その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「──しっかし、いつになったら俺たちの出番とやらは来るのかねぇ」

「知るか」

 

 森の奥で焚き火を作り、太い枝で組んだ土台に鍋を吊るす老人に少女が返す。

 鍋の中にキノコや薬草を投げ込みながら、少女──東国から逃亡してきた(えにし)が続ける。

 

「あの影の言うとおりにここで待機していれば、いずれヤツにリベンジするチャンスは来るのだろう。私はそれを待つだけだ」

「ストイックだな。方向性はやべーけどよ」

「ふん、人のことを言えた義理か」

 

 老人──暗殺者・オズワルドの言葉を鼻で笑う縁だが、しかし……と言ってオズワルドを見ると、眉を潜めてから口を開いた。

 

「本当にじいさん……山田(げん)や、王都の国王と知り合いだったのか?」

「おう。まだ20代の頃だったから40年近く前になるが、その頃の俺ァ、ゲンやアダム……あいつの奥さんや()()と馬鹿やってたもんだ。突然女になったと思ったら仲間と一緒にどっかに消えた奴も居たが、元気にしてんのかねぇ」

「……最後だけ変じゃなかったか」

 

 なんのことだかと首を傾げるオズワルドは、縁からの質問に再度答える。

 

「そんな当時のお仲間を殺したいのか」

「……どうだかなぁ。俺ァ、今も昔も学の無い馬鹿だからよ、マトモな人生の歩き方も知らねぇ。そのクセ、あいつらに頼ることもしなかった。俺の時間は……どこまでも愚かだったあの日から、止まっちまってるんだなァ」

 

 木を削って作ったお玉で鍋をかき混ぜながらそう言うオズワルドに、縁は返した。

 

「ああ、お前、()()()()()()のか」

「──そのやり方もわかんねぇ。だから俺ァとにかく、あいつらと喧嘩するしかねぇんだ」

「命懸けの殺し合いの間違いだろう」

「かもなァ。へっへ」

 

 コン、とお玉を叩いて、縁に言った。

 

「出来上がり。昔よく作ってた、その辺の動物の肉と薬草とキノコの鍋」

「……食えるんだろうな」

「俺がなんで毒味役って呼ばれてたと思ってんだ、ちゃんと食える奴かは確かめたぞ。毒草と毒キノコ齧って二回死んだけどな」

「不死身の無駄遣いめ」

 

 

 

 

 

 ──自身の管理する世界を俯瞰する高次の空間。そこで世界のあらゆる場所で起こりうる問題や災害などのバランスを整える作業を行う上位存在(かみさま)ことゼムと、その補佐をしながらもシルヴィアを付け狙う上位存在──ルーラーは、ふと現れた『窓』に意識を向けた。

 

「よう」

「ふんッ!」

 

 ルーラーの部下である天使(ミカエル)の真横に現れた『窓』からひょこりと顔を覗かせてきたセラ。そんなセラの頭を切り落とさんと振り抜いた細身の剣を、『窓』から引っ込める形で避けると、セラは一拍置いてからもう一度顔を出してきた。

 

「おい、いきなり斬り掛かるな」

「ならいきなり現れるな」

「そりゃごもっとも」

 

 ミカエルの苦言に肯定しつつ、()()()()()の頭を動かして、視点が反転しながらもセラはルーラーに視線を向ける。

 自分を裏切って敵側(シルヴィア)に寝返った天使を目の前にしながらも、その態度は余裕綽々とでも言いたげである。それに対して妙な違和感を覚えながらも、セラはミカエルに問いかけた。

 

「ユーリがお前と戦いたいらしいぞ」

「…………ユーリ?」

「とぼけんなよ。前に俺とお前で襲撃したときに居た男の方だ、あいつはどうやら、破壊者(シルヴィア)を痛め付けたお前にご立腹らしい」

「その誘いに私が乗ってやるメリットは?」

「俺が『窓』で下界(こっち)にお前を呼び出せるんだ。ユーリを倒してそのままシルヴィアをぶちのめせると考えれば、十分なメリットだろ」

「なるほど。一理はある」

 

 刀身が四角の剣を構えながら、ミカエルはそう言うとルーラーに視線を向ける。

 口角をにやりと吊り上げて頷いたルーラーからの許可を見て、ミカエルは言葉を返した。

 

「──いいだろう」

「なら……1分後にお前の横に『窓』を開ける。所詮口だけの約束だが、俺はお前らの決闘に手出しはしないとだけ言っておく」

「そうか」

 

 そう言い終えると、セラは一旦『窓』から顔を引っ込めてそれを消す。

 きっちり1分後に再度現れた『窓』は等身大の大きさで、ミカエルは小さくため息をついてからその中へと入っていった。

 

「あまり私の世界で部外者に暴れられるのは困るのですけれどね」

「安心したまえ、決着をつける方法なら向こうが用意してくれたではないか」

 

 ゼムのぼやきに、ルーラーは淡々と返す。

 

「それに、向こうのルールに則る必要はあるまい。もう既に……手は打ってある」

「……?」

 

 ルーラーの呟きにゼムは首を傾げるが、()()()()()と作業に戻る────直前、ピタリと動きを止める。なにが、『まあいいか』なのか? と。

 

「────」

 

 まるでモヤが掛かっていたかのように鈍い思考が、急速に再起動を始める。

 世界の管理者である上位存在の自分に、()()が干渉している。()()がおかしい。

 果たして自分はここまで、疑問に違和感を抱けないような存在であったか? 

 

「ルーラー」

「なにかな?」

 

 思えば、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

『立花遊理がこの世界に来た』のも、『その直後から吸血鬼が現れた』のも、『シルヴィアがこの世界に逃げてきた』のも、『それを追ってルーラーとミカエルとセラがこの世界に来た』のも。

 

 ()()()()()()()()()()()()すらも含めて、その何もかもが、おかしい。

 

「ルーラー、貴女は「──どうしてこの世界に逃げてきた破壊者の位置を特定出来たのか」

 

 咄嗟に口を開いたゼムの言葉に被せるように言うルーラー。彼女は、台本を読み上げるかのように、手元に見覚えの無い本を置きながら、淡々とゼムの疑問に答える。

 

「どうしてこの上位存在は自分の世界を放っておきながらずっとここにいるのか、どうして自分は、この違和感に気づけなかったのか」

 

「────」

 

「君の名誉のためにもこれだけは言っておいてやろう。君は気づけなかったのではない。あらゆる疑問に、()()()()()()()()ように思考を誘導されていただけだ」

 

 手元の本をゼムにも見えるように掴むルーラーは、ふっと笑い彼女を見る。

 

「それは……まさか──!」

 

 ゼムはその本が神器の類いであると気付き、その正体を理解した。そしてその危険性も即座に見抜いて、つい先程までいたセラたちにこの事を伝えようとし────

 

「おっと、ネタバレされるのは困る」

「なん、がっ──!?」

 

 突然ルーラーの足元の影から現れた黒色の質量が、ゼムの体を捉えて壁際に叩きつける。

 そのまま粘着して壁に固定すると、余った質量は、一人の女性に姿を変えた。

 

()()()()、立花遊理はミカエルと決闘を行うらしい。そこに介入して、奴の魂を奪ってこい」

「────」

 

「っ……待ちなさい!」

 

 女性は再度黒い質量の塊に姿を崩すと、その場から消えた。ゼムの言葉は届かず、それから彼女はルーラーを睨み声を荒らげる。

 

「ルーラー! 貴女、なんてものを持ち込んでいるのですか! そうまでしてあのシルヴィアという女性を殺めたいのですか!?」

「それは過程の話だ。私はね、ゼム──世界を作って、もう一度管理者になりたいんだよ」

「……!」

「そのためにこの世界を利用するのもまた、過程の話だ。悪く思わないでくれたまえ」

 

 ルーラーの手にある本に視線を向けて、ゼムは「やられた」と呟き思案する。彼女が危惧している本の名は、【世界を創る者の台本(クリエイター・スクリプト)

 

 

 

 その能力は、ただシンプルに──『書いた内容通りに世界を動かせる』というものである。

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