その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 ──この国を氷で囲う。

 

 突拍子もない事を言い出したリンがどんどんと体内の魔力を地面に流し込む光景を見ながら、シルヴィアは軽く引きつつ言葉を返す。

 

「正気か?」

「至って正気だ。遠目だったが空を飛んでる魔物もいたからそいつまでは防げねえだろうけど、城壁や門をぶっ壊して下から入ってくるやつだけでも防げるだろ」

「……あの、いったいなんの話を……」

「ああ門番くん、君にはちょっと頼みがある」

「は、はあ」

 

 話について行けていない門番の青年に、シルヴィアはリンから視線を外して続ける。

 

「ヴァレンティナ・ヴァレンタイン……黒い髪の給仕が居るだろう、彼女を呼んできてほしい」

「……なぜヴァレンティナさんを?」

「その説明をしてる暇が──」

 

 ……めんどくせぇな。と小声で呟いて、軽く洗脳でもしてやろうかと思案したシルヴィアだったが、その背後に突然人の気配が現れた。

 

「──シルヴィア様」

「うおっ」

「は……!?」

 

 棒読みの声とは裏腹に肩を跳ねさせるシルヴィアと、まばたきをした刹那のうちに現れた女性──ヴァレンティナの姿に困惑する門番。

 ヴァレンティナはちら、とリンを見てからシルヴィアに口を開いた。

 

「なにやら凄まじい魔力が溢れておりましたので、何事かと思いまして」

「ああなるほど……手間が省けたな」

「して、彼女は何を?」

「……ヴァレンティナ氏、詳しい説明をしている暇がないから簡潔に言うが、現在王都を囲うようにして全方位から大量の魔物が迫ってきている。大至急、陛下に兵を動かしてもらいたい。──これから、戦争が起きると伝えてほしい」

「────」

 

 シルヴィアの話を聞いて、ヴァレンティナは訝しむように脳裏に言葉を反芻させる。そうして一拍置くと、頷いてから言った。

 

「──信じましょう」

「助かる。リン、行けるか?」

「ああ──()()は終わった」

「先ほども聞きましたが、彼女は何を」

「……城壁だけでは心許ないゆえに、少しばかり補強工事をしてもらっている」

 

 そう言い終えた直後、ズン……! と地面が揺れる。それから少しして、視界の遥か遠く、王都の城壁の外側に──魔力を、大気中の水分を凍らせる、凄まじい質量の氷が生成されて行く。

 

 城壁の高さを上回る大質量の氷に囲まれた王都は一回り温度が下がり、空気に乗って体を撫でる寒気にぶるりと身震いした。

 

「これは……!」

「魔力という万能エネルギーありきとはいえ、物理法則に喧嘩を売る行為だな」

 

 ほう……と白い吐息を吐いたシルヴィアは、バリケードを築き上げたリンに労いの言葉を投げ掛けようとして彼女の方へ振り返り──

 

「リン、よくやった。これで飛ばれる以外での侵入は防げる……ぞ……」

「────ぞう゛か」

 

 ぶつ、と体の奥で張り詰めていたモノが千切れるような感覚。無茶をしすぎたな──と冷静に考えながら、鼻血と血涙を垂らして、リンはぐらりと姿勢を崩して倒れた。

 

「いかん、さしものリンでも無茶だったか」

「シルヴィア様、この方を城内へ……」

「──ねえ、なんか凄い音したんだけどなぁに? ……うわあ人が死んでる」

 

 バチリと黄金色の雷を纏って、不意に少女が現れる。異音に気付いて外に出てきた少女──アイリーンが、リンにそう言って近づく。

 

「お嬢、ちょうどいい、そいつを連れて客室にでも避難しててもらえるだろうか」

「なんで?」

「お嬢様、今は緊急事態なのです。説明は…………いえ、とにかくこちらの女性を」

「えー……」

 

 ヴァレンティナにまでそう言われ、アイリーンは渋々とリンを抱え上げる。

 

「……ねえ、あの氷と外の変な音からして、なんかヤバい戦いでも起きるんでしょ?」

「──はい」

「私がそれを知ったら間違いなく首を突っ込む人間だから遠ざけたいんでしょ?」

「よくお分かりで」

「ふーん」

 

 ヴァレンティナの返しに一瞬ムスッとしながらも、高速で思考を纏めると続けた。

 

「ん。……よしわかった、ビビ! 貴女はお父さんにこの事を報告! 私はこの人を客室に寝かせてくる! シルヴィアちゃんは……」

「魔物に備えて構えるしかあるまいよ。あとこれをリンに飲ませろ、魔力を急速に回復させる効果がある。まだ働いてもらわんとな」

「それでは各自、すべきことを行いましょう」

 

 ──よし! と言いつつ頷いて、アイリーンは投げ渡された小瓶を受け取ってリンを担いだまま城に戻って行く。

 ヴァレンティナもまた能力を用いてその場から消えるように瞬間移動し、残ったシルヴィアと困惑を隠せない門番は顔を見合わせる。

 

「それで、えー……私は何をすれば」

「君の仕事は?」

「えっ……し、城の出入口の……門番?」

「わかっているじゃないか」

 

 くつくつと笑みを浮かべて、シルヴィアは踵を返して、虚空に浮かべた波紋から槍を取り出して駆け出す。王都が戦場となるまで、残り1分。

 

 

 

 

 

 ──ヴァレンティナの報告を聞いて、アダム・アースガーデンは玉座から腰を上げる。

 

「あの氷……そういうことか。わかった、兵を王都の全域に派遣して民間人の保護を最優先させろ。()()()()()()の為に民家一つ一つに結界術式を刻むようにさせてあるんだ、とにかく家に避難させれば最低限の身の安全は保証される」

「はっ。……それと陛下」

「なんだ」

「……以前にも報告しましたが、かつて南の商業都市でも、街の外から魔物が侵入してくる事態が起こっておりました」

「──つまり、()()の延長線の事態である可能性が高いと言いたいんだな」

「はい」

 

 視界の端で慌ただしくしている者たちを見ながら、ヴァレンティナはアダムに言う。

 

「【聖域化】の準備をするべきかと」

「わかっている」

 

 玉座の傍らに飾られている儀礼用のきらびやかな長剣を手に取るアダムは、ヴァレンティナの隣に歩み、そして長剣を床に突き付ける。

 

【聖域化】──それは、四方の区域の噴水広場と王城、そして王都そのものという複数の円を利用し、()()()()()()()()()()()()()結界魔法。

 

 東国の城主や博識な人物と知識を出しあって組み上げたその術式を起動する儀式として、()()()()()()()()()という動作を行ったアダムだったが──違和感にふと眉をひそめた。

 

「ん」

「陛下?」

「……噴水広場辺りの地中の術式が2ヶ所ズレてる。【聖域化】が作動しねえ」

 

 ──害あるものを弱らせ、退ける。

 

 シンプルゆえに効力が強いその結界魔法は、今まさに必要なものだろう。しかし術式が起動できないという状況に困惑するアダムと、その原因を察して頭を手で押さえるようにして小さくため息をつくヴァレンティナ。

 

「──陛下!」

 

 そんな二人と、アダム直属の部下兼護衛である騎士数名が居る謁見の間に、窓を突き破って幾つもの『何か』が降ってくる。

 騎士の一人ことザックが声を荒らげるのと、降ってきた何か──飛行型の魔物が氷を飛び越え投げ込んできた見たこともない魔物が吠えるのは、同時であった。


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