その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 王城の一角にある武器庫に訪れたヴァレンティナは、カツカツと慌ただしく足音を立てて中を歩く。キョロキョロと辺りを見回す彼女に、隠れていた倉庫番が顔を覗かせた。

 

「えっ、ヴァレンタインさん! なにやってるんですか、避難してくださいよ!」

「貴方こそ……」

「いやいや、僕は倉庫番ですから……。それに、銃弾とか剣の補給に来た兵士たちにそれらを渡す仕事が残ってますし」

 

 鉄製のヘルムで頭を隠す気弱そうな青年は、けれども意外なことに芯のある発言をする。

 僅かに眉を上げて無表情の裏で感心しながらも、ヴァレンティナは続けて言った。

 

「……そうでした、アレはまだありますか?」

「アレとは……?」

「とぼけないでください。以前、あなた方と陛下が面白がって、『携行できる小型の大砲』を開発しようとしていたでしょう」

「あ────……りましたねそんなの」

 

 視線を上げてから間を空けて思い出した青年は、そう言って当時のことを思い返そうとし、ヴァレンティナの咳払いで意識を戻す。

 

「結局コストや重量の問題で量産には至らず、大砲自体は分解して処分されましたが、サイズを合わせて小型化した砲弾数十発はまだ処分できずにここに放置されていた筈です」

「えー、あー……あ、はい。ありますよ、確かこの辺に……う゛ぅんぬっ、重っ!?」

 

 隅に隠すように置かれていた箱を持ち上げようとして、あまりの重さに呻き声を漏らす。

 青年は持ち上げるのを諦め引きずるように取り出すと、蓋を開けてヴァレンティナに見せた。

 

「ちょっと火薬の配合変えてちょっと圧縮したら馬鹿みたいな威力になったせいで、あれから下手に動かせなかったやつですね」

「数は……約23発」

「……で、これ何に使うんです?」

「少々、飛んでいる魔物を打ち落とすために」

「はえ~……」

 

 青年は考えるのをやめて、それらしく頷いてヴァレンティナに二重にした麻袋を渡す。

 

「これに入れて持っていってください、間違っても民家に落としたりしないでくださいね」

「分かっております。貴方もお気をつけて」

 

 ひょいひょいと砲弾を詰め、麻袋を肩に回してサンタのように持ち上げると、ヴァレンティナはそれだけ言って姿を消した。

 

 

 

 ──能力を連続で起動して、外に出てから屋根に上がるまでの時間を飛ばしたヴァレンティナは、袋の中身を一つ取り出して握る。

 

「……さて」

 

 今なお氷の壁の外で立ち往生する魔物を運び、王都の街中や城に投げ込んでいる鳥型の魔物を見据えると、ヴァレンティナは小型砲弾を握ったその手を思い切り振りかぶった。

 

「──ふッ!!」

 

 刹那、音の壁を突き破る勢いで放たれた砲弾がややズレた位置に真っ直ぐ飛来し、空中を円を描くように飛んでいた魔物の胴体に偏差で直撃する。けたたましい爆発音が遠くで響き、鳥型の魔物は落下中に体を魔力に分解して霧散した。

 

「……やはり南の街の時と同じ、形が残らない死に方。タチバナ様かシルヴィア様辺りと合流──いや、探す時間的余裕はない……」

 

 思考を回転させながらも、袋から二つ目の砲弾を取り出したヴァレンティナがそのまま別の魔物に狙いを定め、ぐわんと腕をしならせて二羽目へと全力で投擲する。

 ──だが、その砲弾は、横合いから割り込んできた三羽目が掴んでいた犬のような魔物を投げて、わざと邪魔をする形で防がれていた。

 

「なっ──」

 

 ヴァレンティナの思考が、一瞬止まる。

 

 魔物が魔物を盾にする。それも一発目を見て、その後の二発目に即座に対応する形で、完璧なタイミングでそれを行って見せたのだ。

 ──知能が高いで済む話ではない。ヴァレンティナは思考を再稼働して短く纏め、すかさず三発目を投げようと砲弾を取り出す。

 

 氷の壁で侵入を防がれたから、そこからすぐに鳥型の魔物に地上から入り込む予定の魔物を投げ込ませて、王城という重要拠点を狙う。

 一連の動作に明らかな()()()()が介入していることを悟り、それでも今目の前にある驚異を対処しなければと思案し、ヴァレンティナは静かに砲弾を握る手に力を込めた。

 

 

 

 

 

 ──数分前、西区域から南区域へと、とある妊婦が娘を連れて走っていた。

 膨らんだ腹に負担を掛けないようにしながらも駆けていたが、その遅い動きでは、魔物に簡単に追い詰められてしまう。

 

「──っ」

 

 4、5、6と数を増す犬型の魔物が背後に迫り、女性は咄嗟に娘を抱き寄せる。

 思わずまぶたを閉じて痛みに備えた女性だったが、魔物のうなり声も、痛みもない状況に、恐る恐るまぶたを開いて状況を確認した。

 

「おいおい、妊婦と子供を狙うとは、なんともまあ外道極まりない魔物だな」

 

 その声の主が、トンと軽やかに、槍を携えて銀髪を揺らし、屋根から降りてくる。

 魔物たちは影に突き刺された針のようなナイフに縫い止められ、抵抗できないまま片手間で振るわれた槍の穂先で首を切り裂かれていた。

 

「あ、貴女は……?」

「私はシルヴィア……ギルドの者だ。この非常事態に結界の術式が刻まれている民家に避難しないヤツを保護して回っている」

「そうだったんですか」

「よりにもよって、妊婦がこんな時に出歩くものではないぞ?」

「ごめんなさい、実は買い物中にこんなことになってしまって……距離的に南区域の噴水広場に向かう方が早いと思ったから」

 

 女性は腰まである濃い紫の髪を風に揺らし、腰に抱きつく同じ髪色の少女の頭を撫でる。

 

「そうか。まあ、どういうわけか噴水広場に簡素だが結界が張られているからな。そちらに向かう方が安全だろうさ……しかし東の方と北の方には張られてない……ということは、もっと大規模な結界を作る術式の誤作動の可能性が高いな

「うん?」

「なんでもない。さあ、早く向かうといい、あともうひと踏ん張りだ。私が護衛してやるから、焦って転ぶんじゃないぞ」

「ええ、ありがとう」

 

 女性はにこりと笑みを浮かべて小走りで噴水広場に向かう。その傍らを追従するシルヴィアをちらりと見て、それから女性は少女の手を引きながら言った。

 

「あ、自己紹介がまだだったわね。私はフィリア・()()()()()、こっちは娘のレア」

「……こ、んにちは……」

「よろしく、お嬢さん。緊張しているのか?」

 

 顔を伏せてそう挨拶する少女──レアに、シルヴィアはくつくつと喉を鳴らして笑う。

 

「……ん?」

 

 あともう数分走れば南区域の噴水広場に到着できる、といったところで、シルヴィアはふと嫌な感覚を覚えて笑みを消す。

 フィリアもまた、そういった()()を肌で感じ取り、ふと口を開いた。

 

「──シルヴィアちゃん、私も元ギルド会員だったから、その手の勘はまだ残ってるの」

「ああ。フィリア氏、いいか?」

 

 シルヴィアはフィリアにそう言って言葉を区切ると、ブレーキを掛けながら振り返り、両手で槍を握りながら語気を強めて声を荒らげた。

 

「──振り返らず、そのまま走れッ!!」

「……ここはお願いします!」

 

 その言葉を皮切りに、ドンと音を立てて上から魔物が降ってくる。ほぼ同時刻に別の場所でレイクとミヤビが接触したモノと同じ形状の魔物が眼前に現れ、シルヴィアは汗を垂らして言う。

 

「ふっ、凶悪なケンタウロスって感じだな」

 

 直後、空中を飛んでいた鳥型の魔物が爆発し、轟音が遅れて聞こえてくる。

 それを合図にシルヴィアと対面の魔物が踏み込むのは、ほとんど同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「──準備はいいか」

「ああ、出来てるよ」

 

 王都から離れた場所で、男は問われる。影を体に這わせ、コートの形に整えると、男──ユーリは、質問を投げ掛けたセラに顔を向ける。

 更にその近くに立っていた老人──東国の主・山田源が、腰に刀を挿して佇んでいた。

 

「王都の方で派手に魔力が動き回ってる。やっぱり狙いはシルヴィアだったらしい」

「あの子一人の為だけに、よその国と民衆を巻き込むなんて……」

 

 ユーリはそう言って歯噛みし、表情を歪ませる。セラはそれを見て、ため息混じりに、室内に三人で入るための大きい『窓』を作った。

 

「ここでうだうだ言ってないで、さっさと行くぞ。訓練の成果を見せてもらうからな」

「──そうだな。セラ、源さん、行こう!」

「おう。……じゃ、行ってくるぜぇ」

 

 セラとユーリに続いて『窓』に近づく源は、おもむろに振り返って心配そうに見ている孫娘の鈴歌に視線を向けると、彼女に口を開く。

 

「なるべく早めに帰る」

「うん……おじいちゃん、気を付けてね。皆さんもご武運をっ!」

 

 ニッと口角を歪めて獰猛に笑う源が、ユーリたちを連れて、鈴歌に背を向けて駆け出す。

 飛び込む形でその場から消えた三人は、背後で『窓』が閉じる光景を一瞥すらせず、王都の空中にその身を投げ出していた。

 

 三人は王都が戦場と化し、更には氷の壁に阻まれた大量の魔物が外側で蠢いている様子も見る。そして、重要なことが実行できていないことを確認して、源が苛立たしげに言った。

 

「──ちっ、なんかおかしいと思ったんだ。やはり【聖域化】が発動されてねえ」

「聖域化?」

「簡単に言やあ、ああいう手合いを近づけないための結界だ。……あの氷の壁のせいか、術式がズレちまってるんだろうな」

 

 ユーリの問いに簡単に答えた源は、王都全体を見回してからセラに投げ掛ける。

 

「セラ! あの空間に穴空けるやつで、俺を東区域の辺りに送ってくれ!」

「──わかった。なら、俺は氷の外側で蠢いてる魔物を蹴散らしてくる。ユーリ、お前のやることは一つだけだ、わかってるよな?」

「俺のやることは……『とにかく突っ込んで魔物をぶっ倒して人助け』、だったな」

「理解してるならそれでいい」

 

 セラはそう言いながら『窓』で民家の屋根と源の近くの空間を繋げて彼を送り込み、自身もまた別の『窓』を利用して役割を果たすべく動く。残されたユーリは、コートをはためかせて、空中で長剣を手元に呼び出すと構える。

 

「さあ、初陣だ。行くぞ──」

 

 水平に構えて魔力を流し、剣の能力を呼び覚ますユーリは、淡々と、静かに呟いた。

 

 

 

 

「──七剣天星(しちけんてんしょう)、起動」

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