アースガーデン王国王都南区域に建てられた依頼斡旋所──ギルドの一角に、暇を持て余したシルヴィアとリンが座っていた。
受付嬢ことミヤビが休憩時間を利用してその席に混ざると、軽食を済ませたシルヴィアが、重いため息をついてから口を開く。
「まるで女子会だ……と言いたかったが、最悪なことにこの場に『女子』が誰もいない」
「女子……女子ですか。果たして女子の定義とはなんなのでしょう」
「少なくとも学生くらいの歳を超えたらもう女子とは言わねえだろ」
ミヤビとリンがシルヴィアに続けてそう言った。シルヴィアはそれから、ギィと背もたれを軋ませるように体を預ける。
「──ユーリとセラが居なくなってもう
「お前の持ってるよく分からん力なら、探そうと思えば探せるんじゃないのか?」
「望んだモノの場所を正確に把握する道具ならあるが、わざわざそれを使ってでも見つけなければならん理由も無いのでな」
「マジであんのかよ」
見つけようと思えば見つけられる、と暗にそう言いつつ行動には移さないシルヴィア。今回ばかりはその行動が幸いとなっていることには気付かず、更にリンと話す横からミヤビが言う。
「シルヴィアさんはお二人の親ではありませんからね。別段ユーリさんたちは弱いわけでもありません、心配しなくても大丈夫かと」
「そうだな。男子三日会わざれば刮目して見よとも言う、どうせならあと一日くらい放置してそのあと探しにいこう」
「その言葉の意味はなんとなくわかるが、そのためだけに放置するのはどうなんだ」
──熟成させてんじゃねえよ。と呟くリンに視線を向けると、シルヴィアは問いかけた。
「そういえばリン、君は確か、魔力を直接氷に変換できる体質なんだったな」
「急にどうした」
「いや、今までリンが生成した氷を思い返してみたのだが……ちょっと気になることがあってな、これを凍らせてみてくれるか?」
「あん?」
シルヴィアはずいっとテーブルの上を滑らせるようにして、リンの手元に水の入ったコップをスライドさせる。それを受け止めたリンは、頭に疑問符を浮かべながらも言われた通りにコップを握り、掌を起点にパキパキと凍結させた。
「これでいいかよ」
「……なるほど」
「お前……なにがしたいんだ?」
当然の疑問をシルヴィアにぶつけるリンだが、彼女はコップの中で凍った白く濁った水を見て、それからミヤビに意識を向けて声を掛ける。
「そうだな、その前に──ミヤビ氏」
「なにか?」
「例えば……冬に川の水が凍っている光景を見たことはあるだろうか」
「ありますよ」
「その氷は、こんな風に
リンが眉をひそめるのを横目に、ミヤビはコップの氷を見て、視線を斜めに上げて記憶を思い返すようにしてからポツリと言った。
「…………いえ、大抵は透き通っていました」
「それは何故だと思う?」
「──不純物が混ざっていない?」
「半分は合ってる。実際のところ、不純物が無かったり……あとは気泡が混ざっていない氷は、透明度があって固く、溶けるまでに時間が掛かったりするものだ」
「あたしの氷はそうじゃねえってか」
「魔力を蒔いて凍結。それで完結しているのは強みだし、速度と威力を重視するのならそれで十分かもしれんが……」
一度口を閉じると、シルヴィアは考えるそぶりを見せて改めて口を開く。
「ただ早くて威力がある
「────」
「魔法で作るモノはあくまでも『魔力で構築された物理法則に限りなく近い物質』だ。つまり……魔力操作の精密さを上げれば、リンの作る氷には速度・威力に硬度も加わる……筈だ」
「せめて言い切れよ」
「結局は君の才能ありきだからな」
呆れ気味のリンにあっけらかんとそう言い返すシルヴィアは、手のひらに浮かべた炎系統の術式で熱を生み、コップの氷を溶かして水に戻す。
「
「そうは言われても
「唐突に重い話をぶっ込んでくると胃もたれするからやめてくれないか────」
──刹那、ぴくりと、シルヴィアたち三人は空気の変化に気づいて体を跳ねさせる。
嫌な感覚、妙な気配、肌をちりちりと刺激する強烈な敵意。それらに勘づいて、大慌てでギルドの扉から飛び出すように外へと向かう。
「なんだ、なにか──なにかが来る……!」
「リンさん、上から王都の外を見てください!」
「……ちょっと待ってろ!」
慌てるシルヴィアの隣でミヤビがリンに指示を出し、言われた通りにだん! と片足で地面を叩き、リンは足元から氷を生やして上へ上へとせり上げると、それに乗って上空へと向かう。
「ミヤビ氏、右目を閉じろ!」
「はい?」
「私の魔眼を使ってリンと視界を共有する!」
「──なるほど、頼みます」
急速に成長する竹を思わせる四方1メートル程の氷の横で、シルヴィアはミヤビの肩を掴んでそう伝える。二人で右のまぶたを閉じて、シルヴィアだけはその裏の眼球に魔法陣を浮かばせると──一拍置いて、王都を見下ろせる高さに立っているリンの視界とリンクした。
ぐるりと辺りを見渡すリンの視界を通して王都の外を見やるシルヴィアとミヤビは、眼前の光景に冷や汗を垂らし、驚愕する。
「……なんだ、これは……!?」
「────この数は……不味い」
二人の小さな声を皮切りに、ようやく、遥か遠くから地響きが聞こえてくる。
その音の正体が王都を囲むようにして全方位から迫る
「──
「シルヴィア! 王都が──」
氷を根元から徐々にかつ高速で解除して着地したリンに、シルヴィアは短く返す。
「わかってる! ……ミヤビ氏、ギルドから人員をかき集めて警戒体制を取ってくれ、私は城に向かってこの事を伝えなければならん」
「はい。お急ぎください」
こくりと頷いて、ミヤビはギルドに踵を返す。ダッと駆け出したシルヴィアに反射的に付いていったリンは、少しずつ大きくなって行くまばらな足音を鋭い聴覚が拾って顔をしかめる。
「不味いんじゃねえか……? よりにもよってユーリたちが居ないときに」
「いや、逆だ。ユーリたちを引き離したうえで、居ないところを狙っている」
「──ふーん」
苦い表情でそう言っているシルヴィアに、リンは
文字通り風を切る勢いで王城に全力疾走をする二人を奇異の目で見てくる民衆を無視し、それから5分と経たずに城門付近に到着すると、リンはシルヴィアに質問を投げ掛ける。
「シルヴィア、王都の中心って、この城だよな」
「まあ……大雑把に言えばそうなるな」
「──何者だ!」
「安心してくれ、私は陛下のお墨付きだ」
「…………本物ですね、失礼しました!」
「それが仕事なのだろう、気にするな」
シルヴィアは怪しんで近寄ってきた門番に、以前渡されたコインを見せる。
本物だと判断した門番の敬礼を受け流して、リンに目線を向ける。彼女はずかずかと正面入口の前まで歩くと、おもむろに屈んでいた。
「……何をやってるんだ?」
疑問を問うシルヴィアに、リンは、地面に自身の膨大な魔力を無尽蔵に流し込みながら、あっけらかんとその疑問に答える。
「──この国を氷で囲う」
「なんて?」