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「とどのつまり貴方には私の管理する世界に向かってもらいたいわけです」
「はぁ。なるほど」
「特に何かしてほしい事はありませんので生活はご自由に。ですが貴方がなにもしなくても、問題は向こうから来るのでそちらの対処はした方がよろしいかと」
「そうですか」
「別次元から迷い混んできた魂は一部が欠けておりまして、そこを埋める形で力を与えるのが私の仕事の一部なのですが──あ、要らない。その決断で後悔しないといいですねぇ」
「会話してくれませんか」
「それでは早速私の世界に出発しましょう。ああご心配なく、なるべく人が居そうな場所に送り出されるはずなので」
「いやちょっとまっ──ちょ、ちょちょちょ……話しましょう! 会話してください、せめて人の目を見て喋って────」
女性は一方的に捲し立てると、パンパンと手を叩いて男の背後に『穴』を作る。
まるでブラックホールかのような勢いで男を吸い込まんとし、男は女性の眼前にあるデスクにしがみついて耐えようとするが、抵抗むなしく体が引っ張られてその穴へと消えた。
「──あ、こちらの世界の言語と文字を読み書き出来る最低限の情報処理能力の付与しか出来ませんでしたね。
……影に専用の異空間を繋げて、彼の家にあった道具とかを模造して入れておきますか。まあ大丈夫でしょう。へーきへーき」
デスクとセットのキャスター付きの椅子に座ってその場で回りながら、女性は手元の書類をパラパラとめくり眉をひそめる。
「──しかし、妙なんですよねぇ。普通は死ぬ前後の記憶はある筈なのに、彼──立花遊理さんには記憶がない……と、来れば……」
パチンと指を弾いて、デスクの上に薄緑色の、所々が削れた蝋燭の火のような物体を映し出す。
「その世界での凄惨な死は魂を破損させる。これが原因だとしても、幾らなんでも事故じゃあここまで酷いえぐれ方はありえない。
立花遊理さん、貴方は──
少し考えるような素振りを見せると、女性は腕や首の関節を鳴らしてから呟いた。
「──ま、いっか」
「──んが」
ぱち、と目が覚める。ユーリは体に巻かれた包帯の内側から発せられる鈍痛に一瞬顔をしかめながらも、あまりにも人の話を聞かない謎の女性の事を思い出してベッドから降りた。
ギルド二階の宿泊部屋を出て一階に向かうと、何故かギルド会員達のどんちゃん騒ぎの中心に座らされているシルヴィアと目線が交わる。
「……なにをやってるんだ」
「なにもわからん。例の不死身の男に関する情報を話していたらこうなった」
「なんで?」
「私が知りたい」
げんなりしているシルヴィアは、手元のグラスに入れられた果実を搾ったジュースをちびちびと含んでいる。あの一戦から翌日、怪我の手当てが終わってすぐ眠りに就いたユーリは、空腹を訴える腹に従って食事の注文を頼む。
ユーリが起きたことに気が付いて、付き合いの長いメンツが近付いてくる。
焦げ茶の髪を短く揃えた男性のレイク・シェラールと、クリーム色の癖毛が跳ねている獣人の女性、エイミー・ハイドレンジア。そして小柄の女性、受付嬢の三人だった。尚、受付嬢の名前を知っている者は殆ど居ない。
「ユーリくぅん、頭大丈夫?」
「いきなり罵倒しないでくれます?」
「あーいやいやそっちの意味じゃないよぉ。ほら、不死身の男にボコスカ殴られたんでしょ? あいつ怪力らしいじゃん」
頭頂部に生えた三角錐の耳と、尾てい骨付近に生えた尻尾が揺れる。
ユーリが初めて見た獣人がエイミーであり、さぞかし驚愕したものだが、今では大分慣れている。からからと笑いながら包帯の巻かれた頭を軽く叩いてくるエイミーの手から抜け、先輩ギルド会員のレイクと向き合う。
「大変だったみたいだな。そっちのチビから聞いたが、そいつを守りながら戦ったんだろ? 防戦は難しいからな」
「は──いや、語弊がある……」
寧ろMVPであるシルヴィアに助けられたユーリは、件のシルヴィアをちらりと見た。視線に気付いたシルヴィアはそれとなく2度ウィンクし、『話を合わせろ』と暗に言っている。
確かに何故か無傷だったが──と考えて、ふぅとため息をついて肯定する。
「まあ……そうだな。色々と大変だった」
「どうした?」
「……いや、なんでもない。痛みと疲れが抜けきってなくてな」
軋む関節を鳴らして椅子に座り、受付嬢と視線を合わせて声を掛ける。
「受付さん、この騒ぎはなんなんですか?」
「不死身の男の討伐をした、という事実が原因ですね。ああ、不死身の男には懸賞金が掛けられていたのであとでお渡しします」
「……わかりました。ところで、あの老人……呼ばれていた通りに不死身だった訳ですが、名前などはわかっていないんですか?」
ユーリの言葉に返したのは、違うところから聞こえてくる声だった。
人の間を縫って、南門から出るときに一悶着あった老人の門番──ラムダその人である。門番用の鎧を脱いでラフな布の上着を着込んでおり、その手には酒のグラスが握られていた。
「あいつの名前はオズワルド。40年くらい前までギ
「ラムダさん。ゼオンさんは?」
「南門で待機させてる。二人揃ってサボるのは不味いだろうよ」
サボりかよ──小さく呟いて、酒を呷るラムダを呆れた顔で一瞥する。
その顔は疲れきっていた。同期という言葉が確かなら、不死身の男ことオズワルドとは古くからの知り合いだったのだろう。
「あの頃にあいつが組んでたのは──この中じゃなくて外で会ってたから誰だか知らねえが、あいつの組んでたメンバーが解散することになって、あいつはどう生きていけばいいか分からなくなったらしい」
「……どういうことですか」
「要するにあいつは殴る蹴るしか脳がなかったんだよ。頭のいい仲間に上手いこと手綱を握られてこそ力を発揮できたのに、仲間と解散して、頭の悪いオズは仕事を続ける気力を失ったわけだ」
暴力的なまでの圧倒的な力を、結局は殺しに向けることしかできなかった。
それに対して同情するわけではないが──ユーリはなんとなく、哀れだと感じる。
「そうでしたか」
「……いや、すまねえ。襲われた本人に言う話じゃねえよな」
頭を振って酒盛りしている他の人たちに混ざりにいったラムダを見送る。ユーリは、ノートのような冊子を持ってきた受付嬢を見つけた。
「それは?」
「当時の方々の名前や年齢、性別を簡素に纏められた物です。40年も前のものなので文字が掠れていますが、読んでみますか?」
「いいんですかね、そう言うのを会員の方が読むっていうのは」
「管理している私が許しますよ、どうぞ」
受け取ったそれをパラパラと捲り、名前の欄に目を滑らせる。何ページか読み進めて行くと、オズワルドの名前を発見した。
「オズワルド、23歳……ということは今年で63か4だったわけか」
それにしてはあまりにも元気すぎたのではないか、と考えた。
不死身とそれに伴う怪力──それと、精神的な未熟さが若々しさの原因なのだろう。
「ロイド……なんとか。名字が読めないな。トール・■■ズ、22歳……あれ?」
「どうかしましたか」
「ああ、いや。トールって人の性別の部分が男から女に書き直されてるので」
「はぁ。……単なる書き間違えでは」
「そういうものですかね」
名前の横にある『男』の部分に横線が二つ加えられ、その横に『女』と書き直されていた。他の名前には書き間違えが無いため、余計に違和感が拭えない。
まあそんなものか、と完結させて読み進める。
「なんとかかんとか──エリザベス・ア■■イ■、年齢不詳……。
あとの三人分が……塗り潰されてる。受付さん、この塗り潰されてるのは?」
「…………すみません、流石にそこまではわかりかねます。亡くなられたか、あるいは本人に頼まれて消したか、でしょうか」
困ったように首を傾げた受付嬢に軽く謝ってから冊子を返す。仕事に戻ると言って、彼女は会釈してから受付のデスクに向かった。
本格的に痛みがぶり返してきたことで、部屋に戻ろうと考える。すると、ジュースを飲み終えたらしいシルヴィアが着いてきた。
「ユーリ。戻るのか?」
「ああ──そうだ、君に話したいことがあったんだ。ちょっと部屋に来てほしい」
「構わんよ」
──階段を上り、半ば自室と貸した部屋に戻る。先に入ったユーリを追って中に入るシルヴィアが後ろ手に扉を閉めた。
ベッドに腰掛けたユーリが手元で何かを弄っていることに気が付かなかったシルヴィアは、扉が閉まっているかを確認してから振り返る。
「それで……話とはなんだ?」
「──おっと」
カランと音を立てて、ユーリの手から何かが落ちる。床を転がってシルヴィアの足元に滑り込んできたそれに対して、ユーリが言う。
「拾ってくれるか」
「……なんだ、これは────」
掴んで拾い上げたものを見る。それは、深い緑の色をした、人によっては『パイナップルのようだ』と比喩表現する物体で──シルヴィアは殆ど無意識に部屋の隅に投げ捨ててユーリをベッドに押し倒すように覆い被さった。
──一秒、二秒、三秒。それからなにも起こらない事から、ようやく起き上がり投げ捨てた物体を一瞥してからユーリに向き直る。
「っ──馬鹿者! なにを考えている!?」
「……そうか」
「……は?」
合点が行ったように呟いて、ユーリは起き上がりながら、シルヴィアを逆にベッドへと倒した。驚くシルヴィアの首に柄から刀身までが真っ黒の、刃だけが鈍い灰色のナイフを押し当てる。
片手で手首を掴んで上に持って行き、ナイフに力を入れながら囁くように言った。
「──なんで手
驚愕した様子で目を見開くシルヴィアに、更にユーリは続ける。
「お前……俺と同じ、地球出身だな」
確かめるようでいて、断定する声色。
同郷の者だと喜ぶよりも先に警戒せざるを得ない状況に、二人の間で緊張が走り──シルヴィアがあっけらかんとした顔で口を開く。
「…………いやまあ、私は君が地球から来た人間だと一目で理解したが。まさか君は、私が君と同じ転移者だと知らなかったのか?」
「は?」
「えっ」
────ん? という間抜けな声が重なって、部屋に小さく木霊していた。