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「仕事帰りで疲れてるので、明日でいいですか」
そう提案したユーリに、騎士──ザックと名乗った男は、考えるそぶりを見せる。
「……ふむ。なるほど、いや確かに。疲れたまま謁見するのは陛下に対しても失礼でしょう」
「分かっていただけましたか」
「はい。ですので……明日、昼頃までに城の方へ来て下さい。門の兵には、私の名前を出せば通すように言っておきますから」
「寛容な判断、ありがとうございます」
ユーリの言葉に、いえ……と返しながら、ザックはそれとなく野次馬していたレイクを見ると、踵を返してギルドから出ていった。
「──はい、仕事に戻ってください」
珍しいものを見た、とでも言いたげなギルド会員たちを、受付嬢──ミヤビがパンと手を叩きながらそう言って散らす。
呆れた様子で近づいてきたレイクが、おもむろにユーリに向けて言った。
「お前……国王に呼ばれたのに拒否するとか、変なところで豪胆だよな」
「睡眠は何よりも優先されるんだよ。いいだろ別に、明日には行くんだから」
「そりゃあそうだが……まあ、俺たちには関係ないからいいか。こっちはこっちで休みてえし、今日はこのまま全員解散ってことでいいな?」
夜から明け方までの半日を吸血鬼との戦いに費やしたユーリたち全員がどこかげんなりとした表情をしており、互いに『もう今日は動きたくない』と言っているのを察していた。
こくりと頷いて肯定したユーリだったが──ふと、気になったことを問いかける。
「さっき、ザックさんにちらっと見られてたけど、知り合いだったのか?」
「あー……? さあな、少なくとも俺は知らない。向こうがどう思ってるかも知らん」
「────」
記憶を掘り返すように視線を斜めに上げて答えるレイクを見てから、ユーリは一瞬、横で会話を聞いていたミヤビとアイコンタクトを取る。
──嘘は、ついていない。であるならば、そこまで深く切り込むこともあるまい。
「そうか。じゃあ……俺たちは帰るよ。ほら行くぞシルヴィア、しれっと気配を消すな」
「にゃーん」
ユーリはそう思案してから、気配を消して会話に混ざらなかったシルヴィアの首根っこを掴むと、引きずるようにしてギルドを出て行く。
「……言わなくてよかったの~?」
それを見送ったレイクは、後ろからの声に振り返る。ダルそうに机に突っ伏しているリンの横に座るエイミーが、仕事終わりの酒を注文しながらそう言って、更に続けた。
「レイクがお城所属の
「聞かれてねえからな」
「うわ、それズルっ」
「──で、あの騎士とはなんか因縁でもあったのか? 見られてたのは本当だろ」
先に来ていた酒を呷ってから、フォースがレイクにそう質問する。
「……いや、受付の魔眼で確かめて貰ってもいいが、マジであいつのことは知らねえ。もしかしたら覚えてないだけで俺の後釜だった……可能性は……あるかもな」
「なんか問題起こしたとかは?」
「起こす前に辞めたからそれはない」
「その辺の自覚はあるんだな……」
エイミーとフォースに呆れられるが、レイクはため息をついてから二人と同じように酒を注文する。ギルド会員とは、はみ出し者の集まりと言っても過言ではない。
──とどのつまり、得てして、ギルドには暴力性の高い人間が集まりがちなのだ。
──翌日、シルヴィアとセラを連れて城の前に訪れたユーリは、立派な建造物である王城を見上げて感嘆の言葉を口にした。
「これはまた……近くで見るとより凄い建物だな、お城っていうのは」
「私はこういう城は数多の異世界で文字通り親の顔より見てきたがなワハハ」
「悲しくなるからやめてくれ」
からからと乾いた笑い声を上げるシルヴィアにそう言いながら、ユーリが城の入口まで歩いて行く。シルヴィアと後ろを着いてきているセラが追従し、ユーリが兵士と話すのを見ていた。
「……なんで俺まで呼ばれてんだ?」
「さてな。私とユーリとセラの三人が関係している事態は数えるほどしか無いが……私はともかく、ユーリは呼び出されるだけの問題についての心当たりしかないからなぁ」
「ああ、前に言ってた、俺たちと会う前にギルドで人を殺したってやつか」
「今になってあの件を掘り返すのかと疑問ではある。おそらく違う理由だとは思うが……」
眼前で城内への扉が開かれて行く光景と共に、ユーリに手招きされたことで、二人は会話を切り上げて三人で中へと入る。
給仕服を着た女性に案内され、飾られた芸術品を視ながら、カーペットの上を歩くと、ユーリは小声でシルヴィアたちに問いかけた。
「なあ、陛下……王様? との謁見って、どうやれはいいんだ?」
「なんだユーリ、国王と対面するのは今日が初めてか?」
「大体の人間はそうだろ」
シルヴィアの言葉にセラが指摘し、彼女はううむと悩むように喉を唸らせて続ける。
「簡単に言えば、無礼でなければよいのだよ。とりあえず前に立ったら片膝をついて跪き、『面を上げよ』的なことを言われるまでは項垂れておく。あとはいつもの丁寧口調を忘れないでおけば──
そう言って、シルヴィアは、ユーリを見上げながら人差し指で首をなぞる。
「…………最悪斬首されるのか……」
「はっはっはっ、300年前くらいの別の異世界で、舐めた口を利いた召喚系の勇者くんが首切られてたのも懐かしいな。その時は宝物庫の神器を盗むべくメイドの振りをしていたんだが……と、その話は今度にしよう」
「無駄話すんな、着いたぞ」
べし、と後頭部をセラに小突かれて、意識を前に向けるシルヴィア。
三人は頑丈そうな扉の前に案内され、女性が扉を開けてから横に退くのを視界に納めた。
「くれぐれも、失礼がありませんように」
「はい。案内ありがとうございました」
深くおじぎをする女性に会釈したユーリを先頭に、三人は室内に入る。
カツカツカツと足音が反響し、その視線の先にある立派な椅子──いわゆる玉座に、一人の老人が座っていることに気が付く。
「────っ」
──刹那、凄まじい威圧感が部屋を満たし、ユーリは反射的に長剣を呼び出そうとした右手から必死に力を抜きつつ、跪いて頭を垂れる。
後ろで二人も同じような動きで跪くのを察知し、ユーリは自分の額から嫌な汗が流れるのを感じ取り、『本当にこれでいいのか?』という疑問で頭がいっぱいになった。
「……顔を上げよ」
──少しして低く、それでいて凛とした、芯の通った声が耳に届く。
おずおずと言われた通りに顔を上げて玉座の方を見たユーリたちは、灰がかった髪と髭を蓄え、その体に老化による衰えを見せない筋骨隆々の男と目を見合わせた。
「ユーリ、シルヴィア、セラの三人だな」
「……は、はい」
「本当ならば、ここにリン・アルタイルも呼び出すつもりだったのだが、そうはしなかった。貴様に問うが、何故だかわかるか?」
「──? えーっと、その……すみません、さっぱりわかりません。
呼び出される理由についても、俺の過去の行い以外に思い付かないものですから……」
申し訳なさそうに言葉を返すユーリに、ふんと鼻を鳴らして、男は──否、アースガーデン王国王都のトップ、国王陛下は言った。
「簡単に教えてやろう。お前たちは……東国に観光に行ってきたらしいな」
「……はい、そうですが」
「………………あっ、ふーん」
「だから俺も呼ばれたのか」
国王陛下は、ユーリたちを順に見てから、その鋭い眼光を更に強めて口を開く。
「観光に行ったと思ったら、
「────あっ」
「うーん正論」
「返す言葉もねぇな」
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はアダム・アースガーデン……この国の王だ」
玉座から立ち上がり、段差を降りて、近づきながら、アダムはユーリに言う。
「ちょっと、俺とお話ししようか」
口許は獰猛な笑みを浮かべていたが、アダムのその目は、笑っていなかった。