その男、異世界知識皆無につき   作:兼六園

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 だんっと王都を囲む氷の壁の頂点に着地したセラは、すらりと手持ちの刀二振りを引き抜いて両手に持つ。そこから地面を見下ろせば、壁を突破しようと続々と集まるあまり、魔物の群れという黒一色となった地面が蠢いていた。

 

「……あんまり()()()()()()が人間のアレコレに干渉するのは良くねぇんだがな」

 

 両手の刀それぞれから電気と火炎を迸らせるセラはそう言うと、あっさりと氷のてっぺんから身を投げた。垂直に魔物の群れへと落下するセラだったが──途中、真上のセラの存在に気づかず次の魔物を投下しようとして下降していた鳥型魔物の背中にちょうど着地する。

 

「──ま、他所の世界の魔物が別の世界に放流されてるって意味では外来種の駆除みたいなもんだし、俺の考える問題ではないか」

 

 背中を踏みつけ、ついでとばかりに電気を纏う方の刀を突き刺して全身を感電させる。

 

「そんじゃあ……本気出させてもらうぞ」

 

 鳥型魔物を一旦のクッションにしながら、セラはそう言って、そのまま落下を再開。両手の刀を構えて、蠢く膨大な数の魔物に突撃した。

 

 

 

 

 

 ──レイク・シェラールは、荒い呼吸を繰り返し、亀裂の入った長剣を携えていた。

 半ばから割れたカイトシールドを握る手に痺れが出ており、軽鎧の一部は、ケンタウロス型の魔物が握っていた凶悪なデザインの武器が掠めたせいで鎖帷子が見えている。

 

「ぜっ……は、ぁ……キッツいな……」

「ええ、たったの1体で、これ程とは……」

 

 傍らのミヤビも大きく呼吸し、消費した魔力と共に体から抜けた酸素を必死に取り込む。眼前でミヤビの札による凄まじい重圧を数回受け、その上でレイクの長剣で切り刻まれたくだんの魔物の死体が消え行く様を見て、彼女は続けた。

 

「……しかし、これで暫くは大丈夫なはず。早く東区域と北区域の噴水広場に向かわなければ」

「ああ。盾は壊れたしもう剣も持たねえ、また出てこられたら逃げるしか────」

 

 刹那、ズン! と何かが落下してくる音が背後から響く。レイクとミヤビは顔を見合せ、心底面倒くさそうな表情をして振り返る。

 視線の先に堂々と立っているのは、つい今しがた辛勝して消滅を見送ったばかりのモノと同じ姿をした、もう1体の魔物だった。

 

「なんでこう、都合の悪い状況が都合よく舞い込んでくるんだろうな」

「不思議ですね」

「受付、札の残りは?」

「20枚のうち9枚を使いました」

「逃げ…………いや、無理か」

 

 手元をちらりと見れば、半壊した剣と盾。ミヤビには噴水広場に向かい魔法陣の調整をする役目があり、この場で死なせる訳にはいかない。

 思考は一瞬。それから、レイクは割れたカイトシールドを構えてミヤビと魔物の間に立った。

 

「レイ──「行け」

 

 ミヤビの言葉を遮ったレイクに言われ、彼女は逡巡する。国を取るか、目の前の知り合いを取るかという究極の選択に、反射的に構えた札を握って歯噛みした。

 

 

「盾を壊されようと、人を守る決意は壊れない。それでこそだな、男ってヤツはよ」

 

 

 ──すると、最終的に国を選び東区域の噴水広場へ向かおうとしたミヤビと、その盾になろうとしたレイクは、上空からの言葉を耳にする。

 パリっと静電気のような音が続けざまに鳴ったかと思えば、声の主は、屋根からケンタウロス型の魔物の背中へと移っていた。

 

「は──?」

「……貴方は……まさか」

 

 レイクはその速さに驚愕し、ミヤビは魔物の背中に立つ老人の正体に気づく。

 魔物もまた背中に立つ異物に気付き、排除しようとその身をよじる──瞬間、既に、老人が腰に携えた刀の抜刀は終えていた。

 

(おせ)ぇよ」

 

 その言葉を最期に、ケンタウロスの上半身とも言える部分がずるりとズレて、血を出す前に消滅。それはすなわち、たったの一太刀で命を絶たれたことを意味している。

 

「────」

 

 レイクは亀裂の入った長剣に視線を落とし、そのあまりの力量の差に嫉妬すら出来ない。

 その横で、ミヤビは、老人に数歩近付いてから小さく「やはり」と呟いた。

 

「……陛下」

 

 トンと軽やかに舗装された地面に着地した老人は、自分に向けて片膝を突いて頭を垂れるミヤビを見る。そんな彼女に、老人──東国の城主・山田源は言葉を返した。

 

「……ここに居るのはただの老いぼれ、ってことにしてくれ。緊急事態だ」

「はっ、かしこまりました」

「おい受付、どういうことだ?」

「このお方は…………いえ、あとでお話しします。今はとにかく、【聖域化】の完成を」

 

 顔を上げて立ち上がるミヤビに、源は言う。

 

「俺が北区域の魔法陣のズレを直す。お前たちは東区域の方を頼めるか」

「──なにがなんだかよく分からないが、兎に角やるしかないってことだな」

「ふっ、それでいい」

 

 ため息混じりに返すレイクに、源は口角を吊り上げて笑みを浮かべる。

 それからタンっと街灯を足場に屋根へと跳躍し、世話しなく北区域に駆けていった。

 

「元気な爺さんだな……」

「…………そうですね」

 

 

 

 

 

 ──嵐を纏い落下速度を落としながら、ユーリは長剣を構えて能力を起動する。

 

「──七剣天星、起動」

 

 その言葉を合図に、長剣(ロングソード)──七剣天星は輝き、ユーリの周囲に膨大な魔力を圧縮して形作られた六本の剣が現れる。

 それら一本一本は意思を持ったかのように空中で動き、とてつもない速度で飛翔し、空を飛び魔物を投げ込む魔物を、地上を走る魔物を、逃げ遅れた市民に食らいつこうとする魔物を貫いて問答無用で消滅させていった。

 

「……ん、あれは……」

 

 六本の分身剣を操るユーリは、落下する最中に西区域と南区域を繋ぐ道で、上半身が人、下半身が馬という奇妙な形状の魔物と戦っている目標の人物──シルヴィアを発見する。

 

「見つけた」

 

 ユーリの周囲に分身剣が集まり、そのうちの一本を七剣天星に束ねる。

 残り五本はシルヴィアを囲む2体の魔物のうち1体に殺到し、ユーリ自身は分身を束ねて出力を瞬間的に引き上げた七剣天星を振りかぶった。

 

「七剣天星──200%!」

「うん?」

 

 ゴウ、と七剣天星の刀身から魔力が唸り、シルヴィアもそこでようやく上から降ってきた凄まじい魔力の密度に気づいて視線を上げる。

 

 ──そして、2体の魔物の片方に五本の剣が突き刺さり魔力によって内部から爆裂し、もう片方がユーリの振るった七剣天星で真っ二つになる様を、シルヴィアは見届けていた。

 

「なんっ──ぬぉおっ!?」

 

 一秒に満たない一瞬の出来事が終わり、一拍置いて2体の魔物は文字通り消し飛ぶ。

 地面が砕かれ土煙が舞い、思わずシルヴィアは右腕で顔を隠した。

 だらりと垂れた左腕が風に煽られ、痛みに表情を歪めながらも、土煙が収まるのを待ちつつ現れた何者かに意識を向ける。

 

「…………やりすぎたかな」

「ハデな登場だな」

「ああ……まあ、その……ただいま?」

 

 気まずそうにしながらも、埃を払う動作を終えたユーリは、気だるげに微笑を浮かべるシルヴィアにそう言って返した。

 

「お帰り、ユーリ。二日も行方不明になったかと思えば、なにやら色々とあったようだな」

「うん。……ちょっとミカエルと戦ったんだけど、勝ったかと思ったら後ろからセラに心臓貫かれて、そのあとなんか魔王? とかいう変な奴が現れて俺の魂を奪おうとしてきて……なんやかんやで東国に逃げ込んで、源さんとセラと一緒に戻ってきたところだ」

「なんて?」

 

 手を右往左往させながらそう言うユーリに、さしものシルヴィアでも困惑する。

 出された情報をなんとか噛み砕いて、それからユーリへと問い返した。

 

「……なんでミカエルと戦ったんだ?」

「────」

 

 ユーリは黙るしかなかった。当然だろう、『君のためだった』などと言えるわけがない。

 

「成り行きで……しかたなく……まあその、はい。こうなったのは俺のせいです」

「いや私を追ってきた上位存在(くそったれ)のせいだし、この世界に逃げ込んだ私のせいだろう」

「それは……」

「はいはい悪者探し(どっちがわるいか)はもういい。それよりこの魔物たちだ、南の商業都市でもこいつらに遭遇していた辺り、あれはデモンストレーションの一環だったと考えていいだろうな」

「なんて傍迷惑なんだ……」

 

 全くだな、と返すシルヴィアは、右手に握っていた穂先の欠けた槍を捨ててその手に懐中時計を握らせる。リューズ型のボタンをカチリと押し込むと、左腕の骨折が巻き戻り完治した。

 

「いやはや骨が折れる。物理的に折れてたが」

「笑えない冗談はやめてくれ」

「不死身ジョークはウケが悪いな」

 

 やれやれと首を振り、それからシルヴィアは新しい槍を取り出すと、左腕の調子を確かめながらユーリに視線を向ける。

 

「ところで、その聖剣はミカエルの神剣か?」

「うん。俺の長剣とミカエルの神剣を勝手に混ぜられたんだけど──」

「ちょっと見せたまえ」

「うい」

 

 ユーリが手のひらを差し出したシルヴィアにポンと七剣天星を渡す。すると、ユーリの背後に漂っていた六本の分身はふっと消えた。

 

「ふむ……なるほど星剣(せいけん)……(ほし)(つるぎ)か。燃料は君自身のモノではなくこの世界の星々から供給されている……とすると実質無制限じゃないか」

「あ、そうなの? 道理で魂が6割削れてる今の俺にしては魔力出力が高いと思った」

「魂が6割削れてるにしては元気だ──ああそうか、嵐の魔導書が一体化していたんだったな」

 

 ──忘れがちだな。と続けるシルヴィアが七剣天星を返して、それを握り直す。

 

「それじゃあ、仕切り直して魔物退治と行くか」

「シルヴィア、さっきの人馬一体を身体で表してた強そうな魔物は他には居ないのか?」

「ここいらには居ない……のだが、キミ、もしやケンタウロスを知らんのか?」

「……あの……なんか……神話のやつ……?」

「合ってはいるんだが大雑把すぎるぞ」

 

 眉間にシワを寄せてなんとか知識を手繰り寄せている光景を見て、シルヴィアは呆れ気味に返す。改めて行動を開始しようとしたその刹那、その遥か後方で、火炎と雷が暴れ狂っていた。

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