──ギルドの向かいに位置する一軒家。
いつぞやに契約して以来、居ない時間の方が長いのではないかと思案しつつ、ユーリは玄関の扉を開けて中へと入った。
「ただいまー」
「おかえり。やけに早かったじゃないか」
ソファに座り、膝に乗せた本を片手で捲りながら、シルヴィアがちらりと入ってきたユーリに視線を向けながらそう言った。
ユーリは帰って来た理由を誤魔化すために、逡巡してから口を開く。
「あー……お嬢様に
「なるほど」
空いてる手で紅茶を飲むシルヴィアは、本を畳んで退けると対面のソファにユーリを案内するように手を差し出して言う。
「まあ座りたまえよ、セラが買ってきたパンを紅茶のお茶請けにでもしよう」
「あいつパン買ってきたの……?」
「悪いかよ」
「うおっ」
オープンキッチンの向こうから顔を覗かせるセラが、小さいクロワッサンを口に放り込みながらそう言って返す。バスケットに入れられた多種多様のパンを見て、ユーリは眉を潜めた。
「なぜクロワッサンが……」
「何を言うかユーリ。異世界だぞ?」
「そりゃお前、異世界だからな」
「『異世界』はなんでも許される魔法のワードじゃないからな……?」
当然のような顔であっけらかんと言う二人に苦笑をこぼしつつ、座ったユーリは、シルヴィアに向かい合うと一拍置いて問いかける。
「──シルヴィアは、別の世界からこっちに逃げてきたんだよな?」
「そうだな」
「その辺の詳しい話はできていなかったから、細かく聞きたかったんだが……」
ユーリの提案に、シルヴィアは視線を上げて思い返すように思考を巡らせる。
彼女は、王都から南の商業都市で天使──セラとミカエルに襲われ、セラに助けられた際に軽く事情の説明はしていたことを思い出した。
「──そうだったな。もう少し事細かに、私の人生を振り返ってみるとしようか」
ごほんと咳払いをしてから、シルヴィアは背後のキッチンに立つセラと眼前のユーリに向けて、当時を思い返すように口を開いた。
「まず500年ほど前、私は死んだ。理由は思い出せないが事故か災害で死んだ私は、神を名乗る不審者──世界の管理をしている上位存在に魂を拾われ、力を貸してほしいなどと言われた」
「シルヴィアの知ってる……神様? って、どんな人だったんだ? 人ではないけど」
「ヤツは……初めて見たときはそれこそ『女神』って
──荒んでる……。と脳裏で独りごちるユーリを前にして、シルヴィアは続ける。
「……それで、私に壊れ行く世界の破壊と魔力の回収を頼んできたヤツに対して、私は
「なあ、世界の破壊っていうのは、具体的にどうやって行うんだ?」
「まさか君、私が物理的に世界を粉砕していたとでも思っていたのか?」
「はっはっは、まさか」
すっ……と目を逸らすユーリに、シルヴィア呆れ気味に苦笑いする。
「……『世界を壊す』というのは結果的に消えてなくなるからそう表現しているだけで──実際には、
「…………???」
「メタ知識が混ざると一気に君の理解を超えてしまうのがなぁ」
頭上に疑問符を浮かべて困惑しているユーリを見て、シルヴィアが悩むそぶりを見せる。
んー、あー、と呟いて、それからシルヴィアは噛み砕いた説明を始めた。
「ものすごく簡単に言うと、例えばそこが『勇者と魔王が実在する世界』だとする」
「うん」
「そこに介入した私が、『勇者より先に魔王を殺した』とする」
「うん」
「そうすると、勇者が役目を果たす前に物語が終わってしまったわけだ。それが、その世界での『物語の破綻』ということになる」
「うん……?」
首を傾げながらもなんとか話を理解して、ユーリはつまり……と言ってから返す。
「要は……切羽詰まってる世界で邪魔をしまくったのがシルヴィアの仕事だったのか」
「とてつもない言い方だが合ってるのが困る」
「端から見たらただのお邪魔虫だものなぁ……そりゃあ破壊者なんて蔑称で呼ばれるわけだ」
得心の行った様子で背もたれに体を預けるユーリは、はぁと息を吐いた。
すると、そんなユーリの前で、シルヴィアがおもむろに手元に作り出した銀の波紋から鮮やかに輝くスイカほどの大きさの玉を取り出す。
「ちなみにこれがその、あらゆる世界から集めてきた魔力を圧縮したモノだ」
「へー、持ってみていい?」
「いいぞ。うっかり落としたらこの場を中心に超新星爆発並の衝撃が発生するがな」
「じゃあいいです。──いやちょっと待てなんでそんなものを必要としたんだ!?」
伸ばした手を引っ込めながらもそう質問するユーリ。シルヴィアは、あっけらかんと言う。
「それこそ正に、超新星爆発を起こすためだろう。
「──宇宙を作ろうとした、のか?」
「うむ」
ユーリは玉を仕舞いながら肯定するシルヴィアを見て、先程までの会話を思い返すと、改めて彼女へと問いかけた。
「もしかして……シルヴィアの方の神様って、
「──ああ、そうだ。ヤツの世界は、何者かに壊されて消えてなくなった。だから、ヤツは魔力球の爆発で1から世界を作り直そうとしていたのだよ。私は……その為の駒だ」
自虐的に笑みを浮かべるシルヴィア。彼女は、それから更に口を開くと淡々と呟く。
「この500年、ガキ特有の万能感に酔いしれて世界を壊して回って、ようやく自分の愚かさに気づいた頃には用済みとして殺されかけた。
それでこの世界に逃げ込んで、わざと奴隷商に捕まって国に潜り込んで、そこでユーリと出会ったわけだな。ドラマチックだろう?」
「……シルヴィア」
「君は私をそう呼ぶが、厳密にはその名前も正しくはない。
この顔だって、ここに逃げてきたとき、咄嗟に
──ははは。と乾いた笑い声を上げて、シルヴィアは指で頬をぐにっと弄る。
「私はもう自分の顔も、両親の声も、友人の名前も、何も覚えていない。神に利用されたクソガキには、何も残されていない」
「────」
「……そんな何もない私だが、今では君たちと生活するのが結構楽しかったりするんだ」
疲れきったような顔で笑うシルヴィアは、ユーリと顔を合わせて締めくくる。
「──私の新しい家族。そう、思ってしまっても……いいだろうか」
「もちろん。なあ、セラ?」
「俺に振るな。……好きにしろよ」
嫌そうにしつつも否定はしないセラに小さく笑うユーリは、シルヴィアに言葉を返す。
「俺としても、シルヴィアはしっかりし過ぎて逆に不安に思える姪っ子って感じだったからな。これからはもっと頼ってくれていいんだぞ」
「──まあ、私の年齢的に言えばユーリは孫みたいなもんなのだがな」
「えぇ……」
「ふ、冗談だ」
そう言うと、シルヴィアはソファから降りて、関節を鳴らしながら上着を羽織る。
「どこかに行くのか?」
「少し早いが、外の空気を吸いがてら夕飯の材料を買ってこようと思ってな」
「俺も行こうか」
「いやいい、一人で散歩したい」
「そうか」
上着の中に入った後ろ髪を外に出す動きをして、それからシルヴィアは玄関に向かう。
シルヴィアがおもむろに振り返ると、彼女は二人に向けてニヤリと笑った。
「今日の夕食には期待しておきたまえよ」
「……ああ。楽しみにしてる」
「ふふふふ。じゃあ、行ってくる」
パタンと閉まる扉を見送ったのち、ユーリも同じように席を立つと、キッチンで話を聞きながらモソモソとパンを食べていたセラを見る。
「──なあセラ」
「あん?」
「シルヴィアは未だに、神様やミカエルに狙われてるんだろ?」
「だろうな」
「……じゃあ、こっちからミカエルとコンタクトを取れたりしないか?」
「は?」
すっとんきょうな声を上げるセラは、ユーリの次の言葉に面倒くさそうな表情をした。
「──ミカエルにリベンジしたい。セラ、お前の力を貸してくれ」
「……お前のその選択が正しいとは限らねえぞ。むしろ断言してやる、この行動は失敗だ」
「だろうな。でも、いずれ向こうとまた戦うことになるのも確かだ。それが遅いか早いかの違いでしかない。そうだろう?」
「…………ふっ」
──わかったよ。セラは、呆れながらもその口角を僅かに緩めてそう言うと、空間を操作して手元に『窓』を発生させるのだった。