その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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「どーしたもんかしらね、これ」

 

 氷の壁で魔物の群れを塞き止めた結果気絶したリンを客室のソファに転がして、背もたれに体を預けるようにして寄りかかるアイリーンは、シルヴィアに渡された小瓶を揺らして悩む。

 

「……飲ませたら喉に詰まらない?」

 

 魔力を急速かつ大量に浪費したからか、眠りながらも呼吸を荒くしているリンを見ながら、アイリーンはどうしたものかと思案する。

 その直後、ガシャンと窓を割って外の鳥型の魔物に投げ込まれた四足歩行の魔物が殺意を向ける。アイリーンはうーんと唸ると──飛び掛かってきたそれを一瞥し、小瓶を上に放り投げた。

 

「──うるさい」

 

 バチリと電気を纏い、自分以外の全てが停止したと錯覚するほどの速度へと加速すると、自分だけが動ける空間で魔物に近づき、撫でるようにトンと小突く。それから元の位置に戻ると、加速を解除して落ちてきた小瓶をキャッチする。

 

 刹那、ドバン! と大質量の物体を水に投げ込んだような音と共に、魔物は飛び掛かってきた姿勢のまま横合いから馬車に撥ねられたかのように明後日の方向に吹き飛ぶ。そして臓物をぶちまける──前に、魔力状に霧散して消滅した。

 

「あら。…………なんかどっかで見たことある消え方……なんだったっけ」

 

 悩むアイリーンは、一拍置いてああと思い出したような声色で続ける。

 

「前に南の街でも似たようなのが襲ってきてたわね。ってことは……王都全域がヤバイ感じ? 流石に私の独断では動けないし……」

 

 面倒くさそうなため息をついて、アイリーンはガシガシと黄金色の髪を掻く。

 それからリンの顔を見下ろし、自己暗示のようにブツブツと呟きながら瓶の蓋を開けた。

 

「これは医療行為これは医療行為これは医療行為……つまり、しかたない! むん!」

 

 そう言って、彼女は、瓶の中身を呷った。

 

 

 

 

 

 ──時を同じくして、謁見の間にて魔物の侵入を許してしまった現状を前に、アダムは魔物のうちの一匹に儀礼剣を叩きつける。

 

 魔物の頭を割ると同時にバキンと折れた儀礼剣を見て、ふんと鼻を鳴らして柄を投げ捨てると、小言を漏らしてから騎士の一人に声をかけた。

 

「たかが儀礼剣とはいえ、平和ボケで錆び付いたか? ──おい! 剣を寄越せ!」

「──これを!」

 

 代表して、ザックが手に持っていた長剣で魔物を一匹切り捨ててからアダムへと投げる。

 

「ザック! 俺の予備を!」

「屈め!」

 

 素手になったザックを見た騎士の一人が、そう言って背中に吊るしていたもう一本の長剣を見せる。屈むように言ったザックはその騎士へと駆け寄り、鞘から引き抜きつつ眼前に迫ってきていた別の魔物を真っ二つに切り裂いた。

 

 ちらりとアダムの方を見やると、彼もまた背後から迫っていた一匹の顔を裏拳で殴り砕き、それから長剣をキャッチしてから倒れたそれに止めを刺した。血を出す前に消滅する魔物の死体を見て、アダムは皮肉気味に口を開く。

 

「掃除の心配は要らねえな」

「──陛下っ」

「ヴァレンティナ!」

 

 ロングスカートの裏から伸ばした細いベルトで裾を引っ張りボタンで留めて足を露出させたヴァレンティナが、片手間でまばたきの間に数匹の魔物を仕留めた。

 時間操作能力の応用で攻撃の開始から終了までの『間』をスキップすることで、彼女は誰の目にも認識できない攻撃を打っていた。そんな彼女に、アダムは声を荒らげる。

 

「ここはいい、俺のお守りをする暇があるなら魔物を投げ込んでくる奴をどうにかしろ!」

「……しかし陛下、国王に何かあっては」

「ヴァレンティナ──アイリーンみたいなとんでもねえじゃじゃ馬の元になった(おれ)が、そう簡単に死ぬと思ってんのか?」

「……なるほど、確かに」

 

 ニヤリと笑うアダムに、合点の行ったように返答するヴァレンティナ。

 彼女はこくりと頷いてから能力を行使して、『謁見の間から外に向かうまでの時間』をスキップして瞬間移動するように消えた。

 

「──王国騎士団、ここが踏ん張りどころだ。【聖域化】が発動できるようになるまで、俺と互いを守りきれ! ……絶対に死ぬなよ?」

 

 ()()()()()()()()()()()と認識しているかのように次々と投げ込まれる魔物たちを前にして、アダムの命令を受けた騎士たちは、ザックを筆頭に、空間を震わせる雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 

 ──同時刻、膝を曲げて屈んで地面に手を当てていた女性、受付嬢ことミヤビは、不味い……と呟いてから腰を上げる。

 

「なにが不味いんだ?」

「王都そのものを術式に組み込んだ対魔物用結界魔法──【聖域化】を発動するための術式が、二ヶ所ズレているんです」

 

 鎖帷子の上に軽鎧を纏い長剣とカイトシールドを両手に握っている男──レイク・シェラールは、ふとした疑問を投げ掛けた。

 

「なんでそれがお前にわかるんだ」

「──結界術式は、東国が十八番とした魔法です。数十年前に東国の王族と王国の王族、その他数人の関係者が共同で組み上げられたこの【聖域化】という術式は、当然ですが何かあったら整備する人間が必要な程度には繊細なんです」

 

 語りながら足早に該当の方向に駆けるミヤビを追うレイクは、彼女の言葉を待つ。

 

「……それで?」

「──私の親の代から、いざというときに魔法陣の整備をするようにと任されていたんです。私が使う札の術式があるでしょう? 一応言うと、アレも東国由来の魔法の一種なんですよ」

「お前、東国人だったのか」

「父が東国、母が王国のハーフです」

 

 そう言いながら走る二人は、すれ違う人々が建物に避難する様子や、兵士とギルドの会員が共闘して降ってくる魔物と対峙する光景を横目に、南区域から左回りで東区域へと向かっていた。

 

「地中に張られた魔法陣がズレているのは東区域と北区域の噴水広場のモノです。これを直せさえすれば、【聖域化】で魔物を弱らせられる」

「なら、時間の勝負だな」

「……ところでレイクさん」

「あん?」

「なぜこちらに付いてきたんですか? 貴方のお宅ではたしか……妊婦の奥さんと娘さんが西区域でパン屋をやってましたよね?」

 

 ミヤビは走りながら札を放り、人差し指と中指だけを立てるという儀式(アクション)で術式を起動し、重圧を発生させて魔物数匹を纏めて地に伏せさせながらそんなことを問いかける。

 

「そりゃ、あいつらも心配だが……【聖域化】とやらの起動が最優先だろ。俺がすべきことをしているのはわかってる筈だ、あいつも元ギルド会員なんだからな」

「まあ、そうですけれども」

「俺の家族の心配なんかする暇があるなら、さっさと噴水広場に行くぞ。やることを終わらせれば、俺も安心して西区域に────」

「……! レイクさん!」

 

 言葉を区切ったレイクと声を荒らげるミヤビが、気配を察知して同時に足を止めた。

 その直後、鳥型の魔物が2()()()()()で持ち上げていた魔物が上空から降ってきて、ズン! と地面を僅かに陥没させて着地する。

 

「こんな魔物は、一度も見たことが……!?」

「さっきからずっと見たことねえ魔物の相手しかしてねえだろ、今さらだ……っ」

 

 馬の下半身に、獅子を思わせる獣人のような上半身。シルヴィア辺りが居れば『超凶悪なケンタウロス』と表現していただろうそれを見上げて、レイクはミヤビに聞く。

 

「受付、『札』は何枚持ってきてた?」

「……ストックをかき集めて35枚。ですが、先程までで15枚使いました」

「──なるべく節約しろよ」

「出来れば、の話ですがね」

 

 冷や汗を垂らして、二人はケンタウロス型の魔物と向き合った。そしてただただ切実に、『手が足りない』と文句を独りごちる。

 対処はできる。魔物が強すぎるわけではない。氷の壁のお陰で数に呑み込まれることもない。しかし、それでも、人手が足りない。あと一押しするだけの、強力な『個』が足りない。

 

 ()()に該当する知り合いが居ない状況で、斧と剣を掛け合わせたような凶悪な見た目の武器を背中から取り出す魔物を見て──レイクは呆れたように呟くのだった。

 

「あいつら……いつまでサボってやがる」

 

 

 

 

 

 ユーリたちが到着するまで、残り15分。

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