夜の吸血鬼退治が終わりを迎えて日が昇り、街に住まう人々があちこちの破壊跡に困惑している様子を、ユーリたちは気だるげに眺めていた。
領主を通して状況説明をしている衛兵を尻目に、朝食として用意してもらったバゲットのようなパンを使ったサンドをザクザクと噛み千切り、今になって現れた眠気を堪えながら租借する。
「……ものすーっっっごい疲れた」
「帰りの馬車がベッドに見えるな」
ユーリが目をしょぼしょぼとさせながら口をもごもご動かしてなんとか食べ進める隣で、レイクがそう言った。『ガタガタ揺れる馬車の中だろうと熟睡できるほど疲れている』という、ギルド会員がよく使う皮肉めいた返しである。
──しかし。と言ってから、サンドの欠片を口に放り込んで水筒の中身で流し込んだフォースが、辺りを見渡しておもむろに言う。
「エイミーのやつ、どこ行った?」
「ああ……吸血鬼の親玉にぶん投げられて民家の窓を壊したり借りたネックレスを壊したりで、その修理費だけは自腹を切ってるらしい」
「それお前の提案だろ。あいつは自分からそんなことはしねえからなァ」
「──? いや、エイミーが自分で提案したことだぞ。俺はちょっと感動した」
「へぇ~~?」
そりゃ珍しい、と続けてからフォースはあくびを漏らすと、ポカポカと自分達を見下ろす太陽を見上げてまぶたを細めた。
吸血鬼が浴びることを許されない陽の光をこれほどありがたいと思ったのは、きっと、後にも先にも今日が初めてだっただろう。
──エイミー・ハイドレンジアは、数時間前に吸血鬼の親玉と殴りあっていた時よりも険しい表情で少女に背中を向けて座っていた。
「……あんまり強く触らないでよね」
「──おお……すごい、柔らかい……!」
もふ、と膨らんだ毛並みを撫でるように触る少女は、まさに別の生き物のように動く尻尾に目を輝かせていた。「はぁ~~~」という心底面倒くさそうなため息は、幸運にも聞かれていない。
「ねぇ、おねえさん」
「なーによー」
「わたしも、大きくなったらおねえさんみたいに戦ったりできるようになる」
「え、無理」
「ええっ!?」
尻尾を弄りながらそんな質問をした少女に、エイミーはあっけらかんと返した。
「馬鹿ね。いい? こんな仕事なんて、やらないに越したことはないのよ」
「じゃあ、なんでおねえさんはやってるの?」
「それは…………」
──そりゃ、合法的に悪党をボコボコに出来て、ある程度は好きに暴れられるからよ。
おそらく少し前までのエイミーであれば、さっさとそう言ってこの場を後にしただろう。
逡巡するように頭頂部に生えている三角錐の耳をピクピクと動かすと、エイミーは体をよじって後ろの少女を見て、頭にそっと手を置いた。
「……あなたみたいな子供に、普通の人生を歩んでほしいからよ」
「うー、ん……?」
「こんな一歩間違えたら死ぬような
今はまだ、ギルド会員として世のため人のために戦うことの意味は、子供にはわからないだろう。願わくば、そのままわからないままで居てくれればいいと、エイミーは内心で独りごちる。
「ギルドの会員なんて、大真面目に『誰かのために戦います!』とか思ってるのはうちのユーリくんを含めてごく少数よ。
ほとんどは手っ取り早く金を稼ぎたいとか、兵士になろうとして失敗したからとか……まあ、あぶれた奴の吹き溜まりみたいなもんね」
「へぇ~……」
「これ言うと働きたがる人が減るから控えろって言われてるのよね。みんなには内緒よ」
指を口許に当てて、口角を歪めながら、エイミーはぱちりとウィンクする。
──果たして少女が心行くまで尻尾と耳をひたすらに弄り回されたエイミーは、買い直したネックレスを少女に返すと、壊れた方を懐に入れてその場をあとにした。また、十字架の歪んだネックレスが彼女の部屋にいつまでも飾られることになるのは、余談である。
──朝から馬車に揺られて数時間。ちょうど昼頃に王都に到着したユーリたち四人は、仮眠を取ったお陰で比較的スッキリした面持ちでギルドに戻ると、既にリンとシルヴィアが帰ってきていたことを確認してその背中に声をかけた。
「へっ、お前らの方が早かったみたいだな」
「フォース、別に競争じゃねえぞ」
「あ? ──ああ、そっちも終わったのか」
フォースとレイクの声に反応して、
「どうしたんだその顔……」
「そこのクソガキに聞け」
「え? …………なあシルヴィア」
「なにかね」
「どうしたんだその顔!?」
苛立ちを隠さない様子でリンは顎をシルヴィアにくいっと指す。そちらに視線を向けたユーリは、ギルド内の隅で座るシルヴィアの顔──否、顔面を見て驚愕した。
「まるで大きなクッションの真ん中を手で沈ませたみたいな感じになってるぞ!?」
「解説どうも。いやぁなに、ちょっとリンに無茶な手段で手伝ってもらったのだが……マジで殴られるとは思わなくてなあワッハッハ」
ぐにぐにと顔を揉んで元の形に戻すシルヴィアは、ユーリの言葉にしれっと答える。
「いったい何をしたんだ?」
「約30秒で平均的な魔法使い1人の魔力を絞り尽くす魔力タンクとして利用して一時間半くらいぶっ通しで戦っただけだが?」
「よく殴られるだけで済んだね……。1分で2人分だから……一時間で120人? 一時間半なら180人分の魔力を吸い取ったことになるよね」
「そうだな」
「……よく殴られるだけで済んだね?」
まったくだ。シルヴィアは特に反省の顔を見せない様子でそう言うと、更に続けた。
「そんなリンは『ちょっとダリぃ』だけだそうだ。恐ろしい話だな」
「……つまり?」
「あれだけ魔力を取られたのに少しダルいだけ……彼女の魔力量は、大雑把に計算して吸い取った魔力の50倍はあると見ていい」
「まあ、そんなもんじゃないのか? 俺も外付けのエンジンとはいえ、魔導書×俺自身の魔力で総量は結構ある方だし」
なにかおかしいことがあるのだろうか、とでも言いたげな顔をするユーリに、シルヴィアは目線を斜めに上げてから頭を振る。
「リンは魔女に復讐したいとかなんとか言っていたが……もしかしたら、という杞憂があったからな。少し探りたかったのだよ」
「探るって……」
「例えば──『自身の魔力の暴走で村を滅ぼしたのを、魔女のせいだと思い込んだ』……という可能性を疑っていたんだが、たぶん違うな。あれはただの特殊な人間だ」
──疑り深いなあと小さく呟いたユーリは、ふと誰かがギルドに入ってくる音を耳にする。
「失礼、こちらで働いているユーリ殿、およびシルヴィア殿とセラ殿は居られるか」
振り返ると、出入口付近に──派手すぎない程度に装飾された白い軽鎧を着込んだ、眼鏡を掛けた青年が室内に探りを入れていた。
「あー、はい。俺がユーリです、こっちがシルヴィア。……あだっ」
「おいこらお馬鹿。容易に正体を明かすな」
シルヴィアがそれとなくユーリの背中を小突き、彼の軽率な行動を指摘する。すると、
「ふむ」
「────!」
シルヴィアに気を取られていたとはいえ、ユーリは自分が青年の接近に気づかなかったことへの驚くが、それを隠して表情を取り繕う。
「それで、えっと……あなたは?」
「失礼、私はザック。王城にて陛下をお守りする剣にして盾──すなわち、騎士です」
「なるほど」
姿勢を整えて右手を握り、左胸辺りをトンと叩く動作をする青年あらためザックは、それから咳払いを一つに、本題へと入った。
「ユーリ殿、シルヴィア殿、セラ殿の三名には、城への召集の命が下っています」
「──俺たちに、城に来い……と?」
「はい」
ザックの言葉を聞いて、シルヴィアに視線を向けてから、ユーリは「うーん」と言いながらまぶたを閉じて重く考えるそぶりを見せると──
「仕事帰りで疲れてるので、明日でいいですか」
──そう言って、ザックに問うのだった。