その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──まあ、お話っつってもなあ、なにも説教しようってワケじゃあねぇ」

 

 国王陛下──アダム・アースガーデンはそう言って首の骨を鳴らす。

 

「むしろ、古い友人から四十年近く来なかった手紙が来て気分が良いくらいだ」

「友人……東国の、源さんですか?」

「ああ。ちょうどお前たちが仕事に行った後に届いてな。なんで四十年近く手紙を寄越さなかったのか、国で何があったのか、お前たちがなにをしたのか……そういった内容だ」

「なるほど」

 

 アダムが懐から取り出した、細長く折り畳まれた状態から広げたのだろうヨレヨレの紙を見せると、ユーリは得心が行ったように頷く。

 

「ふっ、窓から鳥が入ってきたと思ったら足にこれがあったから何事かと思ったぜ」

「で……伝書鳩……」

 

 手紙を仕舞い、咳払いをしたアダム。そんな二人を見ながら、それとなく気配を消して入ってきた扉の方に数歩下がっているシルヴィアとセラが小声で話をしていた。

 

 

 

 

「ふむ、パターンA『超堅物タイプ』とパターンB『フランクタイプ』の中間……といったところか。パターンCと命名しようかね」

「堅苦しいのは苦手だが礼節は重んじるって感じか。タメ口利いたら首が飛ぶな」

「いやはや、ユーリがちゃんと年齢相応の態度を取れる大人で助かったな」

「お前、こういうテンプレ展開は腐るほど見てんのか。異世界歴500年だったか?」

「うむ」

 

 シルヴィアはセラの問いに肯定して、眼前でのユーリとアダムの会話を眺める。

 

「……うん?」

「なんだ?」

 

 ──この光景、何回目だ? という自問を内心で独りごちる彼女は、背後から聞こえてきたドタドタという足音をセラと同時に耳にした。

 

 

 

 

「──ああそうだ、ユーリ。お前らは確か……南の商業都市にも行ってたんだよな」

「……? はい、そうですけど」

「じゃあもうアイツには会ってるな?」

「アイツ……?」

 

 ……アイツとは? ユーリがそう聞き返そうとした──その刹那。

 

「──おとーさーん!! ユーリくんたちが来てるってほんとーっ!?」

「ぐえ」

「おご」

「なに!?」

「……バカ娘が」

 

 不意にバン!! と勢いよく扉が開け放たれ、すぐ近くに居たシルヴィアとセラが弾かれて床に吹き飛んだ。そしてズンズンと歩みを進める少女の顔を見て──ユーリの頭は混乱を極める。

 

「……………………お嬢様?」

「やっほうユーリくん。あっ見て見て腕の傷全部治ったの、あの薬めっちゃ効いたわよ」

「それは…………よかったですね?」

「それで、シルヴィアちゃんとセラくんは?」

「足元に転がってますが」

「あら」

 

 煌めく金髪を揺らし、動きやすいのだろうシンプルなシャツとズボンを身に纏い、アイリーン・アルジャーノンはにこやかに笑った。

 

「……なにやってるの?」

「貴女にぶっ飛ばされたんですよ」

「そんなの避けられない方が悪いわね」

「この……クソガキ……っ」

「────ぶち殺すぞ」

「二人とも抑えて! 本音が漏れてる!」

 

 起き上がりながらぶつぶつと殺意の籠った声を漏らすシルヴィアとセラに、ユーリは忠告する。その横で額を手で覆っていたアダムはため息を漏らすと、それからアイリーンを手招きした。

 

「アイリ、ちょっと来い」

「なーにー?」

 

 久しぶりにユーリたちと会えたのが嬉しいのか、ウキウキとした感情を隠さずに近づくアイリーンだったが──アダムの元に向かった瞬間、容赦なくその顔面にアイアンクローを食らわされた。ミシミシと音を立てて、その体が持ち上がる。

 

「いっっっだだだだだだだだ!!?」

「お前は学んだ淑女の振る舞いを翌日に忘れる程度の知能しかねぇのか?」

「ちょ、まっ──ばぁあああっ!?」

「扉を勢いよく開けるな大声出すな城ではドレスを着ろ、最低限それだけ守れるならあとは好きにやれ──俺はそう言った筈だが」

 

 額に青筋を立てて、その大きな手のひらでアイリーンの顔を包むように持ち上げて、万力のごとき力で締め上げる。この光景を見て、ユーリは『いつもこうなんだな』と静かに悟っていた。

 

「……あの、陛下。おじょう──アイリーン様への折檻はそのくらいにしてあげては」

「──ふん。反省してるか?」

「ひてまふ」

「してねぇな。だが、まあいい」

 

 ユーリに窘められて、アダムは仕方ないとばかりに渋々アイリーンを降ろす。

 

「……いたたた」

「大丈夫ですか?」

「へーきへーき。手加減はされてるから」

「……アイリーン様、反省して行動を改めようとは思わないのでしょうか?」

「そのうちね」

 

 ──あっ、これまたやるな。ユーリの直感はただただそんな言葉を発していた。

 ごほんと咳払いをして、アダムはゆらゆらと揺れるアイリーンの頭を掴むと、動かないように固定しながらユーリ達に言う。

 

「こいつはアイリーン・アースガーデン。一応、俺の娘だ。『アルジャーノン』は外行き用の偽名みたいなもんだな」

「いや~~黙っててごめんね?」

「いえ……驚いてはいますが、お気になさらず。たぶん後ろで気配を消してた自業自得コンビは正体を察してたと思いますが」

 

 困り顔をしながらも、ユーリは苦笑を浮かべて二人の言葉にそう返した。

 

「……ということは、ヴァレンティナさんもお城で働いている給仕さんだったんですね」

「──はい、その通りでございます」

「うぉおわぁっ」

 

 ユーリが口にした疑問に、突如として現れたヴァレンティナ・ヴァレンタインその人が横合いから答えた。驚いて肩を跳ねさせたユーリがそちらを見ると、()()()()では自分以外で見たことのなかった黒髪を短く揃えている女性が、微笑を浮かべて会釈をする。

 

「お久しぶりです、タチバナ様」

「……ヴァレンティナさん」

 

 自然と口角が緩むユーリは、()()に違和感を覚えて口許を指で触れつつ、一拍置いてアダムの方へと向き直る。アダムはユーリたち三人を見てからヴァレンティナに言った。

 

「ヴァレンティナ、持ってきたか?」

「はい。──陛下、こちらを」

「授与式でもやろうというのかね、陛下」

「……はっ」

 

 小首を傾げながらそう言ったシルヴィアに、アダムが鼻で笑う。

 ヴァレンティナから渡された小箱を開けると、中身を取り出して──1つずつをユーリとシルヴィア、セラに指で弾いて投げ渡した。

 

「おっと。……これは、硬貨?」

「この国で使う奴ではないな」

「……金貨っつーか、コインだな」

 

 三人がそれぞれ反応し、手のひらに転がした硬貨を見やる。取引に使うためのお金ではないそれには、シンプルな六芒星が刻まれていた。

 

「昔、なんかの記念品として作らせたんだが……使い道が特に無くてな。折角だから貰っとけ、それを見せれば自由に出入りできるようにしてやるから──無くすなよ?」

「そんなことをしていいんですか?」

「お前らとは『良い関係』を築いておいたほうが得になると俺の勘が言ってるからな」

「……なるほど」

 

 転生者が二人と神の駒(てんし)が一人。これらと良好な関係を築けるのであれば、有用な戦力にもなる。ユーリ達の正体を知らないながらにその選択を取ったアダムに、彼らは内心で感嘆した。

 

「それじゃあ、今日はもう帰って良いぞ。明日からは城の図書室なんかも好きに使え、ただ……入っちゃならねえところもあるからな」

「……例えば?」

「教えてやんねえ。そういう所には兵が居るから、自分で考えろ」

「わかりました」

 

 記念コインを懐に仕舞うユーリたちに、おもむろに歩み寄るヴァレンティナが提案した。

 

「では、外までご案内します」

「私も行こーっと」

「……では、お言葉に甘えて」

 

 先導するヴァレンティナとスキップ混じりで跳ねているアイリーンを筆頭に、ユーリたちはアダムへの一礼をしてからその場をあとにする。

 残ったアダムは、三人の背中を見送ると──スンと表情を暗くして思考に耽った。

 

「──明らかにユーリたち三人は、持ちうる常識、知識、思考が俺たちとはどこか違う。

 まさかとは思うが……あいつのイカれた考えは当たってたのか……?」

 

 その脳裏に、古い知り合いのうちの一人を思い浮かべて、アダムは呟く。

 

「まだ警戒が要るな。あいつら──どうも()()()()()()()()()()()に巻き込まれ過ぎている」

 

 

 

 

 

 ──翌日、早速と城の設備を利用するべく訪れたユーリは、図書室で植物図鑑を読んでいると、にんまりと愉快そうな笑みを浮かべるアイリーンに絡まれて、とある提案をされていた。

 

「ねぇユーリくん、組み手しない?」

「嫌です……」

「なんで?」

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