その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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『窓』を通って外に出たミカエルは、数メートル離れた位置に立っているユーリを見つける。背後で『窓』が閉じるのを一瞥し、それから数歩前に出ると言った。

 

「アレに仕返ししてくれとでも頼まれたか」

「シルヴィア、だ。間違えるな」

 

 そう言いながらワイシャツの上に自身の影を這わせ、ユーリはそれをコートのように纏う。

 互いの間に流れる空気が()()ような感覚を覚える二人に、少し離れた場所で見ていたセラが、気だるげな声色で問いかける。

 

「んで、お前らお互いに何を望むんだ?」

「破壊者を差し出せ」

「……シルヴィアに謝罪をしてから、二度と関わらないでほしい。つまりこの世界から手を引いてくれるならそれ以上は望まない」

 

 淡々と告げるミカエルと、一拍置いてからそう提案するユーリ。彼女はふんと鼻を鳴らし、ユーリの顔を見ると口を開く。

 

()()、聞き入れてやる。アイツがどうするかまでは保証できないがな」

「アイツ?」

「ミカエルの方の上司」

「なんでみんなして、神様のことを『神様』って呼んであげないんだ?」

上位存在(アイツら)を『神様』って呼ぶの、地球の人間だけだぞ。ただの『世界を管理する上位存在』を神として扱うやつはそう居ねえ」

「上司なのに尊敬とかはしてないんだ」

「……あんなの相手にするわけねーだろ」

「右に同じ」

「えぇ……」

 

 ──天使とは……? と内心で独りごちるユーリだったが、よし、と呟いたミカエルの纏う気配が剣呑なモノに変わるのを感じとる。

 

「じゃあ、さっさとやるか。別に仲良しこよしがしたくて来た訳じゃない」

「そうか。……そうだな」

 

 ほぼ同時にそれぞれの右手に剣を召喚すると、不意に、ユーリの目にチリチリと光が弾ける。まぶたを細めたユーリは、その脳裏にコマ送りのような途切れ途切れの映像を想起する。

 

「っ」

 

 ──路地裏、夜、誰かに見られていて、正体を探ろうとして、()()()()()()()()

 

「…………んん?」

「なんだ」

「……なあミカエル、俺とお前って、この世界で会うのは二度目だよな?」

「────ああ」

「そう、だよな……?」

 

 小首を傾げるユーリにそう返して、ミカエルは四角い刀身の剣を構えた。

 頭を振って同じく長剣を構えるユーリを横目に、セラがすっとその場から離れた。一瞬の静寂の後──合図もなく戦闘は開始される。

 

 小手調べとばかりに生み出された分身剣が三本飛来し、ユーリはそれを左手の指をくいっと曲げる動作で発動した嵐魔法による暴風で弾く。

 

 姿勢を低くしながら肉薄するユーリは(コート)の袖口から手斧を取り出し、左手に握らせて下投げで投擲。ミカエルは横合いの空中に生成した四本目を飛ばして手斧を弾き飛ばすと、更に三本生み出して上から降らせる。

 

 弧を描いて降ってきた三本の分身剣をちらりと見て──ユーリの思考が、カチリと切り替わる。ほんの一瞬足でブレーキを掛けてから再度踏み込むことでタイミングをずらし、地面に突き刺さるそれの隙間を縫うように避けた。

 

 遂にミカエルに切っ先が届くといった間合いに入る──寸前、生成できる限界まで生み出された分身剣の八本目から十一本目の四本がミカエルの背後から飛んでくる。

 

 上下から挟むようにユーリへと接近し、まるで巨大な獣が噛みつくかのような軌道の四本を見て、目を僅かに見開いたユーリは長剣を振りかぶる。相討ち覚悟かとミカエルは一瞬思案するも、『こいつはそこまで馬鹿じゃない』という信頼にも似た確信から警戒心を強めて──ユーリはそんなミカエルの眼前から、ふっと姿を消す。

 

「────」

 

 ──転移魔法による、眼前から突然消えるという不意打ちに、ミカエルの意識は刹那だけ混乱した。声も出さず、殺意も抑え、限界まで空気の揺らぎも抑えたユーリの首を狙った背後からの一閃を、ミカエルは半ば勘と賭けで防ぐ。

 

「──っ」

 

 無言だが、ピクリと目尻を痙攣させたユーリの苛立ちを端的に受け取りつつも、ミカエルは自身の刀のように細い剣と向こうの長剣で鍔迫り合いに持ち込む。

 形が同じなだけでそもそも人間ではない彼女の細腕は見た目に反して怪力を発揮し、ユーリは背中から後方へと嵐を吹き出すことでジェット噴射のような勢いを得て拮抗させていた。

 

 

 

 

 

 ──そんな光景を離れた所から眺めていたセラは、『よくやるな』と感嘆していた。

 まだ一分も経過していない速度での攻防を見ているセラだったが、その背後に、ドロリとした影のような質量が現れ、膨らんで形作る。

 

 人間の女性の形に()()と、その様子に気づいていないセラの耳と目の間辺りを、さも当然のような動きでトンと指で小突いた。

 

 

「────!!」

 

 そこでようやく違和感を覚えたセラは振り返りながら、『窓』を手元に開けて自身の得物である刀を抜き放ちつつ振り返る。

 だが視線の先には()()()()()、王都から離れた草原の草木が揺れる光景だけが広がっていた。

 

「……なんだ……?」

 

 ──気のせいか、と考えて刀を『窓』に仕舞いつつ、セラは改めて体の向きを戻して二人の方を見た。じわりと、紅い目の奥にドス黒い魔力が染み込んでいることに、気づかないまま。

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