに苛立たしげに舌を打つ。それからふと、気配に気づいた。
「…………おねえさん、誰?」
「あ? ……あー、えー……」
首を横に向けた先に居たのは、眠気まなこでエイミーを見ている、幼い少女だった。
「──ここ寝室だったのね……ってやば、銀の杭が無い……銀製の道具全部どっか行った!? 凄い、私今日特に役立ってない!」
「……???」
右手で懐を探るエイミーは対吸血鬼用の武器が無いことに気が付く。ぼんやりと彼女を見る少女は、小首を傾げながら再度問う。
「おねえさん、何してるの?」
「いやこの街に紛れ込んでる吸血鬼をぶっころ…………か、怪物退治してたんだけど、外が大騒ぎなの聞こえてなかったの?」
「……うーん、ずっと寝てたからわかんない。おねえさんが窓から入ってきたから、びっくりして起きちゃったみたい」
「へー。────うん?」
そう言いながらもどことなく船を漕いでいる少女の言葉に、エイミーは気になった部分があったことに気が付く。
「えっ、あなた、
「ん」
「はえー……これも吸血鬼の能力なのかしら……あ゛~頭回すの嫌い」
耳を曲げ、尻尾をパタパタと揺らすエイミーのそれらを見て少女は目を輝かせた。
「獣人さんなんだ……!」
「あん? まあ、そうね……っと、長話しすぎたわね。そろそろ行かないと……」
「──! おねえさん怪我してるっ!」
「へーきよこのくらい、とにかく外で暴れてるあの野郎を一発ぶん殴らないことには──」
立とうとしてふらついたエイミーは、傍らのタンスに手を置いて、その上に飾られているシンプルなデザインのネックレスを見つける。
「……このネックレス、貴女の?」
「うん、ママが『悪いやつを近づけない魔法のアクセサリー』だって」
「へぇ……子供を安心させる嘘も要るわよね~……ん、これ銀で出来てるのね」
チャラッとネックレスの先にぶら下がっている十字架に指を這わせて材質を見抜いたエイミー。ふと、逆転の一手を思い付いたが、一拍置いてから、気まずそうに少女に向き直ると質問した。
「ねえお嬢ちゃん、この銀のネックレス、私に貸してくれないかしら」
「おねえさんに……?」
「外で暴れてる怪物を倒すには、どうしても銀が必要なの。必ずぶっ倒して返しに来るから」
──お願いっ! と言って少女をじっと見るエイミー。そんな彼女に、少女は朗らかに笑みを浮かべてあっけらかんと返した。
「いいよっ」
「…………聞いといてなんだけど、いいの?」
「ん。だけどね、えっと……その……」
ちらちらとエイミーの耳と尻尾を交互に見て、少女は恥ずかしそうに続ける。
「全部おわったら、耳と尻尾さわらせて!」
「────。イイワヨ」
──やったー、と喜び万歳した少女は、そのままの姿勢でベッドに倒れて寝息を立てる。
他人に耳や尻尾を触られるのがあまり好きではないエイミーだったが、吸血鬼を仕留める為なら仕方ないと、重いため息をついた。
そして、少女の寝顔を見て、ふと思う。
「……ユーリくんが子供大好きなのも、レイクが娘を大事にしてるのも、フォースが妹たちを愛してるのも……なんか、わかるわね」
口角を緩めて、指先で少女の頬をつつく。それから布団をかけ直してやると、飾られているネックレスを掴んで壊れた窓枠に足を掛けた。
「──んじゃ、悪いやつをぶん殴りますか」
その手に十字架をぶら下げて、エイミーはユーリと吸血鬼の元へと跳躍した。